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「いや〜カラオケなんて久しぶりですよ〜。」
笹川は嬉しそうな表情で言った。
「笹川さんは何歌うんすか??」
「ん〜。最近の曲は分からないので、2000年代に有名だったアーティストを少々。」
「んじゃ、私たちも知ってるようなアーティストですな!私バラードしか歌わんよ!」
「奈々さんにバラード似合わないなぁ〜。」
「おい!失礼だぞ!」
「奈々が失礼だよ…。」
「ええ〜!おかしいよ〜!」奈々と笹川で盛り上がり、たまに私はツッコむ。そんな構図でカラオケへ向かった。
奈々は元々テンションは高いが、多分気まずい私たちを盛り上げてくれようと頑張っている気がする。その気持ちに応えられるよう努力をしよう。
カラオケに着くと奈々はしょっぱなからバラードを入れた。有言実行するらしい。いつも訳のわからないハイテンションな曲しか入れないのに、今日は雰囲気なんて気にせずにしんみりするらしい。と言うよりも、さっきのジョークで意地になっただけだろうか。
しかし、この雰囲気でさらに笹川と距離を詰めにくくなった。笹川もその次には私たちが中学生ぐらいの頃に聞いていたような曲を入れた。私も無難に有名な曲を入れつつ、さっきコンビニで買った缶チューハイに口をつける。
泣きながらバラードを歌う奈々を見て、私の方が泣きたいよ…と思いつつ笹川の方を見ると、ニコっと笑顔でこちらを見た。笹川は先日のことを気にしないようにしていてくれているようで、心が痛かった。
2時間ほど歌った頃、お酒もいい感じに回り、疲れと眠さも相まって、ボーッとし始めた。
奈々は相変わらず泣きながらバラードをずっと歌っている。よく言えば素直だが、そこまで感情移入できるのがわからず少し笑ってしまった。
そのタイミングでトイレに行っていた笹川が帰ってきた。「何かあったんですか?」と聞きながら私の隣に座った。
私は気まずくて少し俯いてしまった。
すると笹川は下から私の顔を覗き込んできた。
「この前のこと、気にしてますよね。ごめんなさい。僕は仲直りできたらいいなぁと思っていたんですが、来たのきつかったですかね…?」
こうして気を使わせてしまって、私はこんな態度で…。何もかも不甲斐なくて涙が出てきてしまった。その涙を茶化すことなく、笹川は元の姿勢に戻って「奈々さんの歌上手で泣いちゃいますよね。」と頭を撫でてくれた。その行為で涙が止まらなくなり、奈々の歌声に声を紛れさせて下を向きながら泣き続けた。
奈々のメドレー、もとい10曲連続歌唱を聞き終わり、みんな歌い疲れ一度曲を切った。
私もずいぶん涙は引いて、お酒をちびちび飲みながら画面を見つめていた。
奈々はトイレから戻ってきてあちーあちーと言いながらシャツを脱いだ。かなり薄手のシャツだからと気にして上着を羽織っていたのに、それは嘘だったかのように躊躇なく脱いだのでつい口に含んだ缶チューハイを吹き出してしまった。
「うわーきったねー!なんよ急に〜。」
「いや、さっきこれ脱いだらかなり薄いから脱げん!って言ってたじゃん!」
「んえ、ここ個室だし気にしないでしょ??」さも当然だろと言う顔で奈々は言った。
「あ、あと男は1人いるけどどうせ私には興味ないから問題なし!」
「まぁ、奈々さんに失礼だとは思いますけど興味はないですね。」キリっと効果音がつきそうなほど笹川ははっきりと言った。それに対して奈々は「分かってはいたけどなんか凹む〜」と言いながら席についた。
笹川はさっき私が泣き始めてからずっと隣に座っている。ある意味、正面から顔が見えないのは安心する気がした。
「ねぇねぇ笹川さんよ。」
「なんでしょうか。」
「結局、京子は何がダメだったん?」
「ちょっと、奈々。」奈々はデリカシーがない瞬間が稀にある。今はその時だろう。
「まぁ、その話は知っていると思いました…。京子さんは悪くないですよ。」笹川は少し歯切れが悪くなった。
「ふ〜ん、そっか。なんか他に理由があるんだね。」
「ねぇ、だから奈々。」
「んで、結局何が付き合えない理由だったん?」
「それは話せないです。」
「奈々ってば!」
「うるさい、黙って。」奈々は先ほどまでのテンションとは打って変わって真面目な雰囲気になった。でもやはりいい気分にはなれない。
「何よそれ。何がしたいの?」
「まぁまぁ、奈々さん、この話は終えましょう。」笹川はどうしても応えたくないのか、それとも私に気を使ってなのか、この話を早く終えようと促した。しかし奈々はそれに対して目を細めた。
「逃げんの?」
「は?」流石の笹川も怒りの琴線に触れたのだろうか。お互いに口調が荒くなる。
一触即発、とはまさにこのことだろう。今発言をした人はその怒りの矛先になってしまいそうな雰囲気が漂った。
このまま沈黙が続く。その沈黙はすごく長く感じ、1分が1時間に感じるほど長かった。
その沈黙を破ったのは私だった。
「ね、ねぇ、ほら、歌お!ね?気にしないでね?みんなで歌お!」
「だから京子は黙ってて!」奈々は今までにないほど怒鳴った。私は何も言い返せずその場に座り込んでしまった。
「あ、ごめん…。言いすぎた。でも、笹川、あんたの態度むかつくよ。無理なんだったらはっきり言いなよ。理由なんて嘘でもいいじゃん。」
「付き合えないってはっきり言いました。」
「理由は?言ってないでしょ。」
「それは言えません。」
「なんでさ。嘘でもつけって言ってるだろ!」
「それもダメなんです。それが僕の呪いだから。」そう言いながら笹川は財布から1万円札を取り出し机に置いて立ち上がった。
「雰囲気壊してごめんなさい。今日は帰りますね。また是非遊んでください。」そう言う笹川の顔は少しも笑っていなくて、何か思い出していたのか暗い表情を浮かべていた。
そのまま部屋を出た笹川を見届けることしかできず、その張り詰めた空気はドアの閉まる音で途切れた。私も奈々も緊張していたのか一気に深呼吸をした。
「あ〜。ごめんね京子。勝手にヒートアップしてあんたも笹川さんも気持ち考えられてなかった。本当にごめん。」奈々はワンレンの前髪を掻き上げながら体を投げ出した。私は言葉も出ず、首を横に振ることしかできずに奈々を見つめた。
「にしても、呪いってなんなんだ。中二病なのかな…。」奈々は少し呆れた顔でそう呟いた。
奈々の言った通り「呪い」という言葉は気になった。その呪いについて知る日が来るのも、今考えればそう遠くない話だった。