乙女ゲームのヒロインの姉は悪役?令嬢
前作「乙女?ゲームのヒロイン??の姉は悪役令嬢???」の続きになります。
よろしければ、そちらを先に読まれてからお読みください。
「姉上、いつもシャロンばかり可愛がってずるいです。た、たまには俺にも優しくしてください!」
「は?!」
おっと、思わず令嬢らしくない声が出てしまった。
しかもいつもより2トーンは低い声だったようで、言いがかりをつけてきた当のシェリルも口元を引きつらせた。
「……姉上、素が出てます」
「別に、あん―――んんっ、貴方の前で取り繕う意味はないでしょう」
一応。
一応ね、もしかしたら誰かが聞いてるかもしれないから、ご令嬢言葉に戻してみた。
決してシェリルの指摘に従ったわけじゃないからね!
―――いや、誰に対して言い訳してんの、私。
「ふっ、シェリルも甘えたいとは、まだまだ子供ね?」
改めて、目が笑ってない笑顔(これができなきゃ貴族の名折れ)を浮かべる。
私の名前はリュミエール・ミュルナー。伯爵位の父を持ち、年は十四で前世の記憶持ち。目の前にいるイケメンは義弟のシェリル。シェリルにはシャロンという、血のつながった双子の姉がいる。小さい頃は見分けがつかないくらいそっくりだったけど、今では二人を見間違うことはない。
「そっ、そういうんじゃ―――いや、うん……」
子供扱いされてさすがに恥ずかしかったのか、顔を赤くしてそっぽを向く我が義弟。
「あ、あのさ、姉上……」
「はーい、護衛騎士のみなさーん!ここにサボり魔がいるので、回収よろしくお願いしまーす!!」
訓練所のある裏庭へと向かう護衛騎士の方たちを遠くに見つけた私は、片手を上げて呼びつけた。
令嬢らしくない?
そらそうでしょう。
私はあれだ、流行?の異世界転生の元悪役令嬢ですもの。
元、ってのはこれから悪役令嬢役する気がないってこと。
「いつもはこの時間、鍛錬の時間ではなくて?」
「なんで知って…」
「家族のスケジュールはきっちり把握してるに決まってるでしょう」
にっこりと笑顔で答えてあげる。シェリルはこちらへと駆けつけてくる護衛騎士たちと私を見比べ、パクパクと口を開けたり閉じたりしていた。
「シェリル、私から護衛騎士の方にお願いしてあげるわ。たっぷりかわいがってあげて、って」
「ちが…っ、そのかわいがりは俺の言う意味とは絶対違う!!」
わかっているけど、私はそ知らぬふりをする。
だって、シェリルは本当に似て来たのだ。イケメンだった往年(注:まだ死んでない)のクソハゲ親父に。
いまだに私はお母様の妊娠中に浮気した父を許していない。
実は双子は、伯爵家の侍女とクソハゲ親父の間の子だ。彼らの母である侍女に落ち度はない。むしろ、双子を身籠ったせいでこの家から遠くへ逃げることになり、子育てに苦労した挙げ句、彼女は過労で亡くなった。
謝っても許されることではないが、その代わりとして、二人を立派に養育することと、一生クソハゲ親父を呪おうと誓った。
この四年の呪いが効いてきたのか、クソ親父はクソハゲ親父にランクアップした。
年単位で会ってないが、領地とここ王都の屋敷を行き来している執事がこっそり教えてくれた。
ざまーみろ、額が見事に後退を始めたのだ!
呪い、グッジョブ!!
「シェリルは体力が有り余っているようなので、いつも以上によろしくお願いしますね?」
にっこりとお嬢様らしい微笑みを浮かべてお願いをしておいた。
「かしこまりました、お嬢様」
今現在のこの邸の頂点は、この私。母が存命中からクソハゲ親父は寄り付かなかったのだが、双子を預けに来てからは増々近寄らなくなった。
なので、私に逆らうものはいない。
それをよいことに、乙女ゲーム上の悪役令嬢リュミエールは、双子を肉体的、精神的にも虐待してたのだ。それがゲーム開始の必須条件とはいえ、酷い話だ。
なので、私は虐待をやめてみた。
シャロンを使用人のようにこき使うのをやめ、私と同等の淑女教育を受けさせた。シェリルには、後々伯爵家を継ぐに相応しい教育とそれ以上に身体を作る鍛錬を課した。だいぶ逞しくはなってきたが、幼少時の栄養事情が悪かったせいか、シェリルには筋肉がつきにくいようだった。今のとこ、救いは私が少し見上げる程度に伸びた背丈くらいか。
「ああ、そうそう、シェリル」
護衛騎士に左右の腕をつかまれ、連行されていたシェリルが絶望的な顔で振り返った。
「それが終わったら、たまにはお茶でもご一緒しましょうか。マナーや所作のチェックも兼ね「速攻で終わらせてきます!!」
私の言葉を途中でぶった切ったシェリルを半眼で睨めつける。
貴族としてのマナーや所作ができてるかどうかのチェックするって言ってるでしょうが!
「あ、あっ!すみません、姉上。すぐに終わらせてきますので、絶対待っててくださいね!」
「……まぁ、いいでしょう。では後ほど」
先程ドナドナされてた子牛は、自ら鍛錬場へと駆けていった。護衛騎士たちは慌てて一礼すると、その後を追って走り去った。
甘やかしだけはしないけど、飴と鞭はしっかり使い分けなくてはね。
ゲームの設定通り、シェリルは甘いお菓子に目がない。お菓子で釣れるとは、まだまだかわいいものだ。
飴はここぞ、というところで出すから効果的なのだ。
自室に戻った私は、侍女へサロンにお茶の用意をするよう言いつけた。待つ間、ぼんやり窓の外を眺めていた。
私は十歳のときに前世を思い出した。
最初の内は混乱したけど、今ではなんとか折り合いをつけて生活している。当初は何も知らず、何もできなかったので、前世に引きずられて令嬢教育がすっぽ抜けたのか?!と焦ったが、そもそもがリュミエール、相当出来が悪かった。リュミエールの頭があまりにもお粗末だったので、後継ぎとして二人がこの屋敷に引き取られたのが私達の出会いだった、というわけだ。
そんなリュミエールにこの二人を押し付けるとか、あのクソハゲ、大馬鹿じゃない?
幸い、優秀な教師陣のお陰で、私の再教育を兼ねて双子と一緒に学ぶことになった。
しかしヒロインチート、マジパネェな。
一を聞いて十を知り、一度見たことは即暗記。正直、嫉妬するというレベルを超えてたわ。
今やシャロンもシェリルも、生まれながらの貴族と比べても遜色ない程度の教養とマナーを身に着けた。
私?
私が死ぬ思いで頑張っても精々が下の上、よくて中の下。そもそも持ってるポテンシャルが違うのよ、仕方ない。
前世チート?
んなもんあるわけない。
私は決してハイスペックな悪役令嬢ではなかったというだけ。
ただ、表の顔と裏の顔?、言葉遣いくらいはTPOに合わせられるようにはなったかな。
ノックの音で、ぼんやりしていた思考が現実に引き戻された。
「お義姉さま、お茶の用意ができたそうです」
「あら、シャロン。わざわざ呼びに来てくれたの?ありがとう」
「あ、お義姉さま!お揃いコーデのドレスを着てくれたんですね。うれしい、お義姉さまによくお似合いです!」
双子の片割れ、姉の方のシャロンは、今日は明るい桃色のドレスを着ている。花もほころぶような天使のほほえみを浮かべて、私のことまで褒めてくれる。ほんと、いい子だ。私は、シャロンの桃色と対になるパステルグリーンのドレスを仕立てたのだが(シャロンのかわいい『お揃いのドレスが欲しい』攻撃に撃沈したのだ)、正直地味顔の私には似合ってない。
そしてシャロンのかわいさは天井知らず。さすがこの世界のヒロインだ。
「シェリルの方はもう少し時間かかりそうだから、先に二人でお茶にしましょうか」
「はい、お義姉さま!」
お茶とお菓子とおしゃべりを楽しんでいると、かなり疲れた顔をしたシェリルがやってきた。
「……なんで姉さんと姉上が一緒にいるの?」
ちなみに2人の姉がいるシェリルは、私のことは姉上、シャロンのことは姉さんと呼び分けている。
「俺が姉上とお茶する予定だったのに……」
「うふふ、無自覚狼と大事のお義姉さまを二人きりにするわけないじゃない」
「二人とも何をぶつくさ言ってるの?ほら、シェリルも機嫌直して。貴方の好きなお菓子なら、まだたくさんあるわよ?」
侍女に新しいお茶の用意を頼み、シェリルには席へ着くよう促した。ふいにシャロンが一口大にしたお菓子を私の顔の前に差し出してきた。
「お義姉さま、この新作お菓子、おいしいですわ。お食べになって?」
「シャロン、公の場でそういうことは―――」
「ええ、わかってます。でも、今日はおうちの中でのことですし、ここには私たちしかいませんでしょう?」
私の苦言に小首をかしげ、上目遣いで見上げてくるシャロン。
ちょっと待って。
動悸がヤバい。
なにこれ、これがヒロインチート?!
めっっっっちゃ、かわいいんですけどぉぉぉ!!!
そりゃ~、攻略対象者もメロメロになるわ。このかわいらしさ、どうしてくれよう!
「し、仕方ないわね。妹のわがままを聞くのも、姉としての務め……」
もっともらしいことを言いつつ、わたしは爪の先まで磨き抜かれた指につままれたお菓子をパクリと口にした。
「いかがですか、お義姉さま」
「……おいしいわ。さすがうちのパティシエね」
パティシエの腕より、かわいい妹の!シャロンの!!その手から食べさせてもらったという事実が!!!何よりのごちそうだと言って過言じゃない。
あ、言っておきますが、義妹に対してGでLな気持ちは微塵もないです。
シャロンに対して感じる気持ちに一番近いのは―――そう、無垢な赤子、私が生んだわけじゃないけど、我が子への愛情に近い。今や私の双子を見る目線は母のそれ、だと思う。
ええい、断定できない自分が口惜しい!!
「あっ、姉上!!これもっ!これもおいしいです!!!」
「知ってる」
なぜかシェリルも自分のお気に入りのお菓子を突き出してきたが、私は優雅にスウェーしてそれを避けた。
「シェリル、女性に対してそういうことをするのはマナー違反よ。いえ、それ以前にドン引かれますので、決してしないように」
「姉さんと対応が違う」
「当たり前でしょう、貴方は男、シャロンは……」
そこではた、と恐ろしい記憶を思い出した。
ゲームの悪役令嬢だった私は、シェリルにドレスを着せたり、お人形のように飾り立てた。そのせいで、ゲーム上のシェリルは立派な?男の娘になってしまったのだ。
もしやその設定が今の本人に影響していたとしたら?
シェリルを厳しく男らしくと育てたつもりだったが、それが全部意味のないことだったとしたら?
もしも、シェリル本人が、そうなることを望んでいたとしたら?!
ザーっと私の全身の血の気が引いた。
「姉上!!」
「お義姉さま?!」
二人の声に視線を上げると、なぜかものすごく近い位置にシェリルの顔があった。
「椅子から立ち上がったかと思ったら、急に倒れたんです。たまたま俺の方へ倒れてきたので―――」
「お顔が真っ青です。お医者様を呼びましょう?」
シャロンが侍女に指示を出す前に、慌ててそれを止めた。
ショックを受けたくらいでふらつくなんて、たるんでるわ、私。
「だ、大丈夫よ。ちょっと立ちくらみしただけだから…ひゃあっ?!」
何ともないと立ち上がろうとすると、いきなり目線が高くなった。
気付くと、シェリルに抱えあげられていた。
「危ないので、俺がこのまま部屋まで運びます…って、ちょっ、何ですか姉上?なんで泣いてるんですかっ?!どこかにぶつけたんじゃ…」
「いや、違う、違うから!シェリルが立派に成長したなぁ、と感動して……」
「痛いところはないんですね?本当に?」
何度も確認して私に怪我はないと判断したシェリルは、下ろしてくれという私の願いを無視してそのまま歩き出した。
「まったく、変なことで泣かないでください。心臓に悪い」
「変なことじゃなくて、今一番大切なことよ。シェリルが男として成長したかどうか、っていうのは!」
確認するのが怖い。
でも知らないままでいるのはもっと怖い。
「あの、シェリル。私のドレス、どう思う?」
シャロンに似合うデザインに寄せたため、レースをふんだんに使った清楚で乙女なドレスだ。だが、もしもシェリルがこういうドレスが好きだというのなら―――
シェリルの答えを祈るように、息をのんで待つ。
「へ?―――えっ?」
急な質問に、シェリルもピタリとその場に立ち止まった。
そうか、いきなりすぎたか。
ドレスの胸元を手持ち無沙汰にもてあそびながら、どういう風に聞いたら正直に答えてくれるかと迷いながら、再度聞き直す。
「こういうドレスって、シェリルの好み?それとも、別のタイプのドレスの方が好き?」
「べっ、別に、どんなドレスでも!!」
いきなり大きな声を出されて反射的にビクッと震えると、シェリルが慌てて首を横に振った。
「あっ、えっと、どんなドレスでも好き、です」
ドンナ ドレス デモ スキ
うわぁぁぁぁあ~!!!真っ黒!真っ黒じゃん、それぇぇぇぇ!!
い、いや、待て。
まだだ、まだワンチャン………ないわ!!
「おしまいよ!!シェリルがドレスを着たかったなんてっっ」
「あああ姉上?何とんでもないこと言い出してんですか?!ああ、もう、また泣き出してっ」
絶望の色って、アイラインの色なのね―――と、おそらく泣いたために流れ出したアイラインで目の前が、というか、おそらく目の周りを染めた私はシェリルから顔を逸らした。
仕方ない。
こうなったら、ドレスを好きだというシェリルを認めよう。
今後の運命は……うん、男の娘として、自助努力でなんとかしてもらえばいいか。
望まない関係に持ち込まれそうでも、一対一ならなんとか逃げられるだろう。そのために幼いころから鍛えさせたのだ。もしも本人がその関係をよし、とするなら、私はもう口出しすべきではない。
あ、かわいいドレスを用意してあげないとな……
いつの間にか私の部屋についており、私はシェリルにそっとベッドへと降ろされた。そういえばお姫様抱っこされてたんだっけ、と今さらながら恥ずかしくなって来た。
さて、ここで定番の「重かった?」って聞いたら、どんな反応が返ってくるんだろう?
―――そんなことないよ、羽のように軽かったよ
なんて言われたら、砂吐くな、砂。
かと言って、「もちろん」とか言われたら立ち直れないのは確実。
うん、これに関しては全力スルーしよう。
「えっと、姉上。さっきの話の続……って、ええっ?なんか感情抜け落ちた表情してるのなんで?!」
「大丈夫。問題ない」
「読めない……ほんっと、姉上の思考回路だけはいつまでたっても読めない―――」
頭を抱えだしてしまったシェリルもだいぶ混乱しているようだ。しかし何より優先して、彼のアイデンティティを認めてあげるのが、姉である私の役目だろう。
「シェリル。男性との恋愛は周囲に認められないことが多い茨道だけど、がんばって。私は応援してるから」
「待って、姉上。待って―――なんかものすごい誤解に誤解が重なっている気がする!!」
顔を上げたシェリルが青くなったり赤くなったりしている。
すごい、黄色が出たら信号機完成よ!
「だって、シェリルはドレスが好き、だからドレスを着たい。違う?」
「……えーと、まずは訂正。俺はドレスを着たいとは、一言も言ってませんし、着たくはないです」
「どんなドレスでも好き、って言った!!」
「それはっ、あ、姉上が着てるドレスのことであって、姉上が着るならどんなドレスでもす―――素敵に似合ってます!!」
「いや、いいよ。無理に褒めなくても」
まさか、今日のドレスが似合ってないとひそかに落ち込んでたのがバレてたとは大失敗だ。
シャロンも気づいて―――るんだろうなぁ。あの子、すごく聡いもの。
うう、これじゃあ姉失格だ。
「そこからなんで男色の話になるかがさっぱりわからないんですが……ああ、ドレスを着たがるような性倒錯者だから、恋愛対象は同性になる、って思ったんですか?」
わぁい、シャロンと同じく、シェリルも賢かったんだわ。
本当の理由(ゲームの設定)とかを話すわけにはいかないし、問い詰められたらどうしようかと思ってたけど、利口な分、勝手に答えを考えてくれて助かった。
「―――ごめんなさい。勝手な推測で物を言って……」
「いいですよ。姉上の摩訶不思議な思考を読み切れない俺が未熟なんです」
はぁ、と大きなため息を一つ吐かれた。
ううう、弟に譲られるとか姉のプライドをポッキリ折られたが、仕方ない、ここはその話に乗ろう。
「まぁ、そのうち、シャロンとシェリルにも運命の人が表れるよ!」
「先のことなど、わからないじゃないですか。それともなんですか、姉上は何か知ってるんですか?」
シェリルが整った顔を真顔にして、こちらをじっと見つめてきた。
無難に話題を逸らそうとしたら、藪をつついてヘビを出してしまったか?!
うっ、それは企業秘密です。
「だっ、だって幸い(悔しいがクソハゲのおかげで)伯爵家の領地経営は順調だし、シャロンもシェリルも超優良物件じゃない?学園に行ったら引く手数多だよ、きっと!」
よくある設定だが、この世界の貴族子息子女は、十五歳になったら全寮制の学園に入ることが多い。結婚相手を探す目的だったり、すでに婚約者のいる者は人脈作り目的だったり。高位貴族なら学園入学前に婚約者がいてもおかしくないのだが、うちのクソハゲは子供たちに興味がないようで、私たち三人にはそういう話すら出ていない。
「何言ってんですか、それをいうなら伯爵家嫡子の姉上の方が求婚者が殺到しますよ」
「まさかぁ。どちらにしろ、私は学園には行かないし」
部屋の入口辺りで、パリンと甲高い音が響いた。何事かと振りむくと、真っ青な顔で佇むシャロンがそこにいた。どうやら私に水を持ってきてくれたようで、その足元を濡らすように、割れた水差しとグラスが転がっていた。
「姉上、ガラスが割れているので危ないです。姉さん、こっちへ」
私が慌ててシャロンへ近づこうとすると、横から手が伸びて行方を阻んだ。そのままシェリルはシャロンの手を引いて、私の方へと連れてきてくれた。
「シャロン、怪我はない?」
微かに震えているシャロンを落ち着かせるように、ソファへと座らせた。どんな小さな傷すら見逃さないように、とシャロンの両の手をためつすがめつしていると、反対に私の手首を痛いくらいの強さで握り返された。
「お義姉さま、さっき言ったことは本当ですか?」
「さっき言ったこと?」
首をかしげて思い出そうとしてみたが、シャロンの怪我の方が心配で何も思い出せない。
「お義姉さまが学園に行かない、って言ってたことです!」
「ああ、それ」
やっと思い出した。
このゲームは、ありがちなヒロインの学園入学からスタートする。
正直、シャロンやシェリルの恋の行方が気にならないと言えば嘘になる。
だがしかし、自分が大変な目に合うとわかってる学園に行くなんてどんなドMだよ!!
面倒ごとに巻き込まれたくない一心で、私は『学園に入学しない』を選択した。勉強だけでいうなら、家でもできるし。
ちなみに、学園は貴族であれば誰でも入学はできる。が、卒業は難しい。故に途中ドロップするものも多いし、特に令嬢は結婚を機に卒業を待たずに辞めることもある。学園を無事卒業した、ということはその人物は優秀である、という一種のステータスになる。
私の頭の出来じゃ、途中ドロップの可能性は大。
あれ、ちょっと待って。
リュミエールがゲーム後半目立たなくなったのって、途中で学園中退してたんじゃ―――って、本物のおバカか、私?!
「私の頭じゃ卒業難しいかな~、と思って」
「そんな…っ!お義姉さまはいつも努力なさってるじゃないですか?!」
うん、努力はしてる……してるけど、結果がついてこないんだ。
「お義姉さまが行かないなら、私も学園なんて行きませんっっ!!」
それは困る!
ヒロイン不在の乙女ゲームなん―――ちょっと待てよ。
攻略対象者は困るかもしれないけど、別に『私』が困ること、ってなくない?
かわいいシャロンともうしばらくおうちで二人仲良く暮らせる……やだ、ちょっと、いや、かなり魅力的!!
「じゃあ、もちろん俺も行きません」
「うええっ?!」
続いたシェリルの言葉に、思わず変な声も出た。
シャロンが行かなくてもシェリルが行けばいいかと思ったのに、まさかのダブル登校拒否?!
おかーさん、そんな子に育てた覚えないですよ!!
「待って!シェリルには学園卒業してもらわないと!!」
「なぜですか。なんで姉さんならいいのに、俺だけ?」
「だって、シェリルは次期伯爵だから!人脈作りに、ついでに婚約者なんて見つけてきてくれれば上出来だけど、いざとなったら後継は親戚からの養子で全然かまわないから!!」
「なんで嫡子の姉上がいるのに、庶子の俺が伯爵家を継ぐんですか?!意味が分かりません!!」
「法律で、女性は爵位継げないんだから仕方ないでしょ」
爵位を継ぐ男児がいない場合、女性の伴侶が爵位を継ぐか、縁戚から男児の養子をもらって後継にする、とかいう抜け道はある。乙女ゲームゆえ、というか、この世界は女性の地位があまり高くなく、結婚相手のステータスによって女性の幸せが決まるのだ。恋愛からの結婚をメインテーマに掲げているのだからその点は仕方ない、のだろう。
「ああ~、困った……」
私が頭を抱えてソファに突っ伏すと、そっとその背中に温かい手が添えられた。
「お義姉さまがいらっしゃらない学園に行くのは怖いんです。でももし、お義姉さまさえ一緒に行ってくだされば、わたしも行く勇気が出ると思うんですけど……」
「シャロン…」
ずるい、その上目遣い、なんでもお願い事聞いてあげたくなってしまうやつ!
できるなら、シャロンには幸せな結婚をしてもらいたい。
シャロンを一番に考えて、一番に愛してくれる、そんなスパダリを私が探してあげなくては!!
「―――わかった。私がシャロンを守るから!」
使命感に燃えて(萌えて?)しまった私は、ついそんな言葉を口走ってしまった。
「うれしい!お義姉さま!!」
シャロンが抱き着いてきてくれたけど、羽のように軽いって、このくらいの重さだよなぁ、と遠い目になった。
「じゃあ俺も学園行きます!」
「え、シェリルも?まぁ、別にいいけど」
「温度差ぁ!」
「いい、シャロン。私が認めた相手以外、近づかないようにね?婚約者のいるいないに関わらず、殿方と二人きりになるのは禁止!シャロンはか弱いんだから、腕力で来られたら絶対敵わないんだから!!」
「姉さんにそんな心配必要ないと思……うぐっ」
急にシェリルがうつむいて、片膝を落とした。どうしたのかとシェリルの顔を覗こうとすると、目の前でシャロンが両膝をついて見上げてきた。
両手を祈るように握り締めて、うるうるの瞳で見つめてくる。
くっ、何この天使!
「わたしはお義姉さまの奇麗な心に付け込む、不埒な輩の方が心配ですわ!」
しかも私の身を案じてくれるとか、女神か?
地上に女神降臨か?!
「姉上、姉上のことは俺が守りますから!」
「あ、うん。私よりシャロン第一に」
「わかってない!姉上はまるでわかってない!」
拳を床に打ち付けるシェリルは、ちょっと、情緒不安定か?
流石に突き放しすぎたかな、と思い、そっとその頭に手を乗せ、柔らかな髪を優しく撫でた。弾かれたように、シェリルが顔を上げた。
「もちろん、シェリルにも期待してるから。頑張ろーね?」
いつもよりは幾分柔らかな声音で話しかけると、しばらく固まってたシェリルの頬が、一瞬で茹で上がったかのように、真っ赤に染まった。
「い、いつまでも子供扱いするの、やめてください!」
撫でてた手を軽く振り払われたが、サラサラな頭髪はもうちょっと触っていたかったな。
残念。
「学園には三人で行くんですから、姉上もちゃんと準備しといてくださいね!」
叫ぶように言い捨てて、シェリルは私の部屋から飛び出していった。
「お義姉さまと一緒なら、学園が楽しみになってきました」
「そうね。学園に行くなら、新しいドレスも数着必要ね。シャロン、今度はどんなドレスする?」
「あの、またお義姉さまと色違いのドレスを……今度はお義姉さま好みのデザインがいいですわ」
やっぱりシャロンにもバレてたか、と思わず、すん、っと真顔になりかけたが、無理やり口角を上げて微笑んで見せた。
私好みっていうか、私に似合うのは、すっごくシンプルで飾り気のないドレスになる。
こじんまりまとまって地味な印象の顔が負けるんだよ、華美な装飾に!
でもまぁ、シャロンならどんなドレスも着こなせる。シンプルなドレスですら、彼女の美しさをより際立たせるだろう。
うん、それはそれでいいな!
「そうね、次はそうしてみましょうか」
「お義姉さま、大好き!」
はー、幸せだなぁ。
いつまでこんな素直に「大好き!」って言ってくれるかなぁ。
シェリルはとうに反抗期に入った感あるけど、それもまた成長よね。
同い年とはいえ、この子たちは私が絶対幸せにしてみせる!!
フラグ?
んなもん、バッキバキに折ってやんよ!
表面上は笑顔でほほ笑む姉を演じてたが、燃える(萌える?)心の中で強く拳を握り締める私だった。