王国パレード 2 ルーカス
まだまだ寒さの残る2 月。俺は白い息を吐きながら人通りの少ない細い道を走っている。
「仕事に間にあわねー、またジジイに怒鳴られる。」
俺ががジジイと呼ぶのは、仕事に対して厳格な姿勢が周囲から信用され、この辺一体の親分をやっているレオンのこと。
体格がよく、目つきも悪いため見た目は恐いが、本当は人情深い。
子供に対しては優しいが、約束を守らない者に対してはかなり怖い。
俺はそれを、文字通り身をもって、知っていた。
仕事は運び屋をしている。
だから仕事を続けるにつれて、ここらへんの地理は得意になったし人脈も広がった。
その仕事はすべてジジイから斡旋されているものだ。
親のいない俺らのいろいろな面倒をみてくれるジジイには本当に感謝している。
だから遅れないように気をつけていたのに、今日は王族のパレードかなんかでいつもの道が封鎖されていたのだ。
細く曲がりくねった裏路地を通ることを余儀なくされたために、こうして遅刻しそうになっていた。
くっそ。運が悪い。
ただ、このまま走っていけばギリギリ間にあうかもしれない。
そう思いはじめた時、
「おりゃー!そこの赤毛の少年、避けて。」
と、高い声が聞こえた。
言われるままに右に飛び退き身を伏せると、そのすぐそばを黒ずくめの男がものすごいスピードで通り過ぎた。
続いて声を発した主と思われる、耳の高さでツインテールにした少女が男を追いかけていった。
片手でどでかい石、というか岩を投げつけながら。
「痴話喧嘩か?」
それにしては緊迫感が強すぎるような気がしたが、今はそんなことを気にしている暇はない。
俺は、また走り出した。
けれども、俺の足はまたすぐに止まった。
前の方からさっきの男女が戻ってくるのが見えたからだ。
あんなスピードでぶつかられたらたまらないって。
急いで道の端に張り付いた。
けれども、男は俺が予想したようには通り過ぎて行かなかった。
「そのまま動くな。」
男は不格好に壁に張り付いた俺の背中に何かを突きつけた。
その“何か”は鋭利な感触があった。
反射的に能力を使いそうになるのを抑えた。
未成年による能力使用は重罪だ。
「あの、もしかしてそれ刃物じゃ......」
男の表情は人形のように全く変わらない。
よほど訓練されているのか、と始めは思った。
けれど、それにしては体がぽよぽよで、筋肉がない。
息切れしている男はその刃物を持つ手が動いているのに気づいているのだろうか。
ルーカスは刃物が背中に沿って動くのを感じ、身震いした。
我慢できない。あの、もう反撃していいですか?
「その少年から離れて。」
その声に、第三者の存在を思い出し反撃を取りやめた。
その少女は予断なく剣を男の方へ構えている。
この子に任せておこう。
春から通うことになってる学校の内定を暴力沙汰で取り消されたくない。
それと、男の態度と少女の様子を見るに、これは断じて痴話喧嘩などではないことに今更ながら気付いた。
少女は警察学校の制服を着ている。
つまり、この男は犯罪者だ。
「剣を捨ててこっちへ渡せ。」
男が唸るように言う。
「早くしないとこいつの首が飛ぶぞ。」
ひんやりとした感触を首筋に感じ、思わず目を瞑った。
男の刃物が背中から首へ移動したのだ。
少女は悔しそうに剣を下に置く。
そして、一拍置いてから、要求通リに剣を男の方へ蹴った。
なんだよ、戦わないのかよ。
警察学校の生徒なんて貴族ばっかりだから、俺みたいな貧民街の奴には目もくれないと踏んでいたのに。
それで、戦闘の合間を縫って離脱する予定だったのに。
これでは埒が明かない。
俺には一刻の猶予もないんだ。
俺は気づかれないようにぼそぼそと口を動かすと、どこからか現れた鉄パイプが俺と男の上から落ちてくる。
鉄パイプに気づいた男は俺を突き放し慌てて鉄パイプから逃れる。
一瞬遅れて、男が俺から離れたことに気づいた少女は、即座に隠し持っていた短剣で男に迫る。
剣は渡すくせに、この場面では俺を助けないんだな。
というか、少女の目には獲物の男しか映っていない。
そして見事、男を無力化し気絶させた少女は直後の轟音に目を瞑る。
鉄パイプが落下したのだ。
それから少女はハッとする。
俺の存在を思い出したのだろう。
けれど積み重なる鉄パイプに目を向けるとすぐに俺の生存を諦めた。
少女は救急車を呼び、背を向けて男を連れて行った。
片手で持ち上げて。
え?片手?脂肪たっぷりの男を?
どんな怪力だよ。
少女が現場から去って数分後。
鉄パイプを浮かせて俺もその場から離れる。
「散々な目に遭ったな。しかもあの女の子、俺と同い年くらいなのに“少年”って呼ぶなんて失礼だろ。」
砂を払いながらぼやいてみたが、“散々な目”という割に軽くしか聞こえない。
もう俺は時間にまにあわせることを諦めていた。
ゴーンゴーン。
ルーカスのいる静かな裏路地に正午を知らせる鐘の音が響く。
その音はジジイとの約束にやっぱり間にあわなかったことを無情にも示していた。
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その日の夜。
「……いやー、それで男のほうが吹っ飛んでいってね。多分あれは能力使ったな。……」
「……俺もレオンのジジイにふっ飛ばされてこの様よ。」
頬を赤く腫らしたルーカスとエリアスは今日の出来事について語り合う。
二人は一緒に暮らしているのだ。
「公の場で能力を使ったってことはその子は警察学校の生徒なんじゃないか?未成年なら警察学校の生徒しか能力使用は許されてないだろ?」
ルーカスの言葉にエリアスは目を輝かせる。
「俺は、その人の後輩になれるのかな?」
「このまま揉め事起こさなかったらな。」
二人はそれぞれ中等教育機関から通おうとしていた。
二人の住む貧民街の住民の多くは教育に興味はなかったけれど、何故だかルーカスは、学校に行くべきだと強く主張した。
エリアスは説得され、二人は猛勉強したのだ。
ルーカスは入試の結果が出て来春から、騎士養成学校の名門の一つ、クローツェル校に通うことが決まっていた。
エリアスも警察学校の試験を受け、あとは結果をまつのみだ。
「よし、俺頑張って警察学校入る。」
「動機が不純。それに、今から何を頑張るのさ。」
軽いツッコミの後、笑いあった。
貧民街には穏やかな空気が流れていた。
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