忘れられないひと
初夏の若葉の香りを含んだ風がカフェの店内を踊るように通りすぎてゆきます。
広く開かれた窓の外には黄金の冠をかぶった向日葵が太陽に笑いかけ、
その下では薄紅色のアマリリスが初夏の風と世間話に忙しいようです。
私は今日の曲をナッキンコールのナンバーに決めました。
コールは有名なジャズシンガーで、彼の美しい曲と歌声は、その名を知らない世代でも、
ひとたび曲が流れれば、甘いセピアの既視感に酔ってしまうことでしょう。
彼は1919年アメリカのアラバマ州にせいを受けたのです。
私は彼の色とりどりの名曲の中から、『Unforgettable』を選びました。
ちりん……… ドアベルが素敵なひと時の始まりを告げました。
「こんにちは、ミズキさん。」
ドアが開いて春風さんが私に笑いかけます。
私は姿勢を整えて軽く会釈をしました。
「いらっしゃいませ。勿論、準備は整っていましたよ。どうぞこちらへ」
私は春風さんを樫のテーブルへといざないます。
こんな特別な来店の時は、 春風さんは私の笑顔に『いいね』の評価をしてくれます。
そのデータを受けると、処理能力が格段に向上した気持ちになるのです。
「アンフォゲッタブル…。キングの曲ね。素敵だわ。」
春風さんが私を誉めてくれました。
「本日のカフェは貸しきりです。BGMは春風さんのミュージックライブラリーからの選曲です。
どうぞ、お好きな曲をリクエストして下さい。」
私はデータベースを見つめながら言いました。
「アンフォゲッタブル…忘れられない人と言う意味よね。
この曲に登場する人物はきっと、素敵な人でしょうけど、今回、私が遭遇したのは別の意味でアンフォゲッタブルな人物よ。
コガラシからメールが来たの。」
春風さんは困ったようにため息をつき、私はコガラシさんを検索します。
「思い出しました。確か、『夏の冒険活劇』のイベントの時に交流のあったかたですね。」
私は古いデーターからコガラシさんの男性アバターを表示しながら言いました。
「そう、コイツ。でも、今はアバターのイメージ変えたみたいよ。なんか、動物系に。
まあ、それは良いんだけど、私、吟師として頼み事をされたのよ。」
春風さんは困った顔を作りますが、バイタルは楽しい時の曲線を描くのです。
「私にお手伝いは出来ますか?」
私は水を差し出しながら聞きました。
「ええ、とても手伝って欲しいの。
あの人、基本、版師でしょ?音読用の文章が得意じゃないらしいのよ。
で、私に音読用の文章作成を手伝って欲しいって言われたのよ。」
春風さんは困ったように言いました。
「面倒なら断ればいいのではありませんか?」
私は即答しました。
私達のサイトでは、文字として物語を投稿したり、
音声として物語を投稿したりする事が可能です。
なんとなく、ユーザーが別れて定着したために、
音読用の物語を主に投稿するユーザーを吟師。
活字として物語を投稿するユーザーを版師と呼ぶようになったのでした。
吟師は主にネット動画で成功を夢見ていますし、
版師は、リアルな世界での成功、書籍化を目指すのです。
性質の違うこの二つのクリエーターのファンが見事に別れたので、彼らはあまり交流はないのです。
「断れないわ。
だって、協力したら、火星人の絵を描いてくれるって言うんだもの!!」
春風さんは叫びます。
そうでした。コガラシさんは絵師としての評価が高いのでした。
版師と吟師は別れていると言いましたが、絵師はどちらからも愛される存在なのです。
最近、この作品がまた読まれていて嬉しかったです。
この物語は基本、1話完結なのですが、今回は音読用の文章考察を兼ねているので、
綺麗に終われるのか分かりません。
でも、音声用の童話をまた書いてみたいので頑張りたいと思います。
次のお話を投稿する前にSiriの読み上げ機能に合わせて書き換えてみることにしました。
が、これが結構大変です。
♪ちりん は『音符ちりん』と読まれるし、抑揚が気に入らなかったり、それにしても、Siriの読み上げは
「ようです。」の様な言葉はいい感じに読み上げてはくれない様です。こんな時、なんだか、機械なんだなって思います。
Siriの音読には抑揚があるので、文章を変えるのは結構、手間取りました。
気に入ってくださると良いのですが。
今回は、コールの呼び名をもう少し親しい感じに変えたり、叫びのセリフを変えました。
音の世界は、活字とは違うセリフや情景描写が必要な様です。