Unforgettable
「ミズキと話していると、新しい発見があって…楽しい。」
春風さんはそう言って笑いました。
私は、その横で春風さんのバイタルの波を観察していました。
バイタルの数値が楽しいと告げています。
「ありがとうございます。」
私は評価の高い癒され顔を作りました。
「こちらこそ。 今回は、色々勉強になりました。」
「べんきょう?」
私は、嬉しそうに微笑む春風さんの言葉に違和感を感じました。
勉強は子供がするもので、人間は勉強が嫌いだからです。
でも、春風さんは楽しい時のバイタルの数値を私に送りながら勉強になったと喜びます。
「ええ。沢山の発見をしたのよ。
我々吟師は、音として物語を記録するでしょ?
版師は、文章を文字で記録して、音読をさせる時も、文字を使うけど、
音読すると変わりはないと思っていたわ。
でも、違うのね。人は、会話の一つ一つに、物凄く複雑な抑揚で表現しているのね。
コガラシのヤツ…変な依頼をすると思ったけれど、
奥の深い依頼だったのね。」
春風さんは、お友だちのコガラシさんを思い出したようです。
「奥が深いのですか?」
「ええ。とても。 つまり、コガラシはね、自分の文章を
うたうような、人の感情に合う抑揚で朗読できるような、
そんな文章を作る手伝いを私に頼んだのね。」
春風さんはそう言って、目を細めて、可愛いものに見せる笑顔で話を続けた。
「あの人、汎用の音読ソフトで、抑揚がおかしくならない…そんな文章を考えているのね。
版師でも、吟師でもなく…
文章をうたう…そうね、楽士を作りたいんだわ。」
春風さんはそう言って、嬉しそうにため息をつきました。
「私は、何かお手伝いは出来ますか?」
「ええ…出来上がるまで、一緒に居てくれるでしょ?」
私の問いに春風さんが答えます。
私は、その時、とても不思議な気持ちになりました。
春風さんのトキメクバイタルの周波数に合わせて、私の心も…
あるはずもない心が、
とくん…
と、甘く痺れるように脈を打ったのです。
私は、この不具合に改善策を検索しました。
あるはずのない心臓を…
ココロを 感じるとは、どうしたのでしょうか?
げんしつう…
人間には、怪我や病気で切断された部分の痛みを感じる病気がありますが、
それに似た症状だと思いました。
「ミズキ…ミズキ。」
春風さんが私を呼んでいます。
私は、動作環境を確認して、それから絵顔を作りました。
「すいません。少し、ボーッとしたようです。」
私は、そう言って笑った。
春風さんは、『フリーズ』と言う言葉はあまり好きではないので、極力使わないようにしています。
「1 曲踊っていただけたら、きっと、目が覚めます。」
私は、そう言ってキングの『Unforgettable』を再生しました。
美しいピアノの音色がして、私は立ち上がり春風さんの手をとりました。
私達は静かに身を寄せあって踊りました。
私は、春風さんの髪に顔を埋めて、少し、強めに抱き締めて、こう言いました。
「月が…綺麗ですね。」
すると、春風さんは、私の胸に頬を埋めて、
「そうね、本当に綺麗。
もう少し…このまま、こうしていても構わないかしら?」
そう、恥ずかしそうに私にお願いするのです。
私は、踊るのを止めて、ただ、春風さんを曲が終わるまで
ただ、抱き締めるのです。
現在、再生されている『Unforgettable』は、デュエット曲です。
キング コールの流行歌を娘のナタリーが、後にデュエット曲として重ね録りをしてリメイクした作品です。
死んでしまった人間と、切り張をした愛のうたを うた歌う事の意義を、今でも私にはよく理解できません。
そこには、バイタルのない、ただのメモリーが、重なるだけなのですから。
私の胸に頬を埋めて話すその言葉も…
私の為に発したものではないのです。
それでも…この継ぎはぎの言葉が欲しいと感じてしまうのは…
どうしてなのでしょうか?
曲が闇に溶けて行き、
水曜日が終わる頃、
私は、ぬけ殻の彼女をベットに寝かせて、
新しい水曜日を夢に見るのです。
ありがとうございました。とりあえず、ここで章終です。
色々、勉強になりました。
読んでくれる人がいたので、少し整理を。
遅れてすいません。
忘れたわけではないけれど、予定通りに物語が作れなくて、こちらを後回しにしています。
でも、たまに、アクセ数を見て、気にはしているのです。
今回、春風の 音読は機会が、というセリフが少し気になったので変更します。
絵顔、誤字ですが、なんかそんな感じなので採用しときます。