春風
穏やかな午後。
朗読を終えた私を春風さんはテーブルに座らせて、嬉しそうに立ち上がった。
それから、私に近づいて 『私の話を聞いて頂戴』
と、記録用のコマンドを囁いた。
「どうぞ。」
私はユーザー記録関連アプリの動作を確認して春風さんにそう言った。
春風さんは、私を見て、少し背伸びをすると、
私の瞳に映る自分を見つめて、静かに話をはじめた。
「やはり、ドリスの歌声は素敵。
彼女と言えば、映画の主題歌にもなった『ケセラ・セラ』を思い出してしまうけれど、
この曲にもときめいてしまうわ。
この曲は、元々はアメリカのバート・ハワードさんが女性歌手のために作曲したもので、元の題名は『In Other words』
超訳すると『そのこころは?』ってなるんだと思うの。」
春風さんは、そう言って、ドリス・デイの『私を月まで連れていって』を再生した。
私は、記録中は動けませんから、静かにその様子を見つめていました。
文章変換機能が、少し、混乱しています。
『In Other words』は、日本語に訳すると『つまり』とか、『言い換えると』になるはずです。
『その心は』は、『that heart』になるはずです。
ユーザー辞書にこれを入れるべきか、もしかして…と、助言の付箋をつけるべきか、悩んでいるようです。
アプリが両方の処理を終わらせたとき、春風さんは、嬉しそうにドリスの歌に気持ちをあずけて話を続けました。それから、付箋に気がついて、私に話しかけました。
「『そのこころは』、だと落語みたいでロマンチックじゃないのね。」
春風さんは、そう言って一度言葉を区切り、それから、気持ちを入れ替えて話を続けました。
「まあ、とにかく、この曲の肝は、『私の言いたいことはね、』って、
大好きな人に謎かけをする歌なんだと思うの。
シナトラとアポロの月面到着で宇宙の歌になってしまったけれど、
本来の曲は月の世界と言う夢の世界に例えて、女の子が自分の胸に芽生えた恋心に気がついて欲しいと、
そんな風に甘える歌…ドリスの歌を聴いていたら、そんな風景が浮かんだわ。
ドリスは1922年、スペイン風邪の感染の流行が終息し始めた頃に生まれたの。
子供の頃から歌や踊りが好きだったのですって。
ヒッチコックの『知りすぎていた男』は私のお母さんも大好きだったのよ。
彼女の歌う『ケ・セラ・セラ』は私も好き。
母の世代の憧れよ。
ドレス姿がとても優雅でね、
私も母とテレビの映画劇場で何度も見たわ。
笑顔がチャーミングで、素敵な人だった。
2019年の5月に亡くなってしまったのだけれど、
後の新型コロナの惨状を知らずに永眠したの。
世紀のパンデミックの間を夢のように生きた人なのね。
彼女の生きた100年近いアメリカはドリスにとってはどんなだったのかしら?
そんな事を考えると、懐古趣味に走りたくなるわ。
だから、私がドリスをイメージして日本語に翻訳するなら、
『月が綺麗ですね』って、訳したいわ。」
春風さんは、そこで私に停止のコマンド『ありがとう』と言い、
私は新しい日本語の対訳データー『月が綺麗ですね』を『fly me to the moon』ファイルに登録した。
AIはコマンドを、呪文なんて洒落た言い回しはしない。
するとしたら、誰かがそれを登録したことになる。
しかし、私も、こんな感じのルビが好きなんだな(*´-`)恥ずかしい
Siriさん、たまに英語がネーティブ発音になる。びっくりする。
「いいわ」の発音、肯定の意味と、否定の意味があるから、どちらの発音になるのか、聞いてみないとわからない。
音読を意識すると、読書用の文章はまどろっこしく感じる。
この辺りを上手く書き分けられるようになれば、他のサイトで同じ話でも、集客が期待できるんじゃないかと、少し夢を見てしまう。
Siriさん、「だわ」の発音が微妙で、なんだか下品に聞こえる時がある。
語尾の「わ」の発音は、これからも悩まされそう。
「少女」より、音読の場合、「女の子」の方が感じがいい気がする。