神様はきまぐれ
厳しい大学入試に無事合格した高校3年生。僕は新たなスタートに胸を躍らせ大学へ入学した。あっという間の4年間だった。単位も落とさず、資格も取り、卒業論文も提出。そうこうする内に大学を卒業し、無難に就職先も見つかり、表向きは順風満帆な人生を歩んでいた僕こと九鬼義隆はある問題を抱えていた。
そう。
それは。
僕が童貞である。
と、いうことだ。
現在25歳、童貞、あと5年経てば30歳。
そして魔法使いへ。メラくらい使えるようになるだろうか。
大学入試に合格した直後の僕は、大学生になったら、人生の夏休みを謳歌するぞ! そして部活に明け暮れ失った青春よ、カムバック!
そんなことを妄想して、大学生になったのだが、そんな期待はことごとく裏切られた。
「国破れて 山河在り 城春にして 草木深し(後略)」
と、中国は唐王朝の詩聖、杜甫はこの様な詩を残している。現実とは、社会とはなんと厳しく、そして若者の夢もまたなんと儚いことか。
社会人になり今年で3年目、仕事にも慣れ、新しいことに挑戦し、仕事を任されていく時期に、僕は童貞という事実に悩まされた。
この歳になれば周りは結婚、人によっては子供も生まれている。僕の父は23歳で母は20歳の時に僕を生んでいる。なんと早いことか。
でも、僕は童貞。
焦りが僕を支配し、日々追い詰められている気がした。
何をどう間違えたのか。普通に過ごしていたはずなのに、普通に皆が通る道を僕は通れなかった。それは何故なのか。
僕は人が怖いのだ。
特に2人きりというシュチュエーションが極端に苦手だった。よく就職試験に合格できたものだと思われるだろう。自分でも不思議なことに仕事関係はオンのスイッチでもあるのか、他人に対する恐怖心は姿を現さなかった。
しかし、プライベートでは、途端にチキンになる。女性と2人きりで、良い雰囲気だとしても、僕は緊張とも恐怖ともつかない感情に突き動かされ、すぐにその場を離脱してしまう。今から思えばあの時こうしていればよかったとか、言い出せばキリはないが、つくづく思う。やり直したい。どうにかして人生やり直したい。
とは願っても、意味はない。
僕は日々を生きるしかなかった。
そんなある日のことである。仕事は営業で、他の会社に訪問していた時のことである。
「九鬼先輩!」
僕を呼び止める声がした。
振り返るとそこにはやつがいた。会社の後輩である後藤であった。長身で僕よりも10センチ高い180センチ、顔は整い、イケメンと言って差し支えない。地味な顔の僕とは大違い。羨ましい。そして笑顔も素敵なため、僕は羨ましいを通り過ぎてしまいそうだった。
「なんだ、後藤か、もう外回り(営業のこと)はおわったのか?」
「いいえ! これからもう一件行くところで、先輩をお見かけしたので、冷やかしに来ました!」
この後輩は僕に懐いていると言えば聞こえはいいが、暇つぶしの対象にしているだけである。そこがまた僕の嫉妬心を煽り、素直に羨ましがらせてくれないところである。
「ああ、思わず憎らしくなってしまう。思いたくないのに、一回死んでくれないかな」
「先輩心の声が漏れてます」
「あ、ごめん、ごめん、つい本音が」
白々しく僕は頭をかいてごまかした。
「何のフォローにもなってません。あ、ところで先輩、聞きました?」
話を中断し、後藤は僕に問いかけた。
僕はいぶかしげに後藤を見た。思い当たることがないからだ。
「何のことだ?」
「実はこの前合コンした時に、新井先輩のことを気になってるって女性がいたでしょ」
新井とは僕の同期で、少しぽっちゃりしているやつだ。
「ああーいたなー、その人がどうかしたか?」
「実はその女性、本当は九鬼先輩と話したかったみたいなんで、」
「ん、どう言うこと? もっと詳しく教えてくれ。出来るだけ詳しくな。あ、話を途切れさせて悪い。さぁ続きをどうぞ」
僕の心臓は飛び出しそうなくらい、ウキウキしていた。
「なんか嬉しそうですね」
「いいから早く続きを話せ」
「はいはい。まぁ、その女性は九鬼先輩と話したかったのですが、その場では話せなかったので、連絡先を交換していた新井先輩と会って、九鬼先輩と会う場を設定してくれって頼んだみたいです」
なるほど、新井は意気揚々と女性と会う約束をしただの、絶対気があるだの言うていた話はそんな結末を迎えていたか。
気の毒ではある、気の毒ではあるが。
「めちゃくちゃ面白い話じゃないか。それで新井はどうするって言うてるんだ?」
僕は続きが気になって仕方なかった。
「新井先輩はそれ言われて、怒って帰ったみたいです。ただ、幹事の人から僕に連絡来まして、九鬼先輩の連絡先をその女性に教えてあげたいってことだったんですが、いいですか?」
「よいとも。教えてあげなさい。早く教えてあげなさい」
即答した。胸が高鳴る。
これは一発逆転のチャンスかもしれない。
神様がくれた千載一遇のチャンスかもしれない。ありがとう神様。無神論者の私ですが、これから崇め奉りいたします。供物は何がよろしいでしょう。何かしらの生き血でしょうか、ええ、用意いたしましょう。神様のためなら今なら死ねます。
苦節25にして、初めて知る境地なり。
ああ、待ち遠しい。返事はまだ来ないのか。
後藤はまだ僕の連絡先を送信すらしてないのに、返事が待ち遠しかった。
後藤はスマートフォンを操作し、手はずを整えていた。
「じゃあ、送っておきますね」
そう言って、後藤がスマートフォンをタップした瞬間のことである。
ゴオォォォン。
と辺りで轟音が鳴り響いた。その音に街を走っていた車やバス、人々が立ち止まった。
そして、
「先輩!」
後藤の叫び声を認識したのが、僕の、九鬼義隆の、最後の記憶である。
「ああー、ごめんね!」
その声は若そうな男性の声だった。
「まさか、ビルが倒壊すると思わなかったんだ。いやーまいった」
僕は横たわっているらしい。
何があったのか、ここはどこなのか。
そして僕に何があったのか。
自分の傍に立つ、古代ギリシア風のヒラヒラした衣装をまとった男がいた。金髪、青い瞳でイケメン、かなりの長身だ。
「あなたは誰ですか? ここはどこですか?
一体何があって、僕はどうなったのですか?」
聞きたいことが山ほどあった。
「私か、私は神である」
「は?」
世迷い言か、この男性の言葉を一ミリも信じなかった。
「え、何その態度、私神様だよ? 君さっき心の中で僕を崇めたじゃん! その神様だよ!」
何やら必死そうな軽めの神様である。
何故かは知らないが、神様と名乗る人物がそこにいた。信じられなかったが、僕は辺りを見渡して、これは現実には起こり得ないことだと判断した。
暗闇の中輝く星々に僕と自称神様囲まれ、その星々の光に照らされ、僕たちの居るところだけ明るかった。
なるほど、超常現象か、神のというやつか、だとすれば、彼は神様なのかもしれない。
「えっと、じゃあ、神様。神様はここで、何をしていらっしゃるのですか?」
「ふむ、よくぞ聞いてくれた。実はな、人間たちを観察しながら、空中を漂ってたら、くしゃみをしてしまってねー。反動でビルを壊してまったんだよ」
「へ?」
目が点になるとは、このことかもしれない。
まさかとは思うが、そのビルって、、、
「そしたらねー。たまたまだけどそのビル、誰もいなかったんだよ。ああ、よかったーて安心したんだけど、君がねー」
「僕がどうしたんです?」
僕はことさらに取り乱さないように落ち着いた声をだし、その続きを聞くことにした。
「君だけねー、崩落に巻き込まれたみたいでー、いやぁめんごめん、」
「死ね!!」
「がぁっ」
僕は激怒した。
顔面に一発、思わず手が出ていたのだ。
神は頬を押さえて、何かをわめいていた。
「え、僕は神だよ! 君たちの創造主! 嘘!」
「嘘じゃねーよ! こっちが嘘!って言いたいわ! このボケ! ゴミ! 死ね! くしゃみで人の人生を終わらすとは何事だ!」
「うわー、酷いこと言うね〜、だから謝ってんじゃん〜、許してちょ」
「うるせー!」
また、顔面を殴っていた。
許せない。僕のチャンスを奪ったこと。僕の童貞喪失の機会を奪ったこと。万死に値する。何人も許せない。たとえ神といえど。
さらに僕は一撃を加えようとしたが、
「わかった! わかったから!もうやめて! 話を聞いて!」
僕は振り上げた拳をそのままに、神の世迷い言を聞くことにした。
「何? 申し開きなら、閻魔様にでもしてくれ」
「いいから、聞いて! 生き返らせてあげる!」
「え?」
何を言われたのか、一瞬理解出来ず、思考が止まってしまった。
「だから、生き返らせてあげるって言ったの、わかるー? アンダスターンドゥ?」
「やっぱ殴る」
「ああーやめて! 君の願いを叶えてあげるって言ってんの!」
「君は日々願ってただろう? やり直したいって、それを叶えてあげるよ」
神の言葉に、僕の人生が走馬灯のようにかけていく。僕は失敗の多い、後悔ばかりの人生を過ごしてきた。やり直したい、そんな場面が多すぎた。
「この世界では死んでしまったけれど、違う世界なら、君を生まれ直させることは可能だよ。どうだい、君が嫌ならこのまま天国に運んであげるし」
「ちなみに天国ってどんなところだ?」
「君上から目線だよ」
「いいから答えろ」
「わかったから、拳を構えないで! 天国は落ち着いた世界、精神的安定が求められるストレスフリーな世界さ、苦痛なく過ごせる精神的快楽の世界、善行を積んで死んだ者は皆そこに行き、現世での苦しみから解放され、心が浄化される。まぁそんな世界さ、今の君は煩悩が多いから、おススメはしないけど」
さすが、神、心が読めるらしい。
「そら読めるさ、なんせ僕は全知全能のゼウス様だからね!」
「え! ゼウス! 全宇宙と天空を司る、最高神! あと、浮気したりなんやかんや子供が多い!」
なるほど、ギリシア風の衣装と、この軽さ、くしゃみでビルを破壊するほどの攻撃力、納得である。
「最後のは余計だね〜、まあ、そんな僕が直々に来てあげたんだ、生き返らせてあげる」
「と言ってもどこへ? さっきの話だと、別の場所ってことですよね?」
僕はいつの間にか敬語が混じり始めていた。だいぶと心が落ち着いてきたらしい。
「ようやくまともに話を聞いてくれそうだね。そうそう、君は死んでしまったからねー、元の世界で生き返るのは無理があるのさ。世界のバランスが崩れちゃう。だけども、元の世界で生まれ直すこともできない。一回死ぬと二度とその世界で同じ人格として生まれることはできない。記憶を消して浄化してからじゃないとダメなんだ。だが、それは君の望みとは違う。だから別の場所で、記憶を保持した状態で送ってあげよう」
なるほど、そう言うことか。何らかの理由があって、また生まれ直すことはできないことはわかった。その何らかというのはわからないが、とにかくどんな世界なのか、そこへ行って一から人生を生きるのも悪くない。
「さぁ、候補なんだが、あんまり社会が発展してない、中世風の世界なんてどう? 君は商売でいい成績残してたらしいじゃん、独立して大金持ちになって、君のしたいことをいくらでもやったらいい。そのために色々と手助けすることを約束しよう」
「あなたがですか?」
僕は顔をしかめたことであろう。嫌な予感しかしなかったからだ。
「嫌そうな顔をするねー」
「そりゃあ、くしゃみで殺されましたからね」
「心配しないで、大丈夫! 守ってやるから!大船に乗ったつもりでついてきて!」
「はぁ、じゃあわかりました。その世界でお願いします」
「よし、決まった! じゃあいくぞ!」
ゼウスが空に手をかざすと、僕たちを囲んでいた星々が回り出す、そして空間の光はより一層輝き、目を開けていられなくなった。
こうして僕はチャンスを掴んだ。
新たな一歩である。今度こそ、今度こそ僕は童貞から卒業する。
ああ、やっとだ。結局僕はこの世界では死んだけど、どうやら次はお金持ちらしい。おらワクワクすっぞ! どこかの戦闘民族もそう言うことだろう。さようなら、お父さん、お母さん。今までありがとう。僕は新たな人生をスタートさせます。挨拶できなくてごめんね。息子は元気に違うところで生きるからね。後藤、仕事のしわ寄せ行くかもしれないけど、君はイケメンだからいいよね。そういや、あの人の名前知らないな。知らない女性よ、抱いてやれなくてごめんな。僕はこれから、多くの女性を抱いてくるよ。君だけの僕になれなくてごめんね。これから僕はみんなの僕になります。
僕は光に包まれ期待を胸に秘め、そして意識が薄れ、消えた。
そして、僕は。
海賊になっていた。