データの世界 サイバネットワールド
「………ん」
目が覚めるとそこは俺の知ってるところではなかった。
空に四角いキューブ状のものが浮いていたり、他にも信号が浮いていたりと俺がいたところでは有り得ないことが起きている。
「何なんだここは……ッ!?」
状況把握をしようとするとまずは自分の声が前の自分とは違うことに気が付いた。
声だけではない。髪が肩より下に伸びているのと、髪の色が黒髪だったのにクリーム色になっている。
そして、俺が今着ている服装までもが以前とは違う。
「………」
無言で胸を触る。
するとムニュッと柔らかい感触がする。
股間を確認すると生まれた時から共に過ごしてきた相棒が家出していた。
俺は今の自分の姿を確認して確信した。
——これ、女の体だ……。
「なんじゃこりゃァァァァァァァァ!?」
待て待て待て待て待て!? 何なんだこれは!?
流石にここまでされると冷静になるなんて無理だ。
気が付いたら知らない場所に寝ているし、女の体になってるし、訳の分からないことが多過ぎる。
「一回落ち着こうよ」
「どどどどどどどうなってるんだ!?」
「……ハァ」
パンッ
驚き過ぎて混乱している中、急に手を叩く音が聞こえたかと思うとさっきまでいた場所から全く別の真っ白な場所に移動していた。
そして、目の前にうっすらと人の姿が見える。
「えっと……誰ですか?」
「やっと聞いてくれた……。えっと、君にわかりやすく言うと、この世界を創造した神だよ」
「ふーん」
「君、信じてないね?」
逆にいきなり『自分は神だ。信じろ』なんて言われて信じる人なんているのか?
それにしても、なんで俺はここにいるんだ?
確か、パソコンに電子メールが届いて、そのメールを削除しようとしたら急にパソコンの画面が光りだして声が聞こえたと思ったらいつの間にかこの世界にいた。
ん……? そういや、この自称神様の声って何か聞き覚えがあるような……。
「君がこの世界に行ってみたいって願ったから連れてきてあげたのに、着いてから自分の体を確認して早々大声で叫び出すって……」
「その喋り方……あっ!」
何故この自称神様の声に聞き覚えがあるのかがわかった。
この声はパソコンが光出した時に聞こえた声だ。
つまり、俺の睡眠を邪魔したのは……。
「お前かぁぁぁ!!」
「な、何さ急に」
「お前があの迷惑メールを送って俺の睡眠を邪魔したんだよ!! なんであのタイミングで送ってきたんだよ!? 別に朝とか昼とかでもいいだろ!?」
目の前にいる自称神様に向かって怒りを込めて叫ぶ。
そうか、きっとこいつが自分の事を神なんて言っているのも頭の中がお花畑だからか!
「君、今結構失礼なこと考えたよね?」
「そ、そんなことないよ?」
「それなら僕の話聞いてくれる?」
「ああ……だが、その前に一発殴らせろ!」
そう言って目の前にいるうっすらと見える自称神様に向かって走り出す。
——俺の大事な睡眠を妨害した報いを受けろ!
確実に当たる距離まで詰めて自称神様の顔を目がけて殴る。
だが、俺の攻撃は当たることはなかった。
「なっ……ぐっ……体が……動かない……!?」
まるで全身に重りを乗せられているかのように体が動かない。
俺が必死に体を動かそうとしていると自称神様が近づいてきて真顔こちらを見つめてきた。
「これで僕がこの世界の神様であることがわかったかな? それと、黙って話を聞いてくれないかな? それと……」
そして、自称神は真顔から内心絶対笑っていないような笑顔になる。
「この僕の、話を、大人しく、聞いてくれるかな?」
「ハ、ハイ」
俺は初めて自分の母親がガチギレした時よりも恐ろしい存在がいることを知った。
まさか、俺の母親のガチギレよりも怖い者がいるなんてな。
「まず、この世界は君がいた世界とは別の世界だけど、君が知らない世界って訳でもない」
「どういうことだ?」
俺のいた世界とは別だけと知ってる世界?
こんな見た事がない世界なのに知ってるだと?
「君はここに来て見たことがあるものをいくつか見ただろう?」
「あ、ああ。ちょっと違う感じの空とか信号とかの話か?」
「まあ、例外はあるけどこの世界には君の世界にあったコンピューターやデータ、電気で動いている物の全てがある」
確かに言われてみればこの世界にある物は全て俺の世界にあったものばかりだった。
しかも、それは機械系やデータなどの物ばかりだった。
「まさか、この世界は……」
「わかったようだね。君の思っている通り、この世界は君の世界のコンピューターやデータの内部に存在する世界。そして、この世界の名は『サイバネットワールド』だよ」
「サイバネット……ワールド……」
「そう。もっとわかりやすいように言うと、君達人間がインターネットと呼んでいる物の内部世界と言ったところかな?」
「へー」
でも、そんな世界に人間である俺がいて大丈夫なのか?
データ出来た世界となると体に何らかの影響が出ると思うのだが。
「心配しないで。今の君の体はこの世界に適応できるようにこっちの世界に来る途中に粒子に分解してからデータの体に再構築したから」
「……つまり、この体になったのはお前のせいだと……?」
「ん?そうだけど……それがどうかしたのかい?」
「『どうしかしたのかい?』じゃねぇよ!! どうしてくれんだ!! それと、さり気なく心読んでんじゃねぇ!」
向こうはなぜ俺が怒っているのかがわかっていないような表情をしている。
そりゃそうだ。向こうからしたら『僕が君を再構築したお陰でこの世界にいられるんだよ? だから、この僕に感謝してね』ってな感じだ。
「早く元の体に戻せよ!」
「え、無理だよ」
「……は?」
「だって考えてみてよ。一度分解した粒子が完全に元の大神切刃という形に戻ると思うかい?」
「………」
冷静に考えてみればそうだ。一度粒子状に分解した物を完全に元に戻るなんて奇跡が起きない限り無理な話だ。
少しでも形が違かったらそれは大神切刃ではない。
「……ってことは、俺って死ぬまでこの姿?」
「そうなるね」
「嘘だぁ〜」
あまりの落ち込みで俺はその場に座り込む。
しっかりその時の座り方は女の子座りと言うやつに自然になっている。なんという屈辱……。
恐らく、俺が自分の体を消して人生をリセットしようとしてもこの神様が止めるだろう。さっき体が動かなくなったのもきっとこの神様の仕業だ。
「あ、もう説明終わったから落ち着いたらそこのドアから出てね」
「りょうか〜い……」
「じゃあ、僕は仕事があるから行くね」
この空間の出口を俺に教えた後に神様は次第に見えなくなってくる。
もうすぐ消えるという所で俺は神様に質問する。
「神様の名前ってなんだ?」
「ん? 名前かい?」
「一応聞いておこうと思ってな」
俺をこの世界に連れてきた挙句、姿さえ変えた奴だ。最低限名前を聞いておかないと気が済まない。
「んー、特に名前はないけど皆からはデネって呼ばれてるよ」
「デネだな。覚えたぞ。俺が死ぬまで恨んでやる」
「おー、怖い怖い」
その言葉を最後に神様は消えて行った。
そして、俺は立ち上がって神様が言っていた出口まで歩く。
こんな姿に変わってしまったが、大神切刃という魂は失われていない。
両親は既に他界しているから問題ないとして、戸籍などの個人情報の問題をどうするかは考えておくか。
出口の扉を開けると、そこは人間の世界では有り得ないような世界が広がっている。
確かに、俺のいた世界よりは面白味がありそうだ。
「今は、この世界を楽しませてもらうとするか!」
そう言って、俺は扉の先に飛び込んで行った。