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電脳世界で美少女はじめました  作者: 有栖 璃亜
第一部 マスター、これからお世話になります
18/30

最高の笑顔


 マスターの部屋に戻って来た。時計の針は約束の午後四時を指している。


「マスターは……いませんか……」


 何故かはわからないが、今この部屋にはマスターはいないようだ。それはそれでこちらとしても、心の準備が出来るので好都合だ。


「——こうなったのはいつからだっけ……?」


 今改めて、何故私はここにいるのかやそもそも何が原因でここに来ることになったのかを思い出す。


 ——今、私がここにいるのはデネがこの世界に連れてきたから。


 だが、本当にデネだけで私をこの世界に連れてきたのだろうか。

 今思えば、一度体を粒子化して再構築なんて、人間界ではもはや神の領域だ。そんなことを、デネが一人だけで出来るだろうか。否、私の考えではそれは不可能だ。

 デネはこの世界の神だと言った。だが、飽くまでもそれは、()()()()()()()()()()()()での話だ。いくらデネでも、人間界で生物、或いは物体を粒子化出来る装置のデータかそもそもの方法を知っていないと実行することは出来ない。


 そう考えていると、突然部屋の扉が開く。


「あ、霧乃さん帰ってたんだ」

「マスター……」


 入って来たのはマスターだった。そして、マスターの手には二つのお茶が入ったガラスのコップがあった。


「——? 何故二つも持ってきたのですか? 別に、飲むのはマスターだけの筈ですが」

「うん。霧乃さんが言ってる通り、僕は一つしか飲まないよ」

「では、そのもう一つのコップは……」

「この部屋に僕以外には誰がいる?」

入谷 葵(いりや あおい)さん」

「確かに『誰』の類には入ると思うけど、フィギュアだから例外!」


 マスターが急に「僕以外に誰がいる?」なんて聞いてきたから、部屋を見渡して見つけた大人気バーチャルアイドルの入谷 葵さんのフィギュアかと思ったら不正解だった。


 それでは一体何処の誰だというのだろうか。


「ハァ……今僕の目の前には誰がいる?」

「それは……ってことは、そのコップは——」

「そう、霧乃さんの」

「そ、それはどうもありがとうございます」

「何で急にお礼を言ったの?」


 それは兎も角、何故マスターは飲み物を飲めない私にお茶を用意したのだろうか。全くもって考えが読めない。


「じゃあ、話して」

「……わかってましたか」

「うん。何か隠してるって言うのは結構前から気付いてた。それに、今日僕に用事があるから出掛けるって言ってたけど、その時の表情が迷った時に出る表情だったから」

「大体の予想は出来た、ということですね」

「うん」

「……いいでしょう。私のことを話します」


 こうなってしまえばもう逃げることなんて出来ない。私は勇気を振り絞る。

 たとえ、本当のことを話して嫌われても構わない。もう一緒にいられなくなったとしても構わない。今、本当のことを話せなかったら私は一生後悔する。

 ——後悔して生きていくくらいなら、私は本当のことを話して生きていく。


 そして、私は一呼吸置き心を落ち着かせてから「よし」と意気込みを入れる。

 そして、私は私自身の運命を決める告白をする。


「私の本名は大神 切刃と言います。そして、元々は高校二年生のマスターと同じ一人の男性で人間でした」


 これで何を言われても構わない。

 私は言ったんだ。

 覚悟を決めて言ったんだ。

 言いたいことを言ったんだ。


 その結果を決めるのは私ではなくマスターなのだ。


「……霧乃さんって、意外と簡単なことで迷うんだね」

「はぇ?」


 あまりにも意外な返答に、私は普段出さない声を出す。

 それはそうだ。私の覚悟を決めた告白に思ったより軽い反応をされたのだ。


「霧乃さんは僕を何だと思ってるの?」

「それは勿論、友達です」

「なら、友達の僕を信じてなかったの?」

「いえ、信じていました。でも、もし縁を切られるという恐怖心がありました」


 聞かれたことを正直に話す。もう隠し事はしたくない。隠し事すればする程、私の心は傷んでいく。


「でも、信じてるのなら最後まで信じてよ」

「……すみません」


 マスターの言う通り、私はとても簡単なことを迷っていたようだ。答えなんて、落ち着いて考えればすぐにわかるくらい簡単なことだ。


「こんな私に……マスターの友達を名乗るなんて資格は——」

「ない、なんて言わないでよ」

「………え?」

「霧乃さんが僕を騙していたとしても、霧乃さんは僕にその事を正直に言ってくれた。それを笑って許してあげるのが友達ってものじゃないのかな」

「………友達」

「その反応からして、霧乃さんも僕と同じだったんでしょ」

「———」


 マスターが言う「僕と同じ」は、恐らく友達がいなかったことだろう。

 マスターがいじめられていて友達がいない様に、私も小学生の時にいじめられ、救ってくれる筈の友達に裏切られた経験があった。それ以来、私は人を信じることが出来ず、友達を作ることは一切しなくなった。


 そして、「楽しみ」よりも「つまらなさ」と「恐怖」が多い学校が嫌になって行き、私の不登校生活へと繋がった。


 その時の私は、取り敢えず人との接触を避けたかった。裏切られるくらいなら、最初から信じなければいい、そう思っていた。


 ——そんな時にあの出来事が起こった。


「……何故ですか」

「何が?」

「何故、そこまでして私を許そうとするのですか?

 何故、貴方は私を捨てようとしないのですか!!」


 あの時に、一度も流さないと決めた筈の涙が止まらない。止めようとすればする程、余計に涙が溢れ出してくる。


 そして、マスターはそんな私を見て……、


「『親友』だから」


 たった一言、そう言った。


 誰でも言いそうな一言の筈なのに、何も感じない一言の筈なのに……、


 この時の私には、私自身の心の闇を打ち払う輝かしい光のような一言に聞こえた。


「罪を笑って許すのが友達なら、その罪の重さから救ってあげる親友。それじゃあダメかな?」

「……いえ、寧ろそれでいいと思います」


 私は、マスターの一言に止まらない涙を見せないように顔をうつ伏せて言う。


「それと、男か女かで迷ってたみたいだけど、霧乃さんは霧乃さん。僕からしたら、別にどっちでもいいと思うよ」

「好きなように生きればいい、という事ですか?」

「うーんと、多分そうだと思う」


 好きなように生きればいい。どちらかになろうとなんてしなくていい。


 私は私。大神 切刃であり、大神 霧乃だ。それ以上でもそれ以下でもない。


 これが、私の出した結論だ。


 結論を出すと、私は無意識にスッキリしたような表情になる。


「……やっと、本心から笑ったね」

「え?」


 私は、自分の口を触る。口角が上がっており、確かにマスターの言う様に、私は笑っていた。

 こんな気持ちになるのはいつ以来だろうか。


「大ちゃーん! ご飯できたわよー!」


 それから暫く経つと、一階からお婆さんの声が聞こえてきた。時計を見ると、午後六時半を指していた。


「それじゃあ、おばあちゃんも呼んでることだし、下の階に行こ」

「はい!」


 私は、精一杯の笑顔で返事をする。その後、私はマスターと一緒に下の階に向かった。


 そして、この時の私の表情は、今までの偽った笑顔とは違い、心の底から笑う最高の笑顔であった。

次回が物語第一部の最終回の予定です。もしかしたら変更が入るかもしれませんが……。


第二部は執筆するつもりですが、ネタ作りと勉強etcでかなり遅いペースでの更新になると思います。

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