現実は甘くない
あれから十分程の時を得てスクラップデータ処理所に到着した。怜央さんには、先に学校のコンピューターの所に向かってと言っておいた。
デネには三十分のお仕置きと言ってあるが、実質のところ四十分になってしまった。
流石のデネでもこればかりは怒るだろう。吸い取る君のところに着いたら、まずは謝ることにしよう。
——そう思っていたのに……。
「何で外に出られてるの!?」
「あ、おかえり〜」
閉じ込めていた筈のデネが、何故か吸い取る君の外に出ていてスクラップデータを椅子にして座っていた。
「おかえり〜、じゃない! どうやってそこから抜け出した!?」
「あ〜、その事ね。ほら、僕ってこの世界の神的存在じゃないか。だから、吸い取る君のハッチをちょこっと弄ったら開いちゃったんだよ」
「それとデネが神的存在なのとは話が違う気がするけど……」
「まーまーまー、細かい事は気にしないに限るよ」
見る限り、いつも通りのデネだ。私が感じた罪悪感と謝りたい気持ちを返して欲しい。
「それは兎も角、早くそれを持って学校に行きなよ。僕が少し調べたら、悪電波反応が学校のコンピューターから出ていたしね」
「早く行けなかったのは一体誰のせいかな?」
「……半分以上は僕のせいだけど、君自身のせいでもあるよね?」
「うっ………そのことに関してはごめん」
確かに、吸い取る君を忘れて来なければこんな無駄なやり取りをしなくても済んでいた。少なからず、こうなった原因は私自信にもあるわけだ。
デネの勝ち誇ったドヤ顔には腹が立つが、ここは素直に謝っておこう。
「あ、そう言えばこの前に聞き忘れてたんだけど、人間の体に入った悪電波ってどうなるの?」
「ああ、それなら大丈夫。二日もあれば次第に消滅するよ。まぁ、体に入られる度に悪電波が侵入しやすくなるけどね」
「オーケー、教えてくれてありがとう。それじゃあ行ってくる」
「幸運を祈ってるよ霧乃ちゃん」
「霧乃ちゃん言うな」
そして、私はリュック型の掃除機——吸い取る君を背負って学校のコンピューターに向かった。
学校のコンピューターに到着すると、そこにはこのコンピューターの管理人さんと一緒に怜央さんが立っていた。
どうやら、事情については先に話してくれたようだ。
「何か……こう見ると今からオバケ退治にでも行くかのような装備だな」
「怜央さん、それは言っちゃいけないお約束」
「おっと、そうか。すまないな」
そんなこと言われずとも、デネにこれを渡された時からずっと思っていた。後、緑の帽子と服と紺色のオーバーオールに懐中電灯を持てばまさにそれだろう。
ヤバい、そんなことを考えていたら頭の中でメインテーマが流れ始めてしまった。
「あの、中に入らないんですか?」
「あ、いえ、今すぐ入らせてもらいます」
正気に戻った私は、怜央さんと一緒に学校のコンピューターの内部へと入って行った。
コンピューター内部は前に来た時と大して変化は見られない。だが、一つだけ大きな変化があった。
「何かここ薄暗くないか?」
「確かに、前に来た時よりも少し暗い。それに、妙な禍々しさがある」
一体どうしたというのだろうか。これでは本当にオバケ退治っぽい雰囲気になってしまうではないか。
そんなことを考えながら奥に進んでいく。
しばらく進むと、禍々しさの塊という例えがピッタリの部屋を見つけた。
——間違いない、ここが発生源だ。
「間違いなくこの部屋に悪電波が溢れている」
「俺もそんな気はしていた」
「準備は出来た?」
「いつでもいいぞ」
怜央さんの返事を聞いた瞬間に扉を開けて中に入った。そして、予想通り部屋の中は悪電波らしきものがうじゃうじゃといた。
「ン、ダレ?」
「………はい?」
何だ今の声は? そうか、幻聴だ。昨日はぐっすり眠った筈なんだけどおかしいな〜。
「ボスー、シンニュウシャデース」
「ナンダトー!」
「何なんだこのやり取りは……」
「さぁ……?」
先程から丸っぽい形をした悪電波達のやり取りを見ているが、カタコトで聞き取りずらい。ハッキリと聞こえたのは、ボスらしき悪電波の「ナンダトー!」だけだ。
「キサマタチ、ナニモノダ。マサカ……」
「そう! 私達は貴方達を——」
「キョウリョクシャカ!?」
「そうそう、私達は貴方達の……って、違う!!」
「ナラバミカタカ!?」
「さっきと全然変わってない!!」
いや、マジで何だよこの悪電波。見知らぬ相手をすぐに自分達の仲間と思うとか馬鹿なのか?
「それより、貴方達は何故大輝さんをだけを避けているの?」
「タイキ? アア、アノヘンナケッカイヲハッテルオトコカ?」
「結界?」
「ソウダ、ダカラオレタチアイツニチカヅケナイ」
悪電波には見える結界? そんなものが、何故マスターに張られている?
思わぬ事実に驚きを隠せない私。一体誰が何の為にマスターに悪電波から守る結界を張ったのだろうか。
「ン? キサマソレハスイトルクンデハナイカ!?」
「あ、知ってるんだ」
「シラナイワケガナイダロ!! ワレワレニトッテ、ソレヲミタモノハイキテハカエレナイトイワレテイルノダゾ!!」
「そうだろうな」
「ソレヲモッテイルトイウコトハ、キサマタチハワレワレノ——」
「いい加減聞き取りづらいんじゃあぁぁ!!!」
そして、私は吸い取る君のスイッチを入れる。すると、スクラップデータを吸い取る時よりも遥かに強い吸引力が発生し、悪電波達を吸い込んで行く。
「ウワァァァ!」
「タスケテボスゥゥ!!」
「オ、オマエタチ!!」
「…………」
私はいい事をしている筈だ。だが、何故かこの光景を見ていると、寧ろ自分の方が悪なのではないかと思えてくる。
「クソ、コウナレバガッタイダ!!」
「そんなこと言っても、残るは貴方だけだから」
「ナニ!?」
この吸い取る君は、名前はアレでも悪電波退治に対する性能なら、どの掃除機にも負けないのだ。
このボスさんが仲間を心配している内にも、どんどん他の悪電波を吸い取って行き、残るはボスさんだけとなった。
「イヤダ……オレハ……マケタクナイィィィ!!」
「残念、これが現実。それと、この物語は戦闘系を主体としてないから」
「ウワァァァ!!」
そうして、最後の悪電波を吸い取る。
某カードゲームアニメで聞いたことのあるセリフを言っていたが、現実はそう甘くはない。そんなアニメのような奇跡はただのご都合主義に過ぎないのだ。
そんなことより、ボスさんには言いたいことが一つだけあった。もうここにはいないがあえて言わせてもらおう。
「そのセリフ、一体何年前のアニメだよ」
その言葉は、この場にいた怜央さんにしか聞こえなかった。
因みに、ボスさんが言った言葉に怜央さんが異常な程に食いついて来ていたのはまた別の話。