吸い取る君(掃除機)が重い。犯人は……
「えっと……」
「あ、僕の名前h——」
「曲者めぇぇ!!」
「いや、何でさ!?」
会って早々に場は騒がしくなっていた。
この男の声には聞き覚えがあるが姿は知らない。それはつまり、声だけ似ていれば姿を知らない私を黙せるわけだ。
今目の前にいる男が昨日の人だという証拠は、男の横にある掃除機以外何も……あれ、待てよ、掃除機?
私は目の前の男の人ではなく、その横にある掃除機を見る。その特徴は、私が持っていた吸い取る君と瓜二つ。そして、それが吸い取る君だと確定付るデネが書いたサインがある。
ということは……。
「その掃除機は……」
「あ、これですか。これは貴方が昨日わs——」
「この盗人がぁぁ!!」
「いい加減人の話を聞いて貰えませんか!?」
そこで何か叫んでいるみたいだがそんなことより、私が吸い取る君を持って帰って来ていなかったのはこの男がさり気なく盗んでいたからに間違いない。
ならばやることはただ一つ!
「くらえ、愛と怒りと悲しみの内の怒りだけのぉぉ!
必殺!! アンp——」
「話を聞けぇぇ!!」
「ぐぶぁ!!」
私が目の前の男に鉄拳制裁を加えようとしたが、そのワンテンポ早くに私の頬に男の人の平手打ちが飛んできた。
その平手打ちで私は五十センチ先の床まで吹き飛ぶ。
「ぶったね……! 親にもぶたれたことないのに!」
「そちらから攻撃したので反撃したまでです。我慢してください」
某ロボットアニメの名言を言ったってのにスルーされるとは……。せめて、「甘ったれるな!」とか言って欲しかったな〜。
「それより、話を聞いてください。でないと、この回が尺稼ぎだとか言われますよ?」
「それはまずい! ていうか、メタいよ君」
そうして、お互いに落ち着きを取り戻した所で男の人が話し始める。
「僕は貴方が忘れて行ったこの掃除機を届けに来ただけでそれ以外の目的はない」
「ふーん。で、どうしてここに私がいるってわかったの?」
私は何の手掛かりもない私の居場所をどうやって突き止めたのかを聞く。
敬語を使っていないのは、彼がそうして欲しいと言ったからだ。それ以外の理由はない。
「君がいなくなったと同時に『この場所に行けば彼女に会えるよ』っていう声が聞こえてきたんだ」
「何処から?」
「何処からって……信じられないかもしれないけど、そこの掃除機から聞こえてきたんだ。気の所為かもしれないけど……」
「掃除機から……?」
私はその話を聞いて吸い取る君を見る。何の変哲もないただの掃除機だ。
だが、この妙な違和感は何なんだ?
「それにしても、よくこの重たい掃除機を運んでいましたね。僕でもかなりキツかったんですから」
「ん? 重たい?」
よくよく考えてみれば、で寝に貰った時は本当に持っているのかって言うくらい軽かった。
それが何で急に重くなったんだ?
「重力……いや、それはないか……」
重力が違うのなら、私もあの場に着いた瞬間に体が軽くなって動くのが楽になっていた筈だが、そんな感じもしなかった。
「大きさ……」
吸い取ったものを入れる場所は体を丸めれば大人も入れるくらいの大容量。
確か、私が帰る際にテレポートした時に吸い取る君をデネの所に忘れて行って、下界に着いた時に『忘れ物だよ〜ん』と書いているふざけた紙と一緒に私の近くにテレポートさせて来た。
そして、吸い取る君が重くなったのもそこから。
「まさかな……」
有り得ないと言いたいところだが、残念ながらデネはそういうことを面白半分でやる奴だ。
私は自分が考えついた結論を確かめるために吸い取る君に持って近くのスクラップ処理所に向かう。
「あの、何処へ?」
「気にしないで。すぐに終わるから」
スクラップデータ処理所のゴミ捨て場に向かう。
確か、この掃除機が分解するのは悪電波だけだったから、それ以外は普通の掃除機と同じという訳だ。
私は、吸い取る君のスイッチを入れゴミ捨て場のゴミを吸い取り始めた。
すると間もなく……。
「うわっ、何これ!? 臭っ! 誰か助けて!!」
「これは……あの時の声!?」
「やっぱりか……」
デネの助けを求める声が掃除機内から聞こえた。何度か掃除機からドンドンと叩く音が聞こえるが吸い込んだゴミを入れておく場所は開かない。
「何でそこにいるか話してくれたら出してあげるけど、どうする?」
「話す! 話すから早くスイッチを切って!」
「そんな言い方で本当にやってくれると思ってるの?
もっと人に頼む態度ってものがあるんじゃないのかな?」
「お願いです! こんなバカで間抜けな僕を助けてください!」
「うむ、よろしい」
「ガタガタガタガタガタ(絶対に彼女は怒らせないでおこう……)」
私はデネが出られないのをいいことに、今までのことを含め謝ってもらう。
その横で吸い取る君を届けてくれた男の人は携帯のマナーモードのように震えている。何故だ?
デネも私の要求に応えたので約束通り吸い取る君の
スイッチを切る。
「……ついでに出してくれるというのは——」
「説明するまでダメだ」
「ダヨネー」
「……鬼——」
「そこの男、何か言った?」
「いえ、何も!」
何か言っていた気がするが、今はそんなことよりデネの説明の方が優先だ。
「デネ」
「はいぃぃ!」
私が声を掛けると、何故かデネも何かにビビっていた。
そんなに吸い取る君の中が暗くて怖いのか?
「それで、何でこの中にいるの?」
「えっと……これを君のところにテレポートするには僕がこれに触れていなければならなくて、どうせなら中に入った方がやりやすいやと思ってそのままテレポート。そして今に至ります」
「本当は?」
「霧乃さんが住んでる場所がどんなのかを見たかっただけです」
「…………」
「あ、いや、今のなしで……ちょ、無言でスイッチ入れないで! お願い!! もう臭いのは懲り懲りなんだよ!!」
ここは謝れば許されるなんて甘ったれた世界じゃないんだよ。
デネがしようとしたことは、プライベートの侵害の可能性があることと、掃除機に入って不法侵入をしようとした事。人間界で言う未遂犯というやつだ。
「罰として、この状態で三十分放置ね」
「……せめてスイッチはk——」
「別に一時間以上でもいいんだよ? それに、吸い込むのは悪臭だけにしといてあげるから」
「時間はこのままでお願いします!」
「ん、わかった」
全く……神だからってなんでも許されると思ったら大間違いだぞ。まあ、デネがここに掃除機を持ってあの男を連れてきたことで私が探す手間が省けたのは感謝しよう。
「それじゃあ、掃除機を持ってきてくれたことのお礼がしたいのだけど。……えっと……名前だっけ?」
「はぁ……怜央って名前で苗字はないよ」
「あ、私は大神 霧乃ね。それじゃあ怜央さん、一緒に何処かを歩かない?」
「散歩か……いいよ。断るのは失礼だし」
「そうと決まれば早速行こう! 何処に行きたい?」
「別に何処でもいいかな」
そんな会話をしながら私と怜央はスクラップデータ処理所から出て行った。
「……もしかして、僕置いてかれた?」
誰もいないゴミ捨て場からデネの声がしていたが、その声に気付く者は誰一人としていなかった。
11月1日の改稿にてサブタイトルを変更しました。
旧『吸い取る君が重たかった理由』
新『吸い取る君(掃除機)が重い。犯人は……』