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フォトグラフ  作者: 岸田龍庵
4/5

その4

 写真の中の自分の姿が消える様子を美砂は見ていた。浅井は写真が燃えて行く様を見る美砂の目を見ていた。瞳の中に火が揺らめく。

「全部、燃やすんですか?」



 浅井の問いかけに、美砂は次の写真に火をつけて応えた。



 手の中の写真に炎が燃え上がると、美砂は灰皿に写真を落とした。落ちた写真はくねくねとした動きを見せながら灰になっていった。

「写真ってこんな風に燃えるんだ」新しいいたずらを発見したような口調で美砂は言った。美砂は写真に立ちのぼって行く炎を、くいいるように見つめていた。

 写真の中の美砂と、彼の姿がゆがみ曲がり燃えて消えて行く。

「お好み焼きのカツオブシみたいね」写真は美砂の言葉の通りにゆがみ、踊り、悶えるように消えて行く。



 写真を燃やして行く美砂は、楽しそうだった。

 浅井にはそれがやせ我慢にも見えたし、美砂なりに区切りをつけているように見えた。

 燃える写真を見つめる美砂は楽しそうだった。頬杖をついて灰皿の中の燃える写真を見ている。

「なんでそんなに楽しいんですか」浅井は聞いた。

「だって楽しいじゃない」また一枚、美砂は写真に火をつけた。美砂は灰皿に火のついた写真を落とした。

 浅井には、美砂の遊びが何が楽しいのかわからなかった。



「聞いていいですか」浅井は断った。

「なあに」気のない美砂の声が返ってきた。

「なんで、燃やすんですか」

「なんでって?」緩やかな声だった。

「写真、なんで燃やすんですか」

 浅井の問いに、美砂はしばらくの間、写真が燃えるのを見ていて答えなかった。

「なんでかなあ?」美砂ののんびりとした声があった。「もう、ここの公園も新しくなっちゃうし、それに・・・」

 美砂は言葉を切った。美砂は灰皿の中の写真を見ていた。写真はひとしきり燃えると灰に変わった。



供養(くよう)してあげないと・・・」美砂はポツリと言った。



「供養、ですか」浅井の言葉に美砂はコクリと頷いた。

「もう、終わっちゃったから。燃やして供養してあげないと。かわいそうでしょ」美砂は「かわいそう」を強調した。


 終わった。

 供養するのか。

 だから燃やすのか。

 灰にして、跡形もなくなくしてしまうのか。

 終わったから。終わってしまったから。



「これも燃やそうかな」浅井は小さく折りたたまれた紙を出して広げた。それは設計図だった。

 なぜ、こんなものを持っていたのか、持ち歩いていたのか、それは今の浅井にもわからない。

「これは何?あなたが書いたの?」美砂はじっくりと広げられた紙を見た。

 紙は、設計図が書かれた白い紙は、あちこちが茶色に染まり、すり切れて手垢(てあか)にまみれてボロボロだった。

「僕が、付き合っていた彼女のために建てようと思っていた家の設計図です」浅井は設計図に指を()わせた。



「二世帯住宅の三階建てで、採光性を強くするために広い窓を配置して、中央は吹き抜けを作りました。

 吹き抜けを囲むようにしてそれぞれの部屋がある空間を、みんながいつでも一緒でいられるような空間をイメージして書いたんです」浅井は設計図を見ながら説明した。

「本当にこんな家に住めたら最高よね」ぽつりと美砂は言った。

「そうですねえ。本当にこんなものが建てられたら幸せですよ」設計図に目を落としたまま、浅井は言った。

「彼女はすごく喜んでくれましたよ。

 でも実際こんな家を建てるには金もいるし、時間もかかるし、一級建築士の免許も取らなきゃならない。

 一体何年かかるかわかりゃしない。僕が一級建築士になるための勉強をしている間に、彼女はいなくなっちゃいましたよ」にがにがしげに浅井は言った。

「その頃、僕は突っ走っていた。一級建築士になるために。一級建築士になってから彼女と結婚しようってね。

 そのために彼女と会う時間も削って勉強した。そしたら、彼女はいなくなってしまった」浅井は設計図を見た。その目は設計図の先にあるなにかを見ているようだった。

「彼女から僕じゃない誰かと結婚するって聞かされたとき、僕は聞いたんです。

 僕の何がだめだったのかってね。

 そしたら彼女は言いましたよ。別に何も悪いところはなかったってね。別に一級建築士にならなくてもいいし、勉強も無理してほしくなかった。むしろそばにいて欲しかったって。

 その時思ったんです。彼女にとっては一級建築士なんてどうでもよかったんだ。別に一級建築士と結婚するわけじゃないし、一級建築士になるために彼女との時間を裂くようなことが何か意味があるのかって気がつかなかったんですよ。

 なにか、男はもったいぶったようなところがありますけど、彼女は普通の日常の、平凡な姿でいてほしかったんだなって思いましたよ」

 浅井はしゃべった。ただひたすらしゃべった。




「多分、男と女の違いなんでしょうね。僕にはそれが分からなかった。今でもわからないけど」いいながら浅井はライターの火をつけた。

「これももう終わったことだから、もうこんな家が建つこともないだろうし、これも供養してあげないと」

 ライターの炎が設計図の端に移った。手垢にまみれた紙の上を炎が広がって行く。

「家が燃えているみたいですね」設計図が燃える。

まだ、建ててもいない家の設計図が、燃える様は、それでも家が燃えて行くようであった。

「火事みたいですね」あざけっていた。あざけりが炎になって設計図を燃やして行く。

 家が半分くらい燃えただろうか。美砂が、燃える設計図を浅井の手から奪い取って、燃える火を叩いて消そうとした。

 美砂は必死だった。本当に火事を消すように、大切な物が消えてしまわないように、美砂は炎を消した。



「どうして」浅井は聞いた。

「だって、かわいそうよ」美砂は半分になってしまった、ヨレヨレの設計図をていねいにシワを伸ばしていた。

「だって、この家はまだ建ってないもん。まだ、建てることもできるのに、かわいそう。燃やしちゃだめ。だって、大切なものだもの。忘れてほしくないし、消えてほしくない」

 美砂は半分燃えてしまった浅井の設計図を大事に持っていた。



「じゃあ、あなたの写真も、燃やして欲しくない。あなたが、その人を本当に好きだったことを忘れて欲しくない」浅井は美砂の写真を手に取った。美砂の写真はあと二枚を残してすべて灰になってしまった。

「写真・・・あと二枚になっちゃったね」思い出したように美砂は残り二枚となってしまった自分と彼の写真をしげしげと見た。

「でも、これは燃やさせて」美砂の言葉はなんの迷いも憂いもなかった。「これは燃やさせて」そういって持っている写真を両手で包み込んだ。

読了ありがとうございました。

まだ続きます

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