7話
「残すは食材か……」
俺はモニカから渡されたメモに従い、順調に買い物を進めていき、残るは食品関連となった。
食材と呟いたものの、メモに書かれているのはインスタント系のモノばかりだ。具体的にいうならば、カップ麺のような、お湯を注ぐだけで出来るようなものだ。彼女は料理をしないのだろうか。
異世界なのにもかかわらず、なぜカップ麺だと判断できるのか。それはモニカから渡されたメモの端にイラストで描かれているからだ。ご丁寧にお湯まで注いでいる。
それはそれとして。
「俺が作るというの……」
と、考えたところで思考を破棄した。
どうせ俺が作っても食費が下がるだけで、大した効果など無い。それに、彼女はインスタント系の料理が好きなのかもしれない。
ならば。俺がここで料理をしても、余計なお世話でしかない。
「ふっ……」
我ながら、思考がひねくれている。
一頻り湧いた考えに苦笑し、出てきたばかりの店。その角を曲がる。
「おっと」
「………………」
こちらが曲がろうとした路地から、百七十センチ弱の自分と同じくらいの女性が出てこようとしては、俺とぶつかりそうになる。あと半歩、足を止めるのが遅ければ、完全にぶつかっていた。
「すみません」
と、身を引き、軽い会釈とともに謝罪をしておく。どっちが悪いかで喧嘩するよりも、すぐに謝る方が気分がいいらだ。それに、謝ってしまえば、相手は必要以上に責めてこない。
まぁ、全員が全員、そういう訳じゃないだろうが。
そして、ぶつかりそうになった彼女は、その例外だったようだ。
「痛ってぇなぁ!!」
と、俺を脅すように声を荒らげる初対面の女性。ぶつかっていないはずなんだが……まぁ仕方がない。この手の相手には、下手に抵抗しないで謝罪をしておけばいいだろう。
「すみません」
「謝って済むと思ってんのか!?」
「すみません」
怒りをぶちまける女性に対して、俺はひたすらに頭を下げる。
だが、
「謝って済むかって、言ってんだろ……!」
「ぐっ!?」
頭をあげた直後に、女性は俺の胸ぐらを掴みあげる。首を絞められたため、小さく息が漏れてしまう。
「へぇ~……」
顔をまじまじと見てくる女性。まるで品定めされている気分だ。胸糞悪い。
「お前。誠心誠意謝る気があるんだよな?」
「……金ならないぞ?」
オヤジ狩りというのに遭遇した経験は無いが、大抵の目的は金だ。幸いというべきか、俺の所持金は食料を買うために残った紙幣一枚と硬貨が数枚――合計一三〇〇コイン前後の金額のみだ。
「金? そんなもんは要らねぇよ」
「だったら……」
何が目的だ、と問う前に、女は口にした。
「身体で示せって言ってんだよ」
「………………は?」
俺にタダ働きでもさせようというのだろうか。タダ働きは困るが、労働により金が手に入るなら、むしろこっちから願い出たいくらいだ。
馬鹿正直に聞いてもいいのだが……目の前の女から仕事が貰えるとは到底思えない。口調も手癖も服装も、ヤンキーのそれだからだ。
「おいっ! 聞いてんのかっ!?」
「……身体で、と言うが、具体的に何をしろと?」
息のつまる状態で声を絞り出し、女へと尋ねる。
「……その気があるならついて来い」
彼女の言う「その気」というのが何を指しているのか知らないが、下手に抵抗するのは悪手だろう。
乱暴に捕まれていた衣服を正し、俺は彼女の後をついていく。
案内されたのは、寂れた工場跡地だった。そして分かったのは、労働力として連れてこられた訳ではない。ということだった。
「……念のため言うが、俺は金を持ってないからな?」
人目につかない場所で、不良じみた少女から要求されるのは金くらいだろう。というか、それしか思い当たらない。
「ちげぇっての。ちっ」
大人しくついて来たことが不満なのか、それとも、金欲しさの犯行だと決めつけられた事が嫌なのか。
どちらにせよ、暴力を浴びせられて終わりだろう。痛いのは嫌いなんだが。
工場跡地とは思っていたが、中は黄ばんだベッドマットや冷蔵庫が置かれていた。
そして、
「ほら!」
ベッドマットの近くで着ていた青や赤の太いラインが描かれたシャツを脱ぎ捨てては、
「おめぇも服を脱げ!」
「…………………………は?」
意味が分からなかった。
「言葉、通じてんだろ? 早く脱げよ!」
上半身がブラジャーのみになった女性は、がに股でベッドに座り、俺を睨み付けてくる。
「いや、……すまないが、言っている意味が分からない」
「はぁあ? その薄いシャツやズボンを脱げって言ってんだよ! それくれぇえ分かるだろ!?」
「そうじゃなくてだな……裸になって、何をするんだ?」
「それこそ分かんだろ……女と男が裸になったらーー」
俺は既に予想できている。そして、恐らく当たりだろう。
ただ……あまりにも、非現実的であり、自分にそんな価値があるとは思えない。
「セックスだろうが」
俺の人生で初めて、開いた口が塞がらなかった。