5話
店の中はいたって普通だ。
店に入ってから視界に飛び込んでくるのは、一枚の大きな絵だ。タージ・マハルのような真っ白な城が描かれている。これが貴重なモノかどうか、絵画に詳しいどころか、有名な絵画も怪しい俺は、全くの判断がつかない。
視線を絵から内装へと移していく。西洋風を意識してか、明るめの木材を使用した椅子やテーブルで統一しているようだ。
「二人です。タバコは吸いませんので、禁煙席で、出来れば窓際で」
モニカは、ホールに出てきたウエイトレスに人数と席の希望を伝える。わざわざ窓際を選んだのは、なにか理由があるのだろうか。
「かしこまりました。では、こちらにどうぞ」
上半身は半袖のカッターシャツ。下半身は黒いスラックスのウエイトレスは、俺とモニカを希望した席へと案内する。
俺らは、窓際に配置された席に腰を下ろす。レースのカーテンが、夏の日射しを幾ばくか和らげている。
「ご注文が決まりましたら、また、お呼びください」
と、ウエイトレスは丁寧なお辞儀をして戻っていく。
朝の時間帯といっても、社会人であれば、九時半ごろならば働いている時間帯だろう。
その為か、客の人数は俺とモニカを含めても十人居るか居ないかだ。
「……ここの店は女性客の方が多いんだな」
無言の時間を窮屈に思えてきた俺は、話の種を巻く。
が、
「ここだけじゃないです」
モニカは、運ばれてきた水に口をつけてから、
「この世界は、女性十万人に対して男性は一人ですから」
俺が巻いた種は、朝食を食べるには少し重くなりそうな雰囲気を醸し出した。
俺はアイスコーヒーを、モニカは手作りサンドイッチを注文し、話はこの世界の歴史に。
「まずは魔王についてですね。これを話さないと、今の男女比が偏っている話に繋がりませんから」
彼女は手拭き左手に持ち、昔話をはじめた。
「今から二百年ほど昔のことです。南東の島国が、隣接する国々に宣戦布告を始めたんです。その国の周りは大国と呼ばれるほど、科学技術の進んでたので、小さな国の世迷い言だと、笑っていたんです。でも……」
と、彼女は再び水に口を付けてから、
「……蓋を開けてみれば、五つあった大国の二つが落ちたんです。それも、国力一位と二位の国をですよ? 流石に笑っていられなくなった周囲の国々は、その小国を全力で叩き潰しにかかったのです」
そっと手を伏せながら、モニカは締めくくった。
「その戦争により、兵士が駆り出された。それで一次的に男女比が偏った。そう言いたいんだな?」
俺も水に口を付けてから、自分なりの解釈を彼女にぶつける。
「まぁ~そんなところですかね?」
そして湧き出る疑問。
「だとしても、男女比が万単位で偏ることは無いだろう?」
俺は、戦争や人口比率に詳しい訳どころか、まったくの無知である。
だが、世界大戦を二度も起こした地球でも、男女比が半々。どころか、男性の方が多い状況だ。
それが、隣国同士の戦いだけで、そこまで大きく異なるとは思えない。
「そうですね。一度や二度でしたら、ここまでならなかったのかもしれません」
「お待たせいたしました」
彼女が言いきるのと同じくして、ウエイトレスが赤緑黄色の色合いが楽しいサンドイッチと、日差しを反射する光沢のあるコーヒーを持ってきた。俺とモニカが頼んだ品物だ。
それだけでなく、黄金色に色づいた分厚いトーストも添えられている。
「アイスコーヒーと、こちらはサービスのトーストとなります」
サービスと言われて差し出されたトーストの上には、二センチ角のブロックみたいなバターが置かれている。徐々に解け始めている様は、CMに使われそうな絵になりそうだ。
「では、ごゆっくり」
と、ウエイトレスは品物を置いて、水を持って来た時と同じように戻って行った。
ウエイトレスの姿が見えなくなったところで、
「……一さん」
「うん?」
「何回、戦争をすれば、今みたいな男女比になると思います?」
「……百回くらいじゃないか?」
正直、分かるわけがない。と、内心とは裏腹な答えを口にする。
その嘘を飲み込むように、アイスコーヒーを喉に流し込む。苦味は、嘘に対するバツなのだろうか。だとしたら、
「意外とマイルドなんだな」
もう少し、ミルクの量を減らすべきだったな。
「う~ん……そんなにやったら、ある意味男女比が同じになると思うんですけどね」
と、彼女は困ったように眉根を寄せて笑う。
「実際は六回です」
「ろ、……」
「凄いですよね? たかだか六回の戦争で、男女比を傾けたんですから」
彼女は半笑いで言うが、それが如何に凄い事なのか……
「ちなみに、今こそ十万という比率ですけど、当時は千万から億という単位で偏っていたそうですよ?」
「……よく持ち直したな」
この世界の男達に勝算を送りたいところだ。
「そうですね」
と、まるで他人事のように呟いた彼女は、サンドイッチを一口かじる。
俺はまるで映画のワンシーンのような、彼女の咀嚼姿を眺めるだけ。ゴクリと喉が動いたところで、
「でも、十万分の一の確率でしか、男性に会うことが出来ませんからね。一さんは、自分が思っている以上にとぉぉぉぉぉぉおおおっっっても! 貴重な存在なんですよ?」
「わかったわかった」
と、コーヒーを啜る。
彼女がここまで説明した内容は、この世界では一般教養の範疇なんだろう。店内に女性しかいない点も含めて、他人事のように納得した。
しかし、
俺とは無関係な話だな。