7話
アマテラス。
俺がその名を呼ぶと、曇天を切り裂き、大地へと突き刺さる。
武器の種類は弓。見た目は木目が綺麗であり、丁寧に研磨されたことがわかる。要は木製で出来た遠距離から中距離を狙う弓矢だ。
たが。木材であるはずのアマテラスは、灼熱の太陽がアスファルトに当り、空気を揺らめかせる陽炎のように、全身を揺らめかせている。
「……なんだ、その弓は?」
男も不思議そうにこちらを見てくる。
「我も驚いているところだ……」
まさか、我の名を呼び、無抵抗で受け入れるなど……そんな人間がいるとは、想像もしておらんかった。
おまけに不気味なくらい輝かしい弓までも。初対面の男に、ここまでする奴がいるとは、到底思えぬだろう。
だが、
「貴様を討ち、巫女を救わせてもらう……!!」
我は弓を握り、弦を引き絞る。
これまた不思議なことに、弦を引けば、火の矢が添えられる。火は暗闇を照らし、我の身体を焼きにかかる。
これは短期決戦でなければ、この男が燃え尽きてしまう。
「はっ!」
火矢は空を切り、音を裂き、男へと瞬時に迫る。
「ちっ!」
だが、男の方も相当な手慣れ。火矢とみれば、素手ではなく、脚で払い除ける。
その脚に火が移る。が、脚を地面に擦り付け、火をも払ってしまう。
「弓なんぞ、姑息な武器を使いやがって」
と、男はぼやくも、すぐに距離を詰めてくる。
我も、弓を使う以上、ある程度の距離を取りたいところだ。が、借りた男の身体は想像以上に疲弊しておる。走る跳ぶは、無理だと悟る。
故に、
「くっ!」
後ろに倒れ込み、男の拳を回避。仕返しに矢を放つ。
「甘いはっ!」
男は上空に向かう矢を、身体を捻って避ける。さらに、回転の勢いをそのままに、拳を打ち付けてくる。
「ぬんっ!!」
我は降り下ろされた拳の力を借り、身体を回転。背中を見せた時に造り出した火矢の鏃を、借りた力ごと返してやる。
「はっ!」
鏃を持つ我の手首を掴み、握り潰しにかかる男。万力で絞まる手首は、潰されれば終いとなる。
「このっ!!」
握っていた弓で男の瞳を突く。
「おっと!」
これには流石に驚かされたのか。男は我の手首を解放し、一度体勢を立て直す。
放された手首を擦り、状態を確認する。……まだ引ける。ズキズキと痛むものの、ここで根をあげれば巫女は救えない。
一度ならず、二度までも…………
「すまぬが、この身体。潰させてもらうぞ…………!」
言葉を貰えた訳ではないが、何故か許されたような心地になる。
我は再び、弓を引き絞る。弓は悲鳴をあげるも、我は容赦なく弦を引く。
「何度やっても同じだ……!」
と、男は先程と同じように距離を詰める。
分かっておる。矢を避けるほどの強者だ。其奴に矢を放とうとも、全て避けられてしまう。少なくとも、討つことは出来ぬ。
ならば、知恵を絞るしかない。
そして、長年の戦いにより培った知恵を遣う。
「しゃっ!!」
放たれた火矢は、空を切り、音を裂き、距離を詰める男の胸へと迫る。
「ふんっ!!」
男は惰性のまま、右足で火矢を払う。
一つ目の火矢のみを。
「がぁあっ!?」
連なる矢。長年の鍛練により編み出した、直線上に二本の矢を放つ業である。
脚を振り上げていた男は、二つ目の火矢を瞳に受ける。
「あああぁぁぁあああ!!!?」
火矢で射ぬかれたのだ。射ぬかれた場所も悪い。
男は地面にのたうち回り、全身に火を巡らせる。
「ぐぞっ! ぐぞっ!!」
喉に火が移り、声が潰れ始める。しかし、男はこの世を憎むように、叫び声をあげ続ける。
酷い死に様だが……我に後悔はない。
やがて。火矢で射ぬかれた男は灰と化す。
我は最後まで見届けず、小屋へと脚を運ぶ。
「ふぅ……ふぅ……」
体力が尽きた。いつ倒れてもおかしくない。
それでも、脚を動かすのは、
「巫女ぉぉぉおおお!!!」
一度は守れず、怪我してしまった後悔。
「猛……猛っ!!」
最愛の人に触れたいという願望。
意識が飛んでしまいそうだ。
「猛っ! 私はっ! 私はっ!!」
あぁ。こんなに近くに寄れるならば、叫ばなければ良かった。
話したいことが、沢山、あるのだ。
「猛。私は、貴方の事を……」
我は手の平を巫女様の頬に添える。
こうしたかった。
あの時も。否。いつも。巫女様と一緒に……
「愛しております。いつまでも。魂が枯れ果てようとも」




