5話
いったい何が起こっているのか。その疑問を解消するには、情報が少なすぎる。
今分かっているのは、ここが工場跡地であることと、一緒に授業を受けていた生徒と先生が、俺に敵意剥き出しなことだ。
正確には、モニカだけは、俺を庇っているような形であるが……。
「この人は一さんですっ! 業火魔王ではありませんっ!!」
モニカは激高するように叫ぶ。
『業火魔王』というのは、俺と同じように、異世界から来た人間であり、この世界に災いをもたらした人物の二つ名だ。
俺が、業火魔王? というよりも、そいつは倒されたはずなのでは??
「退けっ! 首席っ!!」
「退きませんっ!!」
「そいつが業火魔王でなかろうが、関係ないっ! なぜなら、」
「異世界から来た人間だからってっ!! 一さんまでが魔王になるとは限らないじゃないですかっ!!!」
「………………」
信頼されていると考えれば嬉しいものだが……
「モニカ」
「なんですか? 一さん??」
俺を必死に庇ってくれている彼女には申し訳ないが、
「俺は特別じゃない。だから、魔王にならない可能性は、「何を言っているんですか?」………………」
彼女は酷く狼狽している。呼吸をしているというのに、瞳孔を可能な限り開いている。
そんな彼女の表情に、俺の声は止まってしまった。
「仕方ない……。首席に麻酔薬! その後、魔王を討つ!!」
モニカ越しに作戦が聴こえてくる。まるでわざと聴かせているかのようだ。
だが、
「そ、そんなの……い、イヤですよ…………ねぇ、は、一さん?」
目の前の少女には聴こえていない。
仕方がない。
「うぉぉぉおおお!!!」
俺は気合いを入れて、彼女を突き飛ばした。
彼女は抵抗することなく、俺の力で簡単に跳ばされる。
心臓をグッと、握り潰されたような、嫌な気持ちにさせられつつも。
俺は、彼女を突き飛ばした。
「っ!?」
今までずれていた焦点が、俺の体当たりによって戻ってくる。だが、体勢を崩された彼女は、混乱から覚めたばかり。そのまま俺から引き離されていく。
「かかれっ!!」
俺が動いた直後に、大小形状が様々な武器で襲い掛かってくる生徒達。その目には恐怖が宿っているのか、人を殺すことに対する緊張なのか。どちらにせよ、表情は学園の時以上に強張っている。
「うぉぉぉおおお!!!」
ありったけの声を張り上げて、少しでも恐怖を薄める。
それでも怖い。死が隣に居たわけではない。いや、隣に立っていたとしても、気が付かない生活をしていたのだ。
それが。突然、釜を降り下ろしてくる。そんなことになれば、程度はともかく、恐怖を感じないはずがない。
でも、
それでも、
「うぉぉぉおおお!!!」
俺を最期まで信じようとした女性を失う恐怖よりは、全然怖くなかった。
「はいはい。ちょっと待ちなさい」
と、声がしたのと、背中から引っ張られるように吹き飛ばされたのは、ほぼ同時だった。
「引っ張られる」と形容したが、実際は上半身に括り着けたワイヤーを新幹線にでも引っ張ってもらったかのような衝撃だ。
「一さんっ!!」
モニカが受け止めなければ、俺は内蔵を潰されていた事だろう。物理的に彼女を無事ではすまなそうであるが……鍛え方が違うと、今は適当な理由で埋めておく。
それよりもだ。
「……学園長」
アルバート先生が呟いたように、俺を吹き飛ばした張本人であり、先生の頭が上がらない人物。モニカの通っている学園の長。
まるでローマ法王のような、真っ白なローブを着た女性が立っていた。
「ふむ。事情は大体把握しているつもりだわさね」
と、こちらに歩を進めてくる学園長。
「ま、待ってくださいっ!」
突如現れた学園長に、不信感を募らせるモニカ。だが同時に、今の実力では敵わないと理解しているのだろう。俺を支えている体が、小刻みに震えている。
そんな様子の彼女に、
「もし殺す気なら、とっくに殺してるわさ」
と、ごもっともな事を軽口で言う。内容は物騒きわまりないが。
「そ、それでも……ですっ!」
殺されるかもしれない恐怖により、いつもの頭の良さが発揮できていないのだろう。
「モニカ」
だから俺は、
「なにぃうぉっ!?」
振り向き様に、彼女の頬を左右から押し潰す。タコのように唇を突き出した彼女の顔を見て、
「ぷふっ!」
軽く吹き出してしまう。
そんな俺の様子に、
「は、一さんっ!? 何をするんですかっ!!?」
「す、すまん、ぷふっ」
「謝るか笑うかのどちらかにしてくださいっ!!」
と、彼女がいつも通りになったところで、
「すまん。こうでもしなければ、最悪の事態を招きそうだったからな」
と、真面目な口調で告げる。
「は、はぁ……」
が、
「ぷふっ!」
やっぱり、耐えきれなかった。
「~~~~っ!!」
言葉にならない怒りを俺にぶつけようとして着たところで、
「イチャイチャするのはいいけどねぇ? 他所でやってくれんかね??」
俺も含めて、恥ずかしい思いをさせられた。




