12話
科学を受け持っていた女史に連れられ、今度は北側に配置されている建物ーー体育館へと足を運んだ。
「……さすがに体育は出来ませんよ?」
先程の銃撃戦のように、この先生の臨機応変さには注意が必要だ。
「大丈夫ですよ。今日はあくまでも、授業の見学ですから」
「そ、そうですか」
とびきり眩しい笑顔で言う水色のブラウスを着た先生。笑顔で誤魔化されそうになるが、つい五分ほど前に高みの見物をしていたところを突き落としたことは、忘れないからな?
「それよりも、お年、三十前だったんですね? もっと年上なのだと思っていました」
「いくつぐらいだと?」
「そうですね。三十後半。へたしたら四十代だと」
「もうお爺さんですね」
「それくらい落ち着いていらっしゃいますから」
と、目的地に向かって脚を動かしながら、口も動かしていると、
「私と三つしか変わらないなんて」
と……
「三つ…………?」
「はい。正確には、来月で二十七になりますから、二つ違いですね」
と、はにかみながら年齢を口にする女史。どう見ても二十二か三……いや、エマという小学生にしか見えない人間もいるのだ。
俺を案内してくれているこの女性も、そういった類いの人間なんだろう。
「あ、着きましたよ」
この世界の疑問は、一度放置しておくことにしよう。
「一さんは、こちらに来て二日目でしたっけ?」
観覧席と思われる場所で腰を下ろした矢先に、女史から尋ねられる。
下の階では、膝を曲げたり伸ばしたり。準備運動に励んでいる生徒。それと、生徒達の前に立ち、機械のように機敏な動きでテキパキと見本をこなす先生がいる。
「まぁ、それくらいですね」
と、俺はいくつかの線が引かれたフロアを眺めつつ返答する。線はバスケットボールやバレーボールなど、何らかのスポーツをするときに使用されるものだろう。
生徒達の服装はブレザーから、ハーフパンツと白のティーシャツに。恐らくもなにも、体操着なのだろうが……やたらと綺麗に感じるのは気のせいだろうか。遠くから見ているためなのだろうか。
「なら、今から行われる授業は、腰を抜かしちゃうかもしれませんね」
「………………」
どんなことをするんだよ。そう問いたいところだったが、その欲望を強く押さえ込む。ここは先生「腰を抜かす」という言葉に期待しよう。
「よしっ! では、四列横隊で着席」
「「「はっ!」」」
と、先頭に立つ先生からの指示で、生徒達が一斉に動き出す。十秒も経たずに綺麗な隊列と揃っての着席が行われる。
声は反響しているため、ここまでハッキリと聞こえるのは助かる。
「よしっ! では、マニファスを用いた武具格闘訓練を行う!」
マニファスというのは武器の名前なのだろうか。その疑問を
「マニファスというのは、各個人で契約した武器の総称です。契約自体はそんなに難しくないのですが、それらの武器を扱うのが難しいのですよ」
と、隣で捕捉説明を入れてくれる。
「そうだな……では、マニファスの召喚に自信がある者「はいっ!」……いいだろう。モニカ・ヴァン! 前に出ろっ!!」
自ら名乗り出ては、教師の横に立つモニカ。思えば、彼女が授業をしている姿は、これで二コマ目になるのか。
先程の授業は実験がメインだったからな。彼女よりも実験結果に注目していた気がする。
「よしっ! まずは召喚をしてみろ」
「はいっ!」
モニカは腰の辺りに手をやり、体勢を低く保つ。
「彼女。今日は張り切っていますね」
「そうなんですか?」
真面目なインスタント好きのモニカであれば、いつも通りだと思っていたのだが。どうやら部外者に良いところを見せようと、頑張っているらしい、。
「まぁ、他の生徒も気合い十分ですけどね」
と、女史は続ける。
「抜刀っ!!」
体育教師の掛け声に、モニカは腰に添えていた手を振り上げる。
その様子は、透明な鞘から居合い抜きを行ったかのような、素早くも綺麗な所作だ。
「……ほう」
そして、女侍の振り上げられた手には、細長い剣が握られている。
「あれが彼女の?」
「はい。突くことに特化した刺突剣です」
天井を指し示す細き剣は、力を加えてしまえば簡単に折れてしまいそうだ。
だが、
「彼女らしい感じがしますね」
不思議にも。そう感じたのだ。




