9話
学園長の室内で、俺は言葉をつまらせていた。
いや。モニカの落ち着いたようすとか、エマの俺に接する態度とか、カルマの言っていた「天然物」の意味だとか。
どことなく、俺は感じていたのだ。ただ、答えは分かっても、そこまでの導き方が分からないのであれば、それは解けていないのと同義であるはずだ。
「全員……か」
「まぁ、他の五人に倣うなら、あんたも、近日中に魔王になるってことさね」
「……軽々しく言いますが、魔王は強いのでは?」
たった六回の戦争で、男女比を傾けるような存在だ。傾いた原因は、それだけの戦力を投入しなければ、星を残して殲滅される危険があったからだと、モニカから教えられた史実で判断した。
つまり、それくらいには強いのだ。
「まぁあ、並大抵の敵でないのは間違いないね。だとしてもだねぇ」
元々、鋭かった目付きが、裁縫針のように鋭さを増して、
「私の敵じゃないさね」
と。
目の前の人物がタダ者ではないことは百も承知だ。相手の心を読み解く術を持っている時点で、とんでもない話なのだから。
そして、世界を傾けた「魔王」なる強者を「敵じゃない」の一言で片付けられる揺るぎない自信。初対面であるにも関わらず、その自信が見栄や虚言の類いでないと、何故か思わせる。
だから、この疑問がより強く、俺に違和感を与えてくる。
「それでは……なぜ?」
俺をここに呼んだのか。後半部分はあえて省いた。
「それはね。純粋に興味があったからさ」
「興味?」
「そうさね」と肯定した上で、学園長は脚を組んだ。
「モニカ・ヴァン。彼女がこの学園の首席ってのは?」
「はい。小耳に挟んだ程度ですが」
「ふん。じゃあ、ランキングについては知っているとして、トップランカーに与えられる権利については……知らんようだね」
俺はゆっくりと首を縦に振る。何らかの報酬か、それに追随する権力が与えられるとは考えられるが、「それ」が何かは聞いていない。
「ふん。この場合は報酬の方が近いかね? なんせ、好きな男を一人、選べるんだから」
「………………」
耳を疑ったが……この世界の現状を考えれば、自ずと納得できた。
女性が十万人に対して、男が一人。男から見れば、周りは女しかいない世界となる。
しかし、女の視点ではかなり異なってくる。
女性目線では、男に巡り会う事と宝くじで一等を当てる事は、確率はともかく、意味合い的には同じなのである。
「あんたは、なかなかに優秀だねぇ?」
「……長く生きていますからね」
日本での経験則なんて、ここでは無意味に等しいだろうが。
「いんや。そんだけ冷静に考えられる所が、優秀だって言ってんのさ。それに、長生き度合いでいうなら、あたしの方が先輩だわさ」
「…………」
目の前の女性は、俺よりも長く生きている。それは、言葉遣いや態度とかで、なんとなくではあるが、感覚的に理解できた。
ただ、
「俺は特別優秀じゃないですよ」
年齢に関係なく、これは一つの事実である。
「まぁあ、いいさね。話を戻すとしようかね」
学園長は脚を組変える。
「学園首席から、国が管理している男を選んでいくシステムなんだよ。少なくとも、うちの国ではそうなっている。そして、学年首席からという順序もね」
「ふむ」
カルマの言っていた「天然物」とか「候補」というのは、国が管理している男のこと。これは想像がついた。さしずめ、「天然物」は国の管理から漏れた男のことを言うのだろう。
「だが……モニカ・ヴァンは、未だに候補から選んでいない」
「……なるほど」
話が見えてきた。具体的にいうならば。目の前の女性が、俺に興味を示した理由についてだ。
「モニカ……学園首席が、他の男ではなく、俺と同棲している。そこが興味深いと」
確認の意味を込めて、俺は学園長に向かって口にする。
「まぁあ、そんなとこさね」
概ね肯定。だが、
「それは、俺が異世界から来たためでしょう」
「ふむ。なぜ?」
「……なぜと言われても…………俺は拉致同然で「あぁ、すまないね。そっちじゃなくて」」
と、説明の途中で言葉を挟んだ学園長は、
「あんたが異世界から来たから、あの子はあんたを選んだ。なんで、そう思ったのかってとこさね」
「……それは」
それ以外の付加価値が、俺には無いからだ。とは口に出来なかった。
わざわざ認める必要もない。自分を無闇に傷つけて、そして得られるモノなんて何もない。せいぜい他人からの同情か注目を集めるだけだろう。
「………………どうやら、部分的に優秀なようだね。最も」
学園長はソファーから腰をあげて、
「劣り方も酷いもんだわさ」
その目は、酷く見下ろされた気分にさせられた。




