2話
深夜と呼ぶべきか、早朝と呼ぶべきか。そんな、人によってはどちらともとれるような時間帯に、俺ーー人身一は、独りで涼んでいた。
こっちの世界に拉致された。その時に身に付けていた物は、こちらの世界でも規則正しく働いてくれている。
腕時計もその一つであり、今となっては一番稼働している。
「三時か……」
まさか、悪夢にうなされて起きることになるとは……
「ふぅー」
肺に溜め込んだ温室効果ガスを吐き出しつつも、俺は首の辺りを擦る。ガスが抜けた為か、少しだけ体温が下がった気がする。
体感温度は下がったというのに、未だに汗は引いていない。首からはべちゃりとする感触。その絞る前の濡れ雑巾を触ったような感触に、布団のことを思い出す。
俺が寝ていた布団は今、人が汗で描かれている。あのまま放置すれば、俺と同じシルエットの汗染みが出来てしまうだろう。借り物な上に、布団の所有者は女の子――モニカだ。
「日が登ってからだな……」
本日朝一の仕事を決めたところで、俺はまだ黒い空を見上げる。空気が澄んでいるためか、星が点々と輝いている。
「はやぁ~いねぇ~」
「すまない。起こしたか?」
「うぅ~ん」
細い目を擦りながらエマがそっとベランダに出てくる。やはり、モニカと同い年だということが信じられない。寝間着もキャラクターのような柄が大きく描かれており、身長の低さも相まって、小学四年生と言われても信じてしまうレベルだ。
「……アレっておねしょ?」
「おねしょで描けるのは世界地図だろ? ……あれは俺の寝汗だ」
「ふふっ。だよねぇ~」
確信犯なのか? 目だけで問うと、エマは軽く笑うだけだった。
「軽くうなされていたから、ニコちゃんが心配してたよぉ~?」
「……そうか」
うなされているとまでは……内容はおぼろ気だが、印象深かったところもある。
夢から覚める直前の……背後から襲ってきた、首だけが吹き飛ぶような衝撃。
それと、黄金色の草原にたたずむ悲しげに笑う女性の姿。
「それじゃあ一さん」
モニカ手製のインスタントを食べた後。モニカとエマから今日と明日は学園での授業があるとのことで、俺に日中の過ごし方をレクチャーしてくる。
人生の三分の一が社会人歴の俺にとっては、日中に出歩いても問題がないと思う。
思うのだが、昨日のカルマのように、外で襲われでもすれば抗うすべがない。
この世界の情報には、まだまだ疎い俺だ。だからこそ、モニカの大袈裟な発言でも、黙って聞いておく方がベター。一番は体験することだろうが……。
「ちゃんと大人しく、良い子にしてるんですよ?」
俺は小学生か。とは言わずに、
「あぁ、分かってるよ」
と、あくまでも理解した風を装う。
「お昼はどれでも好きな味を選んで良いですからね?」
「インスタント以外という選択肢は省かれるんだな……」
まぁ、たまに食べる分には文句無いのだが。
「帰りに買い物してくるからねぇ~」
「おう」
「そうだね。インスタントの買い貯めをしとかないと」
「「………………」」
俺とエマは、とんでも発言に言葉を失った。
引き棚が四つあるタンスの三つも占領させておいて、まだ買う気か??




