11話
せっかくの食材が傷んでは困る。そう判断した俺とエマは、そそくさとモニカのアパートへと歩いた。
「そんなに急がなくたって、食べ物は急に腐らないよ?」
と、モニカは言う。
確かに、モニカの言う通りでもある。が、
「せっかく着替えて、商店街まで来たんだもん。もう少し見て帰ろうよ」
という提案には乗れなかった。
小柄な容姿ではあるが、モニカと同い年であるエマからは、
「ニコちゃんはマイペースな上に天然だからねぇ~」
と聞かされていたからだ。
それと、彼女は生の食材をまともに購入した経験があるのかどうか……恐らくない。
以上、この二点を踏まえると、寄り道をしている間に食材が傷む可能性が非常に高い。
そして、モニカがブーブー言いながらも、彼女のアパートへと帰ってきた。
「それじゃあ、俺は調理を開始する」
「うん。期待してるよぉ~」
「なにか手伝えることがあったら、遠慮なく言ってね?」
「…………あ、あぁ」
間違いなく、モニカの戦力は必要ない。そう口にするには、俺の心が弱すぎた。
「一番の手伝いはぁ~、ソファーに座っていることじゃないかなぁ~?」
「それ酷くないっ!?」
俺の言いたい内容も、エマとなんら変わらない。
まずは食材の下ごしらえからだ。
真っ赤な茄子のヘタを切り落とし、縦に半分、さらに半分。あとは、輪切りをするように一口サイズへとーーちょうど扇のような形に切っていく。
紫の唐辛子は、なるべく細かく切りきざむ。辛味成分であるカプサンシンがあるのかどうかは知らないが、試食させてもらった限りでは、舌を摘ままれるような辛味であり、十分だろう。
長ネギは緑と白とに切り分ける。緑の方は小口切り。白の方は糸のように細長くーー長いと言っても、三センチ弱だがーーきざんでいく。
野菜の下ごしらえが終われば、あとは炒めていくだけ。俺の中では、中華系の料理は素早くできて簡単。それでいて、そこまで不味くならない。という料理なのだ。
「凄いねぇ~」
と、素人丸出しの包丁裁きを褒めるエマ。
「こんなのは、練習すれば誰でも出来るようになるさ」
と、俺は視線を二人に向ける。
「………………」
若干一名は、絶句しているようだが。インスタントしか作ったことがないならば、包丁の出番は相当に限られるだろう。
「ま、まぁ、あとは炒めていくだけだ」
フライパン(これも新品同様)に油を垂らし、細かくきざんだ唐辛子を投入。火は中火より少し弱めだ。
「いいねぇ~、いいねぇ~!」
エマはジュージューと弾け飛ぶ油の音にあわせて、テンションが高くなっている。そこまで期待されると後が怖い。これで不評だった日には、目も当てられないな。
と、油が赤みを増してきたところで真っ赤な茄子と挽き肉を入れる。入れた直後は、焦げ付かないように箸でかき混ぜる。
真っ赤な茄子は、きつね色に染まり始めたところで、俺は火を止めて味噌と醤油を取り出す。味噌と醤油は常温で保管されていた。どっちも未開封であるのは、以下略。
味噌を醤油で解き、フライパンの中に。余熱で手製の合わせ調味料が弾ける。
「ふ~ん。これがマーボーナスかぁ~」
エマが溜め息を吐き出すように呟く。それに合わせて、鼻を鳴らす音が二つ。
頬が緩むのを堪えながら、再びフライパンを火に掛ける。あとは、水溶き片栗粉でとろみを付け、きざんだネギを加えるだけ。
「米があれば最高なんだがな……」
もっと大きなーーそれこそ、業者が出入りするような市場であれば、米が売っているかもしれない。
ただ言えることは、近くの商店街では取り扱っていなかった。
「まぁ、お米は贅沢品みたいなところがあるからね」
と、日夜インスタントに済ませるモニカは言う。
まぁそれはともかく。今回はうどんのような麺と共に食べることになった。この麺は乾麺であり、彼女の家に保存されていた。
麺が茹で上がり、盛り付けを済ませた。
見た目は赤色が全面に押し出されているが、味見した限りでは、色のわりにはあまり辛くない。
「いただきまぁ~す」
「……いただきます」
テンションの違う二人だが、二人ともが箸を持ち、どんぶりに盛り付けられた麻婆茄子うどんを口へと運ぶ。
「「………………」」
静まり返った部屋の中には、リズムの異なる咀嚼の音が。
俺は瞼を閉じて味わう二人の様子を見届ける。
「うん! 合格だね!!」
と、エマは握り拳から親指だけを立てて、俺の方に向けてくる。「グッド」といったところだろうか。
「……悔しい」
対して、モニカの方は箸を握りしめて呟き、俺を睨んでくる。歯をギリギリ鳴らしながら睨まれても困るんだが。
「そうか。なら、アルバイトの条件は満たせたようだな」
「うん、そうだねぇ~」
「あとは、クゥアルタさんとオルちゃんが納得すれば、だね」
モニカの口から出た二人の名ーークゥアルタとオルは、彼女が通う学園の成績上位二位と四位。トップランカーと呼ばれる学年トップファイブに入る実力者でもある。
ここには居ないが、カルマという不良のような少女も、学園では上から三番目。そう考えると、面識のない二人も、なかなかに曲者なのだろうか。
「まぁ~、クゥアルタさんはぁ~大丈夫でしょぉ~」
「う~ん……どうなんだろうね?」
二人で意見の割れるクゥアルタという人物の評価。ふと、多重人格者なのかと疑ってしまうが、
「いつもぼぉーっとしてるからねぇ~」
「うん。年に一回しかないランキング戦でも、ぼぉーっとしてたよねぇ」
マイペースののんびり屋なのだろうか。
「洗い物、ありがとうございます」
赤く染まった器を、白く洗浄していると、モニカが後ろから感謝を述べてくる。
「別に。大した量じゃないからな」
「ふふっ」
彼女は鼻で笑い、
「一さんなら、そう言うと思ってました」
と、難しい問題が解けたときのように、子供らしく笑った。
「エマちゃんがお風呂から出たら、先に入ってくださいね?」
「いや、俺は「ダメです」……まだ名にも言って「余所者の俺に風呂まで用意されるわけにはいかない。とかなんとか言って、汚れた体で部屋を歩かれても困ります!」……分かった」
「よろしい!」と言われた俺は、泡を流しきった器を水切りの上に重ねた。




