10話
「と、いうわけでぇ~、始まりましたぁ~! お料理バトルぅ~!!」
相変わらず延びきっているエマの語尾。
それと、
「突然にも程があるだろ……」
突如始まった料理対決。
料理対決と言えば、複数人の調理人が、同じテーマでそれぞれの料理を作り、三人から五人程度の審査員に味見をしてもらう。そして、旨さやテーマに沿っているかで勝者を決めるものだ。
しかし。
「料理人が一人で、審査員が二人というのは、料理バトルと言えるのか?」
俺が調理をして、エマとモニカの二人が審査をする。有り体に言えば、
「手料理を振る舞っているだけだよな?」
「だ、だって!」
と、審査員兼調理場の提供者であるモニカは、机を強く叩きながらその場に立ち上がり、
「インスタントは料理じゃないって言うんだもんっ!!」
と、自身の料理スキルが育っていないことを文句として吐き出す。
「わたしとしてはぁ~……二週間もインスタントは遠慮願いたいかと」
語尾を延ばさずに、エマは肩から先を地面に垂らす。まさに項垂れている状態だ。色々な味があるとはいえ、四十二食全部がインスタントというのは……
「ゴメンだな」
「でしょぉ~?」
「いいじゃん! 味を変えればいけるよっ!!」
「それはニコちゃんだけだよぉ~」
幼馴染みのエマに反対され、モニカは頬を膨らませながらも、ゆっくりと着席する。
「で? ご要望は? 先に言っておくが、あんまり凝ったモノは作れないからな?」
こう言っておかなければ、とんでもない要求をされ、アルバイト条件が見直される恐れがある。
具体的に言えば、「三食付き」から、「三食インスタント付き」にだ。流石に身体を壊すだろう。
「分かってるよぉ~」
と、エマは紙袋を机の上に取り出し、右手を入れる。ガサゴソと袋を鳴らし、「こっれぇ~!」と言いながら、一枚の折り畳まれた紙を紙袋から取り出した。
「シーナ料理ぃ~!」
「………………」
どこの国の料理だ?
冷蔵庫の中は予想以上に綺麗だった。汚れらしい汚れはなく、強いて言うのであれば、冷蔵庫本体と扉を繋げている蝶つがいが痛んでいる事くらいだろう。
「モニカ。この冷蔵庫は、何時ぐらいに買ったものだ?」
「え? え、えっとねぇー…………ここに引っ越して来た時………………かな??」
「それでこの綺麗さかぁ」
冷蔵庫の必要性を疑うレベルだ。そもそも、マヨネーズ等の調味料類すら入っていないのだ。
「もしかしてだが、越してからずっと、インスタントだったのか?」
「ち、違うよっ!」
その否定を聞いて、ほんの少しだけホッとする。
調理台や包丁も揃っているのに、料理をしたことがない。というのは、流石に俺の考えすぎなようだな。挑戦したものの、洗い物などで挫折したのだろう。
新品同様に薄い塩化ビニールの袋に包まれていようも。何らかの挑戦をしたのだ……と思う。
そ、そもそも。モニカの部屋は、かなり綺麗に片付けられている。塵や埃がない点を見ても、定期的に掃除をしているのがわかる。
そんな几帳面な彼女であれば、使った包丁を丁寧に梱包するのも、実は不自然ではないのかもしれない。
「外食も食べるよっ!!」
「………………それじゃ買い物からだな。ついでにシーナ料理の特徴について教えてほしい。エマちゃん、頼めるか?」
「あいあいさぁ~!」
「ねぇ? 今の間はなに?? ねぇ? ねぇってばぁ!」
いくら几帳面でも、包丁を梱包し直す奴など居ない。
そして、俺を含めた三人で赴いたのは、モニカのアパートから徒歩五分ほどの商店街だ。魚屋や肉屋などが軒を連ねている。
「シーナ料理の特徴はぁ~、」
「なんと言っても香辛料だよねぇ」
と、エマとモニカに教わる。モニカに教わるというのは癪だが。
なるほど。香辛料の効いた料理ーー俺が作れるレシピであれば、カレーライスか中華料理系のどちらかになる。
「ならば無難にカレーライスといこうか」
「う~ん……カレーはナンド料理だから、今回のテーマから外れるね」
「な、なるほど」
となれば、
「麻婆茄子辺りで手を打つか」
市販のルーさえあれば、カレーライスの方が簡単なのだが……そもそも、ルーがあるかどうかも怪しいな。モニカの口ぶりからすれば、恐らくあるのだろうが。
「マーボーナスぅ? ナスを使った料理ぃ~??」
「あぁそうだ。といっても、同一の食材が売っていればの話になるが、な」
レシピが決まったところで、俺達は八百屋を目指すことになった。
八百屋は商店街の中央と東側ーーこちらからは、歩いて二十分ほどの距離に点在している。
他にも無いわけではない。ただ、品揃えと値段の面を考慮すると、その二ヶ所に集中する。と、エマは言う。
「ところで、エマは料理をしないのか?」
無言で歩くのもどうかと思い、適当な話題を放り投げる。
「うん。わたしは食べるの専門~」
この世界では、料理は貴重なスキルなのだろうか。そう思ってしまう。
「だがらぁ! 私は料理! できますよって!!」
大変貴重なスキルなのだろう。
八百屋についた俺は、目の前に並べられた野菜に安堵する。昼間の太陽を浴びて光輝く野菜達。光沢があるというのは、それだけ瑞瑞しいことの証でもある。
それはそれで良いのだが、
「向こうとほとんど同じだな」
安堵できた一番の要因は、やはり知っている食材が売られている事だろう。多少、大きさや色合いが異なるが、どれも生理的に受け付けられない程ではない。むしろ、赤色の茄子などは食欲が増しそうでもある。
「……これと、これと、これもだな」
と、真っ赤な茄子と紫色の唐辛子。長ネギは日本と同じ色合いで、白色の割合が多いものを選択する。
「……しまった」
財布は持っているのだが、肝心の中身が使えないのである。
俺はソロソロと後ろにいる二人へと視線を送る。
「買い物も満足に出来ないとか、料理以前の問題じゃぁん!」
モニカに馬鹿にされた。物凄く腹立たしい。
八百屋のあとは肉屋と粉物の専門店を巡る。
肉屋では鮮やかな桃色の挽き肉を購入し、粉物の専門店では茶色く染められた片栗粉を購入した。
本来ならば、豆瓣醤だとか、甜麺醤などが必要ではあるが、料理のスキルが乏しい二人に尋ねて、目的の物が見つかるとは考えにくい。それに、俺の説明も、滅多に使わない調味料となれば、怪しいものである。
「あとは味噌だな」
「ミソ?」
「何に使うの? お味噌汁??」
二人は代用という地味に高等なスキルを知らないのだろう。
だから俺は、
「まぁ、料理が出来上がるのを楽しみにしてな」
ほくそ笑みながら、二人の期待を煽った。




