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ホテル白桃にて・・

山中 猛(51)は疲れた顔で無人駅のホームに立っていた。

日曜の午前五時過ぎ、氷のような霧雨が降っている。他には二人の女性が電車を待っていた。

一人は三十前後か・・・大事そうに鞄を両手で抱えている。もう一人は、セーラー服がよく似合う女子高生だ。

二両編成の電車がホームに滑り込んで来た・・・。

山中は二人の観察をやめ、二両目に乗りこんだ。

女子高生と自分の他に客はいなかった。山中は席に腰をおろすなり、目を瞑った。

”山中 猛を懲戒解雇に処す。”

一週間前に人事部長から言われた言葉が、山中の脳裏をよぎった。

”警察沙汰にしないだけありがたく思え・・・。”

山中は一か月前に集金した300万円をパチンコに全部つぎ込んでしまったのだった。

そして、一週間前会社にばれて彼は首を宣告された。

使い込んだ300万円は、離婚を条件に嫁の実家が会社に返済をしたのだった。

嫁と娘と会社を失い、山中は現実から逃避行の旅に出ようと、この電車に乗り込んでいた

「なぜ、こうなってしまったんだ。」

一か月前までは、平凡で幸せな家庭だった。山中は頭を抱え、涙が頬を濡らしていた。


いつの間にか山中は眠ってしまっていた。

腕時計を見ると午前八時を指している。この数日あまり眠っていなかったので、つい眠りこんでしまった。

ふと横を見ると、誰かが置いて行ったのであろう週刊誌があった。

”岡倉女子短大の蒸発事件は、ブラックホール・・・??! ”

山中は興味をおぼえてその”週刊事実”を手に取った・・・。

電車はいつの間にか7両編成になっている。

寝ている間に、快速と連結したらしい。車窓からは海が見えていた。

初春と云っても、雨の海は何か寂しいものを感じさせた。山中は週刊誌を捲って、岡倉女子短大の記事を読み始めた。


”・・・という訳で、病院に逃げ込んだS校長はN寮長を失踪させ、裏で支持をしていると思われる。

世間ではブラック・ホールと騒がれているが、何らかの理由でS校長とN寮長が仕組んだことと筆者は推理する。

神崎真理さん大下和美さん曽我部智子さん、蒸発したこの三人の安否が、気遣われる昨今である。警察はなぜ、もっとS校長を追及しないのだろうか・・・・・?!

                         S・御子神 


”世間では、いろんな事が起こっているんだな・・・”山中は週刊誌を棚網に置き眼を伏せた

「お待たせしました、もうすぐ白桃の里です」

 山中は電車を降りるべく腰をあげるのだった。


雨の中”白桃の里 ”の街並みを歩いた山中は、その日の夕方にホテル白桃にチェックインした。

飛び込みであったが、シーズンオフの為ホテルは空いていた。

「シーズン中はお客さんで一杯なんですよ。」

山中を案内した仲居は人なつっこい笑顔を見せた。

温泉に入り夕食を食べ、山中は屋上に出た・・・雨は小降りになっていた。

アルコールで火照った体に雨は気持ち良かった。

夜空を見上げると、真っ暗な空から白い線となって雨が降り注いで来る。

山中は身震いして、妻と子の名を呟いた。

その時、男女の言い争うような声が屋上の物陰から聞こえて来た。

「・・・いまさら奥さんと離婚わかれられないなんて・・。」

「すまない・・智子。」

「何のために私は、蒸発の真似をしたの?!。あなたと駆け落ちするためじゃないの!。」

「・・・・・・・・。」男は黙っている。

「二人が蒸発したのを利用して、一緒に逃げようと言ったのはあなたなのよ。」

女はヒステリックに叫んだ、山中は自分の存在を持て余していた。

「子供からメールが来たんだ、”お母ちゃんが倒れたの、お願い!お父ちゃん帰って来て・・・!”と書いてあった・・・分かってくれ智子・・。」

   「・・・一緒に死んで・・」

    「えっ・・・!?」   

   「い・っ・しょ・・に・しんでぇ〜」     

    「危ない智子、止めるんだ。」

二人の男女は雨の中もみ合いながら、屋上の端えと移動している。

どうやら女は無理心中を図っているらしい。

「やめるんだ・・!!。」 山中は叫んで、もみ合う二人に近づいて行った。

「・・うわ〜っ!・・・」 屋上の柵は高くなく、バランスを崩し山中はダイブした。突然現れた男に、もみ合っていた男女は驚いて、山中を二人して突き飛ばしたのだ。

「誰か屋上から飛び降りたぞ。」

「救急車だ・・救急車を呼んでくれ・・・。」

「・・駄目だ!・・脈がない、息もしていないぞ・・。」

山中が転落したホテルの庭の辺りから、従業員や他の客たちの声が聞こえて来た。 


雨はまた、強さを増したようだった・・・。

「とにかく、ここから逃げましょう。」 女は男の手を取った。

「これは、事故だ・・・。」 男は動こうとしない。

「私は人前には出れないのよ・・・・・私を・・私を捨てないで・・。」

女は男の胸に飛び込み泣き出した。

雨は・・二人の男女を、容赦なく真っ暗な空から叩きつけている。

男は真っ暗な空を見上げ目を瞑った。


”・・・おかあちゃんがたおれたの・・おとうちゃん、はやくかえってきて・・・。”


子供の悲痛な声が、男の頭の中を駆け巡っていた。





第二話 ホテル白桃にて・・

             (完)







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