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一歩前進です

 ノワールさんを自称する3歳児の登場に、俺は驚いてしまった。


 精神力を鍛えたつもりだったけど、修行は失敗したってことか?


 いや、精神力についてはあとまわしだ。


 いまはとにかくノワールさんの無事を確かめないとな。


 俺はしゃがみこみ、ノワールさん(仮)に目線を合わせる。


「ほんとにノワールさん?」


「私は本物のノワールだわ」


「でも、どうしてそんな……身体が縮んでるんだ?」


「パンケーキを食べたら小さくなったわ」


「パンケーキって、俺が修行場に向かう直前に燃えたっていうあれのこと?」


「それのことよ」


 あのとき、ノワールさんは『近くに水入りのボトルがあったから、それをかけて消した』とか言ってたな。


 ティコさんが身体の縮むパンケーキを作るとは思えないし……てことは、その水が原因ってことか。


「身体が縮む水、か……」


 思い当たる節はある。


 ノワールさんが消火に使った水っていうのは、きっと退化薬だ。


 シャルムさんの置き土産を消火に使ってしまったんだろう。


 退化薬は偶然の産物だってコロンさんは言ってたけど、シャルムさんはその弟子なのだ。調合センスは似てるだろうし、同じ薬を生み出していてもおかしくはない。


 にしても。


「退化薬ってすごく臭いんだけど、よく食べることができたね」


 俺が知ってる退化薬は生ゴミみたいな臭いがしたのだ。


 それともシャルムさんの退化薬は無臭なのかな?


「吐き気がしたわ」


 臭かったらしい。


「でも、貴方と約束したもの。いっぱい食べて大きくなるって。なのに小さくなってしまったわ」


「そうだね」


「だけど泣かなかったわ。泣かないのは、ちょっとだけ偉いと思うわ」


 きりっとした顔で言うノワールさん。


 どうやら泣かなかったことを褒めてほしいようだ。


 退化薬は外見ばかりか内面まで幼くさせる薬だからな。精神的に幼くなって、ちょっとだけ甘えん坊になったんだろう。


「偉いね」


 ノワールさんは嬉しそうに頬を緩ませた。


 身体は縮んでしまったけど、とにかく元気そうでなによりだ。


 でも、ずっとこのままってわけにはいかないよな。コロンさんとシャルムさんの退化薬がまったく同じものなら、3ヶ月後には元通りになってるんだけど……


「ノワールさんが飲んだ薬って、まだ残ってますか?」


 薬の成分を調べてもらえば、まったく同じものかどうかがわかるはずだ。


「それなんだけどね。全部パンケーキにかけてしまっていたのさ」


「そうですか……。あっ、じゃあそのパンケーキは余ってますか? それともノワールさんが全部食べたり……」


「ひとくちしか食べてないわ。口のなかが、いー、ってなったもの」


 そのときの味を思い出したのか、ノワールさんはなんとも言えない表情をする。


 小さくなったことで、ちょっとだけ表情が豊かになったようだ。


「しかし心配はいらないよ。電話で確認したところ、シャルムの薬はコロン氏の薬とまったく同じらしいからね。3ヶ月で元通りだと話していたよ」


「だったら安心ですね」


 とりあえず元通りになれそうでなによりだ。


 心配事があるとすれば、服が弾け飛ぶことだな。いきなり身体が大きくなったら恥ずかしいことになってしまうし、期日が迫ってきたら大きめの服を着てもらうとするか。


 公衆の面前でアニマルプリントのパンツを晒すのは、俺だけでいいのだ。あんな恥ずかしい思いをノワールさんにさせるわけにはいかない。


 ちなみに、いまはぶかぶかのシャツをワンピースのように着こなしている。


 似合うかどうかはわからないけど、ティコさんの家に戻ったらアイちゃんからもらった服を着てもらおうかな。


 けど下着はないし……どこかで買わなきゃだめだな。


 まあ、そのことは追々考えるとして――



「俺、魔法を使ってみます!」



 さっそく修行の成果を確かめてみることにする。


 すでに驚いたり心配したりしてしまっているけど、友達が3歳児になっていたら誰だって同じリアクションを取るはずだ。


 つまり、修行の成否は実際に魔法を使ってみるまでわからないってことだ。


「念のため、ちょっと離れててください」


 安全のためノワールさんたちに離れてもらい、俺は1本の樹に歩み寄る。でこぼこの表面をてのひらで擦って樹皮を削り取り、つるつるにする。


 その樹から5メートルほど離れたところに立ち、懐から魔法杖ウィザーズロッドを取り出した。


 よしっ。いまのところは順調だ! 


 っと、喜んでる場合じゃないな。平常心平常心……。


 心を静め、落ち着いてカマイタチのルーンを描く。



 しゅっ。



 紙に鉛筆を擦りつけたような音が聞こえた。


 俺は急いで樹に駆け寄る。


「……ふむ。どうやら私の修行は、きみにはあわなかったようだね。この修行で効果がないとなると、私にはお手上げだよ」



「そんなことありませんよ!」



 申し訳なさそうにしていたティコさんは、きょとんとする。


「どういう意味だい?」


「ここを見てください!」


 俺はつるつるの樹を指さした。


 そこには切れ目が入っていたのだ。


 最初からあった傷ではない。


 俺がカマイタチでつけた傷だ!


「これ、成長したのかい?」


「はい!」


 東の遺跡で丸太につけた切れ目より、1ミリくらい深みが増していたのだ!


 これなら葉っぱを切り裂くことだってできる!


 そう、切り裂けるのだ! なにかを切り裂く魔法――それがカマイタチのあるべき姿なのである!


「俺、切り裂けるんです……! 葉っぱを切り裂けるんですよ!」


 カマイタチを使いこなせるようになった気がして、俺は興奮してしまう。ここ最近は不眠不休が続いたけど、この調子じゃ今日は眠れそうにないな。


 ティコさんの修行で平常心を保てるようになったけど、嬉しいものは嬉しいのだ!


 それに魔法を使うときは落ち着いていられるしな! 


 修行の効果は確かにあったのである!


「俺、ティコさんのおかげで強くなれました! これでまた一歩夢に近づきました! 本当にありがとうございます!」


 ティコさんはぽかんとしたあと、にっこり笑った。


「ふふっ。きみは得な性格をしているね。そんなふうに喜ばれると、もっと喜ばせてあげたくなるよ」


「充分喜ばせてもらいましたよ! この調子でもっともっと修行して、必ず大魔法使いになってみせます!」


 ノワールさんより強いひとは――師匠候補はまだまだいるのだ。


 そのひとたちに修行をつけてもらえれば、俺はさらに強くなれる!


 大魔法使いになれるのだ!


「修行の成功を祝して、今日はご馳走を作ってあげるよ」

「楽しみだわ」


 食い気味に返事をするノワールさんだった。



いつの間にか500万PVを突破していました!

次話もなるべく早く更新できるよう頑張ります!

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