彼女は妹ですか?
地下洞窟に来てどれほどの時間が過ぎただろうか。
真っ暗だった通路が、ぼんやりと明るくなってきた。
ゴールがすぐそこまで迫ってきたのだ。
修行の終わりが近づいてきたってことだけど、本当に魔力は上がっているのだろうか。
それは実際に魔法を使ってみないとわからない。
だけど、これだけは断言できる。
――俺の精神力は成長している、と。
なにせゴールが近いというのに、俺はこんなに落ち着いているのだ。いままでの俺なら跳びはねて喜び、なにかを壊していたところである。
いまなら自然体で魔法杖を使うことができそうだ。いや、確実にできる。こないだみたいな事故は二度と起きないのだ。
魔法杖を取り出しただけで暗黒騎士を真っ二つにしてしまう魔法使いなんて、魔法使いとは言えないんじゃないか。物理的に魔法杖を振って魔物を倒す俺は、杖を持っただけの武闘家なんじゃないか。そんなふうに思うこともあった。
武器を使っているわけだし、ひょっとすると武闘家ですらないかもしれないけど、とにかく俺の理想とする魔法使いじゃないことだけは確かだ。魔法を使ってないわけだしな。
でも、この修行で俺は変わった。
魔法杖で事故を起こさなくなった俺は、魔法使いに近づいたというわけだ。
ようやくスタートラインに立てたと言ってもいいだろう。
俺の魔法使いライフは、今日から始まると言って過言ではないのだ。
そうして物思いに耽っていると、光りが強さを増してきた。
そして――
「ゴールだ……」
俺は、洞窟からの生還を果たした。
長いこと暗闇に身を置いていたため、最初はぼんやりとしか見えなかったけど……
すぐに目が馴染み、見たことのある光景が視界に飛びこんできた。
……ここ、入口じゃね?
一瞬。本当にほんの一瞬だけ、焦った。
しかし俺はすぐさま落ち着きを取り戻す。
入口から出てきたってことは、きっとどこかで道を間違えたのだ。たとえばショートカットコース側から最初の通路に出てきてしまった、とかな。100歩に1回のペースで壁を破壊したし、ありえない話ではない。
だけど大切なのは長時間暗闇を歩き続けることだ。
どこから出るかは些細な問題なのである。
つまり俺は、ティコさんの修行をやり遂げたってことだ。
あとは魔法を使って修行の成果を確かめるだけである。
「けど、まずは報告が先だよな」
ノワールさんも心配してるだろうし、魔法を使うのは無事を報せてからでも遅くはない。
「精神的に成長してる俺を見たら、ノワールさんびっくりするだろうな」
成長したのは外見じゃなくて内面だ。わかりにくい変化だけど、ずっと一緒にいるノワールさんなら俺の変化に気づいてくれるはずだ。
ノワールさんのリアクションを楽しみにしつつ、俺はティコさんの家に向かう。
「……っと」
ジャンプしようとしたところ、服の汚れに気がついた。
俺の服は上から下まで返り血で紫に染まっていたのだ。ところどころに粉や体毛が付着している。
いったいどんな魔物だったのか。修行中はあんなに気になっていたのに、いまとなってはどうでもいいとすら思える。
「もうなにがあっても驚くことはないんだろうな」
長いことひとりでいたからか、独り言が増えた気がする。そういう意味でも修行の成果を実感しつつ、俺はジャンプをしようとした。
そのときだ。
「やあ。早かったね」
がさがさと茂みが揺れ、ひょっこりとティコさんが出てきたのだ。
その手には見覚えのある地図があった。
赤点の動きを見て俺が戻ってくることを知り、わざわざ出迎えに来てくれたってわけか。
本当に、いい師匠に恵まれたな。
「早かったというか……実は、入口から出てきてしまったんです」
俺はショートカットをしてしまったのだ。
叱られるかもと思ったけど、ティコさんはにっこり笑った。
「それでいいのさ。この洞窟には、はじめから出口なんてないんだからね」
出口がない?
「つまり、この階段は入口じゃなくて出入り口だったってことですか?」
「そういうことさ。あらかじめ出口がここだと教えると、きみを安心させてしまうからね。出口がどこにあるかわからない――それが不安を生むのさ」
俺を不安にさせるために秘密にしてたってわけか。
「さて。いまの話を聞いて、きみはどう思った? 驚いたかい?」
俺は首を振った。
「驚きはありません。ああ、そうなんだ……くらいにしか思えませんでした」
ティコさんが満足そうに笑う。
「どうやら修行は成功したようだね」
「はいっ。おかげさまで……」
しゃべっていると、ティコさんのうしろから小さな子どもが現れた。髪についた葉っぱを手で払い、ふるふると首を振って顔についた蜘蛛の糸を取り除こうとしている。
3歳くらいの女の子だ。
青みがかった髪といい、眠そうな目つきといい、見れば見るほどノワールさんにそっくりだ。
もしかして、ノワールさんの妹かな?
でも、ノワールさんに妹がいるなんて話は聞いたことがない。
いたとしても、ここにいる理由がわからない。
「すみません。その女の子は……?」
俺が質問すると、女の子が歩み寄ってきた。
「私はノワールだわ」
死ぬほど驚いた。
本日中にあと1話くらい投稿できそうです。




