世界最長の洞窟です
俺とノワールさんは、ティコさんの案内を受けて森のなかを歩いていた。
「修行って、具体的にはなにをするんですか?」
修行場が《闇の帝王》の拠点ってことはわかったけど、そこでなにをするかはわからないのだ。
「《闇の帝王》と戦うんじゃないかしら?」
「さすがにもう復活はしないんじゃないかな」
身体は『魔の森』で粉々にしたし、魂は試練の間で粉砕したからな。成仏するのを見届けたし、『《闇の帝王》と戦う』っていう修行じゃないのは確かだ。
「きみには魔王の拠点を歩いてもらうのさ」
《闇の帝王》こと魔王の拠点は世界中にある。そのうちのひとつがこの森の洞窟なのだ。
魔王は多くの魔物を洗脳魔法で操ってたらしいし、その残党が来たるべき日に備えて洞窟内に潜伏しててもおかしくない。
「つまり洞窟にいる魔王軍の残党を倒しつつ歩くんですね?」
さすがに歩くだけってのは楽すぎるしな。
押し寄せる魔王の手下を倒しつつゴールを目指すのが、ティコさんの修行ってわけだ。
「洞窟には多くの魔物がひそんでいるから、戦うこともあるだろうね。だけど、重要なのは歩くことさ」
魔物と戦うのはあくまでついでってことか。
「でも、歩いただけで修行になるんですか?」
体力くらいはつくかもしれないけど、俺がほしいのは魔力だからな。
「きみが歩くのは、ただの洞窟じゃない。世界最長の洞窟なのさ。おまけに真っ暗で、とても怖ろしい場所なんだよ」
『世界最長』と『真っ暗』を強調するティコさん。
「人間は、不安や恐怖といった負の感情に打ち勝つことで成長する生き物なのさ。肉体的にではなく、精神的にね」
そこまで説明されて、俺はようやく理解した。
精神力を鍛えることで魔力は高まるのだ。
つまりティコさんの修行とは、『恐怖に打ち勝つことで精神力を鍛える』というものなのだ!
魔王の拠点は、負の感情を抱くのに適した場所なのである!
「ティコさんはその修行で強くなったんですね!」
「まったく同じ修行というわけではないけどね。私は光魔法の使い手だから、真っ暗どころか昼間のように明るくしたよ」
「それで修行になるんですか?」
「たとえ明るくても、いつゴールできるかわからない洞窟を歩くというのは、それだけで怖ろしいものなのさ」
なるほどね。ティコさんは『ゴールする前に力尽きるかもしれない』という恐怖に立ち向かうことで強くなったってわけか。
「だけど、きみはちょっとやそっとじゃ恐怖を感じないだろうからね」
たしかに『世界最長』ってだけじゃ物足りなさはあるな。
「だから『真っ暗』って条件を加えたんですね?」
「うん。さらに食料の持参も禁じるよ。いくら強くても、飲まず食わずで歩き続ければいつかは力尽きるからね。それとも、きみはなにをしても死なないのかい?」
俺、化け物かなにかだと思われてるのかな?
「さすがに力尽きますよ」
あれは10歳の頃だったかな。モーリスじいちゃんに魔法杖が欲しいとねだったところ、『いまはとにかく身体を鍛えるのじゃ』と返されたことがある。
早く魔法杖を手に入れたかった俺は、寝る間どころか食事の間すら惜しんで修行をすることにしたのだ。
けっきょく3週間飲まず食わずで修行をしたところ、心配したモーリスじいちゃんに止められたんだけど……あのまま飯抜きで修行をしていたら、そのうち死んでいたはずだ。
だから少なくとも3週間は飲まず食わずで生きていけるけど、ゴールまで何日かかるかわからないのだ。
もしかすると途中で力尽きるかもしれない。
その恐怖に打ち勝つことで、俺は強くなれるのである!
やる気の炎を燃やしつつ歩いていると、ティコさんが急に立ち止まった。
「さあ、着いたよ。ここが魔王の拠点――世界最長の洞窟さ」
木々の隙間に地下へと続く階段があった。
普通の洞穴をイメージしてたけど、地下洞窟だったのか。これじゃどれだけ長いか想像もつかないな。
だとしても、俺の決意は変わらない。
どれだけ長い洞窟だろうと、いつかは出口にたどりつくのだ。
そしてゴールしたとき、俺の魔力は飛躍的な成長を遂げているのである!
「次はいつ会えるのかしら?」
さっそく洞窟に踏みこもうとしたところ、ノワールさんが服の袖を掴み、不安そうにたずねてきた。
同じようなシチュエーションだし、試練の間のことを思い出してるのかもしれないな。あのときは帰還するのに10ヶ月もかかったのだ。
「いつになるかはわからないけど、必ず戻ってくるよ!」
「……ほんとう?」
「ほんとさ! 俺は必ず生きて帰ってくる。元気な姿を見せてあげるよ。だからノワールさんも、俺に元気な姿を見せてよ。毎日しっかりご飯を食べて、規則正しい生活をしてさ」
飲まず食わずの不眠不休で修行をしてた俺が言うのもなんだけどさ。
「貴方の分までご飯を食べるわ。次に会うときは、貴方より大きくなってるかもしれないわ」
俺を和ませようとしてくれているのか、ノワールさんは冗談口調で言った。
とはいえ、あながち冗談とは言えないんだよな。
ノワールさんは成長期――食べたら食べた分だけ成長するのだ。実際、俺がいない10ヶ月のあいだに10㎝以上背が伸びてたしな。
「そのときは新しい服を買わないとね」
「貴方と買い物できる日を楽しみに待ってるわ」
会話をしているうちに不安が解消されたのか、ノワールさんは服の袖から手を放す。
「じゃ、行ってくるよ」
そうして笑顔で別れを告げた俺は、闇の広がる地下洞窟へと足を踏み入れたのだった。




