夢ではありません
暗黒騎士を真っ二つにする事故から3日が過ぎた。
この日、俺たちはジャングルを訪れていた。
足場の悪い森のなかを転けないように歩いているため、よけいに体力を使うのだろう。ノワールさんはへとへとになっている。
息を吹いて障害物を吹き飛ばせば綺麗な道ができるけど……やりすぎると暗黒騎士の二の舞だしな。
あんな恐怖体験は二度とごめんなので、ありのままの自然に立ち向かうしかないのである。
「水が欲しいわ」
「歩きながら飲むと危ないし、ここで休憩にしよっか」
「賛成だわ」
手頃な岩に腰かけ、ノワールさんに水筒を渡す。
喉を潤したノワールさんは、俺に質問をぶつけてきた。
「この先にいるのは、本当に人間なのかしら?」
いまさらな疑問だけど、そう思いたくなるのも無理はない。
俺たちが頼りにしている地図は、ノワールさんより強い『生物』の居場所を示しているのだ。
この森にティコさんが住んでるのは間違いないけど……ノワールさんより弱かった場合、その赤点は別人ということになる。
つまり、ひとではなく魔物かもしれないのだ。
「とにかく、いまは信じるしかないよ。その赤点がティコさんだってね」
「貴方が信じるなら、私も信じるわ」
話がまとまり、俺たちは歩みを再開する。
そうして休憩を挟みつつ歩くこと数時間――。日が沈みかけた頃、俺たちはひらけた場所に出た。
「なんていうか……懐かしい場所だな」
「貴方の生まれ故郷に似てるのかしら?」
「生まれ故郷じゃなくて、『魔の森』に似てるんだ。ちょうどこんな感じの場所でさ。あんな感じの家が建ってたんだよ」
俺は木造の家を指す。板を貼り合わせてできた、手作り感満載の家だ。
この光景を見ていると、『魔の森』での日々を思い出すのだ。
「一度行ってみたいわ」
「そのうち案内するよ。俺もモーリスじいちゃんに会いたいからね」
さておき、赤点はあの家を示していた。
家に住んでるってことは、この赤点は人間――ティコさんに違いない。
「ついにティコさんと対面か……」
いよいよ師匠が間近に迫り、どきどきしてきた。
こういうのは第一印象が肝心だ。
ティコさんに失礼がないように、きちんと挨拶しないとな!
俺はドアの前に立ち、深呼吸する。
ドゴォォォォォォォン!!!!
ドアが吹き飛び、家が半壊した。
嘘だろ……。
師匠の家を吹き飛ばすなんて第一印象最悪どころの話じゃないよ!
頼む、夢なら醒めてくれ!
そう強く願うも、家は半壊したままだ。
「結果オーライかもしれないわ」
ノワールさんが励ましてくれる。
気持ちは嬉しいけど、これは結果オーライにはならないんじゃないかな……。
明るい未来が見えず、ティコさんに門前払いをされる光景しか浮かんでこない。
けど、門前払いされるだけならまだマシだ。俺を追い払うってことは、ティコさんは無事ってことだからな。
「とにかくいまはティコさんの安否を確かめないと――」
「すごい音がしたね」
家に踏みこもうとしたところ、奥から女のひとが出てきた。
穏やかそうで、金髪で、緑の服を着ていて……この世界にエルフがいるとしたら、こんな感じなんだろうな。
このひとがティコさん……で、いいのかな?
いや、このひとが何者だろうと、俺がやるべきことはひとつだ。
「すみません! 家を壊したのは俺です! その、怪我はありませんか?」
「平気だよ。この通り、ぴんぴんしているからね」
「そうですか……」
俺が胸を撫で下ろしていると、ティコさん(?)はまじまじと家を眺める。
「それにしても、だいぶ風通しがよくなったね。ここのところ窓のすべりが悪くて、なかなか開かずに困っていたところなのさ。窓を開ける手間が省けて助かったよ」
「……怒ってないんですか?」
「家が壊れたくらいで怒ったりしないさ。それに万物は、いつの日か壊れる運命にあるのだからね。我が家の寿命は今日だった。それだけの話だよ」
びっくりするくらい落ち着いてるけど、これって精神力がすごく鍛えられてるってことだよな。
魔力の強さは精神力と密接に関わっている――つまりティコさん(?)は、本当に強い魔法使いってことだ。
話には聞いてたけど、あらためてすごい魔法使いなのだと実感する。
「ところで、きみはアッシュくんだね?」
「俺を知ってるんですか?」
「きみを知らないひとはいないさ。それに先日、シャルムから連絡を受けてね。きみをよろしくと頼まれたんだよ。ああ、そうそう。申し遅れたが、私はティコだよ」
シャルムさんが事前に連絡を入れてくれたってわけか。エルシュタニアに戻ったら、お礼しないとな。
「立ち話もなんだ。まずはうちに入るといいよ」
ティコさんに招かれ、俺たちは背もたれの吹き飛んだ椅子に腰かける。
「シャルムに聞いたよ。きみは私に弟子入りしたいんだってね」
「はい! 俺、大魔法使いになりたいんです! ティコさんに魔力の高め方を教わりたいんです!」
ティコさんはにこっと笑う。
「構わないよ。友達の友達は友達だからね。それくらいの力にはなってあげるさ」
ただ、とティコさんは人差し指を立てた。
「ひとつお願いしたいことがあってね。修行の前に、それを聞いてほしいんだよ」
「お願いですか?」
「うん。きみには我が家の修理を手伝ってほしいんだよ。見ての通り、私は非力だからね。きみみたいな男手がほしかったところなのさ」
もちろん、俺は引き受けたのだった。




