武者修行の幕開けです
長年憧れていた魔法杖ショップを訪れた俺は、その品揃えの豊富さに息を呑んだ。
まるで夢の国みたいだ! この店の存在は知ってたけど、入店するのははじめてなんだよな……。
学院の近くにあるし、その気になれば毎日のように通うことができたけど……買わずに帰るのは冷やかしみたいで店のひとに悪いしな。
そんなわけで、入店するのは魔法使いになってからと決めていたのだ。
「それにしても、このなかから選ぶのか……」
想像以上の品揃えに、嬉しい悲鳴がもれてしまう。
ひとつひとつの使い心地を試したいけど、俺の魔力はちょっとしかない。すべての使用感を確かめるのに数年はかかりそうだ。
大事な相棒探しとはいえさすがに何年もかけるわけにはいかないし、こういうのは直感で選んだほうがいいかもしれないな。
「いらっしゃいませ! ――って、アッシュさんじゃないですか! いなくなったって聞いてましたけど、戻ってたんですね! いやぁ、よかった!」
店の奥から出てくるなり、店長さんが親しげに話しかけてくる。
俺がこの店を訪れるのははじめてだけど、彼とは顔見知りだ。
店長さんは生徒のためにカタログを学院に届けに来てくれていたのである。そのとき、たまに話していたのだ。
「それで、本日はどういった御用向きで?」
「魔法杖を買いにきました!」
「ほんとうですか!? アッシュさんに買っていただけるなんて光栄です! なにより良い宣伝になりますよ! なんでも好きなのを持ってってください!」
「いえ、お金は払いますよ。ちゃんと対価を支払わないと、魔法杖職人の方々に申し訳ないですからね」
「そうですか……。では、ごゆっくりどうぞ!」
「はい! じっくり選ばせてもらいます!」
さっそく所狭しと並べられた魔法杖を見てまわる。
「私にできることはないかしら?」
そうしていると、俺のとなりでそわそわしていたノワールさんが話しかけてきた。
ただ待ってるだけじゃ退屈だろうし、ノワールさんにも手伝ってもらおうかな。
「これだ! と思った魔法杖を見せてくれると助かるよ」
ノワールさんは嬉しそうにうなずく。
「探してみるわ。………………これなんてどうかしら?」
ノワールさんはうしろの棚から一本の魔法杖を手に取り、俺に見せてくる。
「どれどれ……? ああ、それはボルグ社の魔法杖だね」
「ぼるぐ……どこかで聞いたことがあるわ」
「エファの魔法杖を作ってるところだよ」
「あそこね。じゃあ、これはダメなのかしら?」
「そうだね……。一応、候補に入れておくよ。握り心地が良すぎる問題も、俺が気をつければいいだけだからね」
ノワールさんは嬉しそうに頬を緩ませる。
「貴方の役に立てて嬉しいわ。もっと探してみるわ」
しばらくして、ノワールさんが指揮棒みたいな魔法杖を持ってきた。
「これはどうかしら?」
「それはコロンさんが使ってる魔法杖だね。確か、シャルムさんも同じのを使ってたよ」
「貴方も愛用してくれるかしら?」
ノワールさんが期待のこもった眼差しで見つめてくる。
「うーん……その魔法杖はとにかく細いからね。細かいところが描きやすいから、複雑なルーンが多い闇系統の魔法使いに愛用されてるんだ。だけど細い分、ちょっとした衝撃で折れちゃうからね」
「貴方が使うとすぐに壊れてしまいそうね」
「そうなんだよ。この魔法杖は俺には向いてないんだ。だから……たとえば、そうだね……」
魔法杖探しの参考になりそうなものを見つけようとして――
俺は、目を奪われた。
長さ25㎝ほどの真っ白なそれは、まるでユニコーンのツノだった。
全体的にドリル状になっており、柄の先端には透明な水晶がはめられている。
実際に手に取ってみると、すぐに普通の魔法杖とは異なることに気づいた。
魔法杖は木製が主流だけど、これは金属製だったのだ。
「重いわ」
同じものを手に取ったノワールさんは、そう言って魔法杖を棚に戻した。
ノワールさんの言う通りだ。
金属製の魔法杖は頑丈だけど、木製のものと比べて数倍は重いのだ。そのため、とにかくルーンが描きづらいのである。
ルーンが描きづらいなんて魔法杖にあるまじき欠点だ。
しかし、これに限っては例外だったりする。
なぜならこの魔法杖は実用的なものではないのだから。
「これはお祭りのときなんかに使う、儀礼用の魔法杖だからね。見た目重視の作りなんだよ」
「じゃあ、ほかのにするのね?」
俺は首を振った。
「いや、これにするよ。俺は重さを感じないし、魔力の通しやすさもそこまで悪くないし、長さと太さもちょうどいいし、耐久力もあるし――なにより見た目が最高だからね!」
こういうのを一目惚れっていうんだろうな。
もうこれ以外考えられない!
そう思ってしまうくらい、俺はこの魔法杖を気に入ったのだ。
「……二つ買うのね」
同じ魔法杖を二本手に取ったところ、ノワールさんに指摘された。
「壊れるかもしれないからね。こっちは予備の相棒さ」
そうして夢にまで見た魔法杖を手に入れた俺は会計を済ませ、うきうきとした気分で店をあとにしたのであった。
◆
「さっそく魔法を使うのかしら?」
魔法杖ショップを出ると、ノワールさんがたずねてきた。
「早く使ってみたいけど、ここじゃ無理かな」
一歩間違えればネムネシアの再来になるからな。
大地を切り裂く恐れがある以上、魔法杖を使うのは町を離れてからだ。
「まずはライン王国へ行くのよね?」
駅へ向かっていると、ノワールさんが確認を取ってくる。
「そうだよ」
「どっちに向かうのかしら?」
ライン王国領には二つの赤点があるのだ。
「まずは西側にいるひとに弟子入りしてみるよ。こっちのほうが距離的に近いからね」
「どれくらいかかるかしら?」
「そうだね……。道に迷わなければ1週間くらいかな」
途中までは列車で行けるけど、地図によると師匠候補は森のなかにいるのだ。先日から動きがないし、きっとこの森に住んでいるのだろう。
「最寄り町まで3日、そこから歩いて4日ってところかな。ノワールさんの体力しだいなところがあるけど、疲れたら遠慮なく言ってくれていいからね」
「弱音は吐かないわ。貴方の邪魔はしたくないもの」
俺は思わず足を止める。
「ノワールさんのことを邪魔だなんて思ったりしないよ。いままでも、これからもね」
ノワールさんは遺跡巡りに協力してくれたし、今回の旅にも協力してくれている。俺が夢を叶えるのに、ノワールさんは欠かせないのだ。
それがなくても、ノワールさんは俺の大事な友達なのだ。邪魔者扱いなんてできるわけがない。
「嬉しいわ。貴方が大魔法使いになるその日まで、ずっと一緒にいるわ」
「ありがとうノワールさん! 何年がかりになるかわからないけど……俺、ぜったいに風系統の魔法を極めてみせるよ! そしてなるんだ、大魔法使いに!」
いまの魔力ではカマイタチしか使えない。
しかも葉っぱを切り裂くのがやっとの威力だ。
ここから風系統の魔法を極めるのは至難の業。カマイタチしか使えないまま寿命を迎える可能性だってあるのだ。
だけど俺は、魔力斑を手に入れることができた。魔力ゼロの状態から魔法使いになれたのだ。
諦めなければ大魔法使いになることだってできるのである!
決意を新たに、俺たちは列車乗り場へと歩みを再開する。
かくして武者修行の旅が幕を開けたのだった。
評価、感想、ブックマークなどたいへん励みになっております。
次話もなるべく早くお届けできるよう頑張ります。




