魔法杖博士ではありません
エルシュタット魔法学院をあとにした俺は、ノワールさんと魔法杖ショップへ向かっていた。
いよいよ大魔法使いへの第一歩を踏み出すのだと思うと、足取りは自然と軽くなる。
「どんな杖にするか決めてるのかしら?」
ノワールさんが俺のとなりに駆け寄り、たずねてきた。
知らないうちに早足になっていたようだ。
俺は歩調を緩めつつ、答える。
「決めてないけど、カタログには目を通してるからね。気になる魔法杖はいくつかあるよ」
「カタログなんてあるのね」
「あるんだよっ。毎月発行されててね。俺は新しいカタログを読むのが大好きなんだ!」
世界一の愛読者だという自信があるくらい、俺はカタログを愛読していた。
モーリスじいちゃんと『魔の森』で暮らしていたときも、町に出かけるたびにカタログを持ち帰ってたし、学院に通い始めてからも毎月新しいのを手に入れていた。
「この10ヶ月でどんな魔法杖が増えたか、いまから楽しみでしかたがないよ!」
「私には全部同じに見えるわ」
「見た目は似てるのが多いけど、性能には大きなばらつきがあるんだよ」
「性能差なんてあるのね」
「あるんだよっ。柄の握りやすさ、魔力の通しやすさ、長さ、太さ、重さに色合いに耐久度――製造会社によってばらつきというか特色があるんだ!」
「魔法杖博士ね」
「博士ってほどじゃないけどね。ただ、魔法使いにとっての魔法杖は剣士にとっての剣みたいなものだからさ。詳しいに越したことはないんだよ」
「私の杖はどうかしら?」
俺の話に興味を持ってくれたのか、ノワールさんが懐から魔法杖を取り出して見せてきた。
長年使っているのか、柄のところが色あせている。
「ノワールさんの魔法杖はヘクセラ社製だよ。良い魔法杖だから、大事にしてあげてね」
「大事にするわ。ところで、ヘクセラ社の魔法杖はすごいのかしら?」
「もちろんだよ! ヘクセラ社は老舗でさ、すべての魔法杖はここの製品を参考にして作られてると言っても過言じゃないんだよ! 特徴としてはバランスに優れてることで、老若男女に愛されてるんだ! ちなみに本社はエルシュタット王国にあってさ、フィリップさんもここの魔法杖を愛用してるんだよ! ちょっと値段は張るけど、そのぶん性能は折り紙付きさ!」
「詳しすぎるわ」
ノワールさんはぽかんとしている。
「カタログに書いてあったことを言ってるだけだよ。とにかく、ヘクセラ社の魔法杖は人気があるんだよ」
「そう。じゃあ貴方はヘクセラ社の杖を買うのね?」
「いや、実を言うとエファの魔法杖も気に入ってるんだ」
「それはどこが作ってるのかしら?」
「ボルグ社だよ! ここの魔法杖はとにかく握りやすさに重点を置いてるんだ! 実戦向きじゃないけど扱いやすいから、初心者に大人気なんだよ! つまり練習用の魔法杖ってことだね」
エファは初心者じゃないけど、ボルグ社の魔法杖を愛用している。
子どもの頃に使っていたものを大人になっても使い続けるひとはいるし、エファもその口だろう。
さておき、俺は魔法使いになったばかりの初心者だ。エファの魔法杖は一回しか使ったことがないけど、握り心地は最高だった。
「貴方はエファと同じ杖を買うのね?」
「いや、違うのを買うよ」
「なにが不満なのかしら?」
「不満っていうか、握り心地が良すぎるんだ」
あまりに握り心地が良すぎて、エファの魔法杖を握りつぶしてしまったことがあるのだ。
大事な相棒をつまようじみたいにするわけにはいかないよな。
「つまり握り心地が悪いものを買うのね?」
「握り心地が悪いっていうか、『魔法杖を握ってるんだ』って意識できるものが欲しいかな。そういう意味では、フェルミナさんが使ってた魔法杖は有力候補だよ」
「フェルミナの杖はどこ社製なのかしら?」
「ミルキィ社だよ! そこの魔法杖は、魔力の通しやすさに性能を全振りしてるんだ! だからルーンを描いてから魔法が発動するまでのタイムラグが一番短いんだよ!」
実戦ではわずかな遅れが命取りになる。
そのためミルキィ社製の魔法杖は魔法騎士団のひとたちに愛用されているのだ。
柄が特徴的な形をしているため最初のうちは握りにくく感じるかもしれないけど、慣れれば最高の相棒になること間違いなしだ。
「貴方はミルキィ社の杖を買うのね?」
「いや、ほかにもたくさん候補があるからね。なにを買うかは実際に見て決めるよ。――っと、ここだ」
ノワールさんと話している間に、けっこうな距離を進んだようだ。いつの間にか目的地に到着していた。
「さあ、行こう!」
「貴方がどんな魔法杖を手に入れるか、この目で見届けるわ」
そうして俺たちは魔法杖ショップに足を踏み入れたのだった。
次話は明日投稿予定です。




