後輩に譲ります
エルシュタニア駅でエファとフェルミナさんを見送った俺は、ノワールさんたちと魔法学院を訪れていた。
「ここに来るのは10ヶ月ぶりだわ」
ノワールさんは懐かしそうに校舎を見上げている。
俺にとっては3週間ぶりくらいなので懐かしさはないけど、現実世界では10ヶ月以上の時が過ぎているのだ。
まだ3年生気分が抜けてないけど、俺は卒業生だ。
そんなわけで、学生寮の部屋を片づけることにしたのである。
「ほこりっぽくなってるだろうし、窓を開けて片づけたほうがよさそうだね。ほこりを吸いこんだら風邪を引くかもしれないからね」
俺は毒の粉を吸いこんでも平気だけど、ノワールさんはべつだ。
「そうするわ。旅の前に風邪を引くわけにはいかないもの」
ノワールさんは俺の武者修行についてくるのである。
俺としても、そうしてほしいと思っていた。
なぜなら強者の居場所を示す地図を頼りに武者修行をするからだ。ノワールさんより強い人物に修行をつけてもらい、大魔法使いになるのである。
魔力が宿ったことで俺にも地図が使えるようになったけど……赤点がひとつも表示されなかったからな。
「わしらも手伝おうか?」
「じゃ、じゃあわたしはノワールちゃんの片付けを手伝おうかしら」
モーリスじいちゃんとコロンさんが言った。ちなみにフィリップさんは、俺の帰還をアイちゃんに伝えに学院長室へ向かっている。
「師匠たちは先に学院長室で待っててよ。いろいろ話すこととかあるでしょ? たとえば家の建てなおしのこととかさ」
師匠たちは俺の旅立ちを見送ったあと、『魔の森』に向かうらしい。
あそこは時空の歪み(アビスゲート)の発生率が高いため、多くの魔物が棲息しているのだ。
いまは《炎の帝王》の魔法で焦土になってるけど、魔物は増えつつあるはずだ。
放っておくと、魔物は食料を求めて『魔の森』を離れ、世界中に散るだろう。
それを阻止するため、師匠はずっと昔から『魔の森』の管理人をしていたのだ。
本来は第一級危険区域だけど、師匠たちが守ってくれるなら世界一安全な場所と言っていいはずだ。
「では先に行って待っておるのじゃ」
「か、片づけ頑張ってね」
ふたりと別れた俺たちは、それぞれ男子寮と女子寮へ向かった。
部屋に入ると、ぶわっとほこりが舞った。
さすがに10ヶ月も放置したらこうなるか……。
これは掃除のしがいがありそうだ!
窓を全開にした俺は、さっそく片付けを開始する。
まずは書類の整理だ。目につく書類を片っ端から集めると、500枚ほどに達した。
紙の束をくしゃっと丸め、ゴルフボールサイズに圧縮する。
続いて書物だ。本棚に収納されていた書物を積み重ね、紐で縛っていく。
そうして片付けを進めていた俺は、あるものを見つけて手を止めた。
「これまた懐かしいものが出てきたな……」
魔法学院に編入したばかりの頃――。魔法使いになりたい一心でクラスメイトに習慣を聞き、それを書き記したノートだ。
これがきっかけでエファと仲良くなったんだよな。
このノートがなかったら、こんなにエファと仲良くなることはなかったかもしれない。
そうすると俺はエファの実家には行かず、ノワールさんをゴーレムの魔の手から救うことができなかった。
そうなると石碑を解読できず、俺は魔法使いになれなかったかもしれないのだ。
「そう考えると、みんなに習慣を聞いたのは無駄じゃなかったんだよな……」
ほかの書物は処分するとして……このノートは捨てられないな。
荷物になるけど、旅に持っていくか。
カバンのなかにノートを入れ、服の片づけに取りかかる。
つっても服はそんなに買ってないしな。制服のほかに、いくつか私服があるだけだ。
「私服は残すとして……これはどうするかな」
小さい女の子が穿くようなパンツだ。
ほかにも3歳くらいの女の子が着るような服がたくさんある。
俺の趣味ではなく、アイちゃんからの贈り物だ。
退化薬の効果が切れたいま、子ども服はいらないんだけど……ひとからもらったものって、なかなか捨てられないんだよな。
「そんなに荷物にならないし、気に入ってるやつだけ持ってくか」
そうして処分するものと旅に持参するものを選んでいき、片付けが終わりに近づいてきた――そのときだ。
「うわあっ! アッシュさんがいる!」
開けっ放しにしていたドアから、男子生徒がこっちを見て驚いていた。
その声を聞きつけ、多くの生徒が集まってくる。
「いつ戻ってきたんですか!?」
「俺、アッシュさんに憧れてこの学院を選んだんです!」
「魔王との戦い見ました! すごかったです!」
興奮気味にまくし立ててくる後輩に、俺はついさっき戻ってきて、いまは部屋の片付けをしているのだと告げる。
「これ、捨てちゃうんですか?」
「そのつもりだよ」
「だ、だったらっ! もしよかったらもらってもいいですか!?」
「俺もほしいです! アッシュさんの教科書を使ったら、強くなれそうですもん!」
「欲しいならあげるよ」
「うわあっ、いいんですか!? ありがとうございます!」
「大切にします!」
あっという間に不用品が消えていく。
書物はいいとして、まさか女の子の服まで持っていくとは思わなかった。
まあ、捨てるより着てもらったほうが服も幸せだろうし、べつにいいけどな。
そうして片付けが終わり、俺はカバンを持って男子寮をあとにした。
「早かったわね」
外に出ると、ノワールさんが立っていた。
「後輩が手伝ってくれたんだ。ところで、そのリュックは?」
ノワールさんはパンパンに膨れあがったリュックを背負っていたのだ。
ノワールさんの部屋はすっきりしてたし、そんなに荷物はないはずなんだけど……。
「私の宝物だわ」
「宝物?」
「貴方が買ってくれた問題集と服よ」
俺と同じく、ノワールさんもひとからもらったものを捨てられない性格らしい。
服はともかく問題集は邪魔になりそうだけど……大事にしてもらえるのは素直に嬉しかった。
「じゃ、行こうか」
そうして旅立ちの準備を終えた俺たちは、別れの挨拶をするため学院長室へと向かうのだった。
次話は明日投稿予定です。




