モコモコの服を買います
お待たせしてしまい申し訳ありません。
第3章穴埋めエピソード、1話目はアッシュとノワールの話です。
時系列的には『冒険の幕開けです』と『伝説の魔物です』の間の話になります。
ノワールさんと遺跡巡りの旅を始めて1週間が過ぎた。
「やっとここまで来たね」
その日の夕方、俺たちはラグーシャの町に到着した。
「すぐに列車に乗るのかしら?」
スティック型の携帯食料片手にノワールさんがたずねてくる。
「いや、今日はこの町に泊まるよ。明日朝一の列車に乗れば、その日のうちに目的地に着くからね」
「寝坊しないように頑張るわ」
「ちゃんと起こすから心配いらないよ」
寝坊はさておき、吹雪で列車が止まらなければ、明日の夜には世界最北端の町に到着だ。そこで一泊し、いよいよ北の遺跡に乗りこむのである!
石碑に魔力獲得の手がかりが記されていると思うと、わくわくが止まらない!
「アッシュ、アッシュ」
北の遺跡に思いをはせていると、ノワールさんが服の袖を引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「宿屋を見つけたわ。あそこにあるわ」
どことなく得意気に報告するノワールさん。
「その前に買い物しない?」
部屋に荷物を置いてから買い物したほうがいいかもしれないけど……宿屋に入るとくつろぎモードに突入し、出かけるのが億劫になるかもしれないからな。
まずは買い物をして、それから宿を取ったほうがいいだろう。
「食べ物はあるわ」
ノワールさんの言う『食べ物』は、携帯食料を意味している。エルシュタニアで買いだめした携帯食料は、まだ数日分は残っているのだ。
「食べ物じゃなくて服を買うんだよ」
俺は気温の変化に疎いけど、このあたりが寒い地域だってことはわかる。町のひとたちは厚着してるし、雪が降ってるしな。
ノワールさんは氷魔法の使い手だし、寒さに強いんだろうけど……この先もっと寒くなるだろうし、念のため上着を買っておいたほうがいいはずだ。
「貴方についていくわ」
「決まりだね」
薄く積もった雪を踏みしめながら服屋を探す。
「あそこにあるわ」
大きな看板が出ていたので、服屋はすぐに見つかった。
「いらっしゃいませ~! って、アッシュさんじゃないですか!? まさかこんな田舎でアッシュさんを目にするなんて……驚きましたよ!」
服屋に入るなり、店員さんが親しげに話しかけてくる。
俺と魔王の戦いは、魔王の魔法によって全国生放送されていたのだ。そのため、世界中のひとたちが俺の顔を知っているのである。
「サインいただいてもよろしいですか!? 店に飾りたいんです!」
「それは構いませんけど、まずは服を買ってもいいですか?」
「もちろんですっ! うちは服屋ですからね! それで、どんな服をお求めでしょうか?」
「女の子の服が欲しいんですけど」
店員さんはノワールさんをチラッと見たあと、店の奥を指さした。
「女性服売り場でしたら、あちらのほうにありますよっ」
「向こうですね。わかりました。ありがとうございます」
女性服コーナーへ向かうと、暖かそうな服が所狭しと並んでいた。
これならノワールさんが気に入る服も見つかりそうだ。目的は寒さ対策だけど、どうせ着るなら可愛い服のほうがノワールさんも嬉しいだろう。
「ノワールさんはどれがいい?」
「貴方に選んでほしいわ」
「俺に? どうして?」
「貴方のほうが詳しそうだもの」
確かに俺は女の子の服に詳しい。
なにせ3ヶ月間、女装してたからね。
「俺が選ぶと子どもっぽい服になるかもしれないけど……」
当時3歳児だったのだ。
「貴方が選んでくれた服ならなんでもいいわ」
「そっか。じゃあ、そうだね……」
数ある選択肢のなかから、機能性とデザイン性に優れた衣装を選んでいく。フードがついたモコモコの服に、厚手の靴下に、ロングマフラーに……ついでにブーツも買っておこうかな。
「そんなに買って、無駄にならないかしら?」
いろいろな防寒具を手に取っていると、ノワールさんが指摘してきた。
「備えあれば憂いなしって言うからね。念のためだよ」
ノワールさんは俺のために遺跡巡りにつき合ってくれているのだ。寒い思いをさせるわけにはいかない。
「現地調達という手もあるわ」
確かに雪国にいる魔物の毛皮は暖かそうだけど……
「俺に加工技術はないし、血がべったりついた服を着るのは嫌じゃない?」
「血がべったりついた服は嫌だわ」
「だよね。俺も魔物の血を浴びるのは好きじゃないよ。だから服を買うんだ。納得してくれた?」
「納得したわ」
そうしてノワールさんを納得させた俺は大量の服を購入し、サインをしたあと店を出た。
この2日後、俺は魔物の血を浴びるどころか、頭から魔王の体内に突っこむことになるのであった。




