リベンジマッチです
封印の間にいる魔王は《伝説の伝説の魔物》と命名されるくらい強いらしい。
そしてそれは、俺にとって良い情報だった。
魔力を手に入れるためにも、強敵と戦えるに越したことはないしな。
とはいえ強敵なのは嬉しいけど、俺の目的はあくまで魔力獲得の手がかりを得ることだ。
魔王の情報は二の次なのである。
「ほかにはどんなことが書いてある?」
「……《氷の帝王》は、300年かけて《伝説の伝説の魔物》を封印したらしいわ」
「300年じゃと!? なぜそんなにかかったのじゃ……?」
驚く師匠に、ノワールさんは「わからないわ」と首を振る。
「封印魔法って、相手を弱らせないと発動しないのかな?」
俺がたずねると、師匠は首を捻った。
「うーん、どうじゃろ。そもそも封印魔法など聞いたことがないからのぅ」
強者の居場所を示す魔法と同じく、封印魔法も《氷の帝王》が独自に開発した魔法なのだろう。
どんな強敵でも封印できるというのはあまりにも強すぎるし、ある程度のダメージを与えないと発動しないのかもしれない。
……けど、世界最硬の魔王には傷一つつけることができなかったっぽいんだよなぁ。
となると、なにかべつの理由で封印に時間がかかってしまったということになる。
「まあアッシュならワンパンで終わるじゃろうし、時間を気にする必要はないのじゃ」
師匠が誇らしげに言った。
師匠の気持ちに応えたい一方、ワンパンで終わらせたくないという気持ちもある。
とはいえワンパンで終わるかどうかは実際に戦ってみないとわからないし、いまは考えるだけ無駄だろう。
「それで、ほかにはなにか書いてある?」
ノワールさんはじっと石碑を見つめ……しばらくして首を振った。
「あとはすべて悪口だわ」
「……そう」
まあ、いつものパターンだ。4回目ともなれば、突っこむ気力も湧いてこない。
これが最後の石碑だし、遺跡巡りで魔力獲得の手がかりを見つけることはできなかったということになる。
だけど、チャンスが潰えたわけではない。
強敵と戦って精神的に成長すれば、魔力斑が宿るかもしれないのだ。
そしてそのためにも、俺は封印の間に踏みこまなければならないのである!
ドゴォォォォン!!!!
いつものように石碑を殴ると、その奥には広々とした空洞が広がっていた。
だけど、封印の間はいつもと様子が違っていた。
魔王の姿は見当たらず――その代わり、空間に歪みが生じていたのだ。
まるでブラックホールみたいに、広間の中央にぽっかりと黒い穴が空いていたのである。
「あれはなんじゃ? 《時空の歪み》とも違うようじゃが……まさか、今度の魔王は空間に穴を掘って逃げたのか!?」
「わからないけど……あの穴に入ればなにかわかるかもしれないよ」
ノワールさんの地図によれば、魔王は間違いなくこの広間にいるのだ。
だとすると、怪しいのはあの穴の奥しかない。
「俺、ちょっと入ってみるよ!」
「行動力がありすぎるわ。普通、ためらうわ」
「じゃあ、石を投げ入れてみるよ。幸い、石碑の破片がそこらじゅうに転がってるからね」
ノワールさんを不安がらせるのは気が引けるので、俺は投石を提案してみた。
「それなら安心だわ。貴方なら、それで勝てるわ」
前例があるだけに、反応に困ってしまう。
相手は世界最強の魔王だ。魔力斑を手に入れるためにも、できればちゃんと戦いたいし、軽い挨拶のつもりで投げるとするか。
『よくぞ来た、強者よ』
手頃なサイズの石を拾ったところ、穴のなかから声が聞こえてきた。
「……魔王か?」
問いかけると、怪しい笑い声が聞こえてくる。
『ククク……! いかにも! 我こそは魔王のなかの魔王にして生きとし生けるものすべての頂点に君臨する唯一無二の絶対者! 魂喰らいの異名を持ち、朽ちた生命を未来永劫に支配する世に比類なき支配者! あの世とこの世の境に生きることを赦された世界最強の存在――《魔の帝王》だ!!』
誰だよ。
てっきり《東の帝王》と名乗るとばかり思っていただけに、面食らってしまった。
さておき、《東の帝王》あらため《魔の帝王》の物言いには引っかかる部分があった。
「よくぞ来た、って……まるで俺が来るのを待ち侘びてたような言い方だな」
『いかにも! 我は貴様のような強者が現れるのを待っておったのだ! なぜなら我は強くなりすぎてしまったゆえな! 強者と戦うことでしか、我の強さを遺憾なく発揮することができぬのだ!』
つまり《魔の帝王》は全力で戦える相手を待ち望んでいたってことか。
「まだ戦ってもないのに、俺が強者だってわかるのか?」
『貴様の強さは、魔王どもの魂を喰らった際に理解した!』
「魂を……食べた?」
『いかにも! 死者の魂を喰らうことで、生前の力も、知識も、記憶さえも――すべてが我が物となるのだ!!』
俺が倒した魔王の魂を食べることで、アッシュ・アークヴァルドの情報を手に入れたってわけか。
「とにかく、俺と戦うってことだよな? だったらいますぐその穴から出てこいよ」
『断る!』
力強く拒否された。
『この我が! 世界最強たる《魔の帝王》がじきじきに戦うのは真の強者のみ! そして我は、貴様の強さをじかに見たわけではないのだ! ゆえに――我が戦うに値する強者かどうか、確かめさせてもらう!!』
ズズズ……と怪しい音を立て、穴が広がっていく。
このなかに入れってことか?
『さあ――試練の門をくぐるがよい! 貴様が真の強者ならば、我のもとへたどりつけるだろう!!』
試練か……。
「ひとつ聞きたいんだけど……その試練って、300年かかったりするのか?」
《氷の帝王》が魔王を封印するのに300年かかった原因は、この試練にあるのかもしれない。
つまり封印魔法は一瞬で発動するくらい強力だけど――《魔の帝王》との対面に時間がかかってしまった、ということだ。
『何年かかるかは貴様の強さ次第だ! 試練の間はあの世とこの世の境にあるゆえ、時間の流れが違うのでな! 貴様にとっての1秒が、ほかのニンゲンどもにとっての1日だと思うがよい!!』
試練の間での1秒が、この世界での1日に相当するってことか。
試練の間から帰還した《氷の帝王》は浦島気分を味わったに違いない。
「行くのか、アッシュよ?」
モーリスじいちゃんが不安そうにたずねてきた。
試練の間で1時間過ごしただけで、こっちの世界では10年近い月日が流れることになるのだ。
もしかしたら、これが今生の別れになるかもしれない。
だからこそ、試練に挑む価値がある。
大事なひとたちとの別れを覚悟した上で強敵に立ち向かう。そうすることで、俺は精神的に成長することができるのだ!
「俺、行くよ!」
迷いはなかった。
師匠たちも俺の気持ちを察してくれたのか、引き止めようとはしなかった。
「うむ! アッシュなら無事に帰ってくるじゃろうが……できれば、わしが生きているうちに戻ってきてほしいのじゃ!」
「貴方の帰りをずっと待ってるわ」
ふたりに力強くうなずいてみせた俺は、穴のなかへと身を移した。
その瞬間、景色が一変した。
真っ暗だけど真っ暗には感じられない、不思議な空間だ。
奥行きがわからないので、どれだけの広さがあるのかわからない。
だけど、やるべきことはわかっている。
試練というのは早い話、再戦だ。
《魔の帝王》は、俺が偶然や運に頼った勝利をしていないかどうか――実力だけで勝利を重ねてきたかどうか、確かめようとしているのだ。
その証拠に、俺の目の前に1体のガイコツが佇んでいた。
漆黒のマントを羽織ったそいつは――
『さあ――闇の時代の幕開けだ!!』
俺が葬ったはずの《闇の帝王》だったのだ。




