弟子に感謝されました
夕方。
「よしっ、今日の修行はここまでにするかっ」
俺がそう宣言した途端、エファは大の字になって倒れた。
「か、かすりもしなかったっす……」
「当たらなくても無理はないのじゃ。わしでさえ、アッシュに攻撃を当てるのは無理じゃからな」
そう言って、師匠はエファに水を渡した。
エファは倒れたまま水を受け取り、一気に飲み干す。
半日近くぶっ続けで動いたことで、喉がカラカラになっていたのだろう。
「攻撃は当たらなかったけど、休まずに動き続けたのはすごいぞ」
俺は素直にそう思った。
半年前のエファなら、1時間も経たずに倒れていただろう。
毎日こつこつ体力作りに励んだ成果だ。
俺が褒めると、エファはガバッと身体を起こした。
「ほんとっすか!?」
いまの一言で、疲れは吹き飛んでしまったらしい。
「ちゃんと成果が出てるか不安だったっすけど、安心したっす! わたし、これからも頑張って修行するっす!」
「ああ。ちゃんと卒業まで面倒見るからな!」
俺とエファがやる気を燃やしていると、師匠がつぶやいた。
「エファちゃんは、卒業したら修行をやめてしまうのか?」
エファはすかさず首を横に振る。
「卒業したら身体を動かす仕事に就くっすからね。そしたら毎日が修行みたいなものっすよ!」
「身体を動かす仕事って?」
「体育の先生っす!」
てことは、就職先はネムネシアの小学校かな?
五つ子ちゃんも今年から小学生だし、エファが先生になれば喜ぶに違いない。
「エファならきっといい先生になれるよ」
「師匠にそう言ってもらえると嬉しいっす! だって先生になろうって決めたのは、師匠のおかげっすからね!」
「俺のおかげ?」
エファは力強くうなずく。
「地元に就職したいとは思ってたっすけど、やりたいことは特になかったっすからね。家族と一緒に暮らせるのは幸せっすけど……退屈な人生になるんだろうなぁ、と思ってたっす」
だけど、とエファはにっこり笑う。
「師匠のおかげで身体を動かすことの楽しさを知ったっす! だからわたしは、この先もずっと楽しい人生を送ることができるっす! ほんと、師匠と出会えて最高に幸せっす!」
まさか、こんなに感謝されるとは思わなかった。
最初は安請け合いしたかなと思ってたけど……こんなに喜んでもらえたんだ。
エファを弟子にして、ほんとうによかったと思う。
そんなことを思っていると、ぐぅぅぅと腹の音が響いた。
「じっとしてたらお腹が空いてきちゃったっす」
恥ずかしそうに頬を赤めるエファ。
そういえば、ここに来てからなにも食べてないんだったな。
エファに言われて、俺もお腹が空いてきた。
「時間も時間だし、そろそろ飯にするか」
「はいっす! あ、でも食料はどうするっすか? ここから町までかなりの距離があるっすけど……」
「食料は森で調達するよ」
食料調達も修行のうちなので、カバンのなかには水しか入ってないのだ。
……でも、エファは疲れてるだろうし、食料調達を手伝わせるのは気が引けるな。
「食料は俺が調達するから、エファと師匠は枯葉と枝を集めててよ」
「了解したっす! では、わたしは枯葉を集めるっすから、モーリスさんは枝をお願いするっす!」
「うむ」
「ふたりともありがと。それじゃ、ちょっとだけ静かにしてて」
「静かに……?」
エファは不思議そうに首を傾げつつも、俺の言う通りにしてくれた。
俺は耳に手をかざし、意識を集中させる。
――――ばさばさっ。
遠くのほうから、鳥の羽ばたく音が聞こえてきた。
「それじゃ、ちょっと捕まえてくるよ」
師匠たちにそう告げて、俺はジャンプした。
バッタみたいに跳びはねて、音の聞こえた地点に着地する。
するとそこには、コカトリスが佇んでいた。
見た目はニワトリに似てるけど、大きさは1メートルを超えている。
子どもくらいなら丸呑みできそうなサイズのコカトリスは、俺を見るや翼を広げて襲いかかってきた。
スパァァァァァン!!!!
風刀を放ってコカトリスの首を斬り、軽く血抜きを済ませたあと、胴体を担いでエファたちのもとへ引き返す。
「ただいまー」
「おかえりなさいっす~……って、それ、魔物っすか?」
動物を狩ってくると思っていたのだろうか、エファはぎょっとした顔でコカトリスを指さした。
「ああ。これは魔物……コカトリスだよ」
「コカトリスを食べるのはひさしぶりじゃなぁ」
「8年ぶりだっけ?」
「もうそんなに経つのじゃな。時間が経つのは早いのぅ……」
「わたしは食べたことがないっすけど……でも大きな鳥だと考えれば、美味しそうに見えてきたっす!」
「実際、美味しいからな」
そう言って、俺はコカトリスの羽をむしった。
「一瞬で丸裸っすね!」
エファが言っている間に、手刀で手頃な大きさにカットする。
肉に枝を刺していき、枯葉の周りにセットする。
あとは火を起こすだけだ。
「エファ、魔法で火をつけてくれ」
「はいっす! ……あ、ごめんなさい、できないっす」
「どうしてだ?」
「使わないと思って、魔法杖は部屋に置いてきちゃったっす」
「そっか。なら仕方ないな」
枯葉の近くで指先を擦り合わせると――火がついた。
メラメラと燃える枯葉を枝に近づけ、火を移す。
そうして焚き火を起こしていると、エファがたずねてきた。
「い、いまなにをしたんすか?」
「ん? ああ、摩擦熱で火を起こしたんだよ」
マッチが切れたときなんかは、いつもこうやって火をつけていたのだ。
「いまさらっすけど……師匠って、魔法使いより魔法使いっぽいことができてるっすよね」
エファは半年前の師匠と同じことを言う。
客観的には、そう見えているのだろう。
「でも、俺は武闘家だ」
客観的には魔法使いに見えても、俺にとってはそうじゃない。
俺は、ルーンを描いて超常現象を起こす――そんな魔法使いになりたいのだ。
そのためには、なんとしてでも魔力を獲得しないといけないのである。
残る遺跡は一箇所のみ。
出発は4日後。東の遺跡に到着するのは10日後くらいだ。
そこで魔力獲得に関する手がかりが見つかればいいんだけどな……。
いままでがいままでなだけに、あまり期待できないのであった。
すみません、遅くなってしまいました。
評価、感想、ブックマークたいへん励みになります。
メッセージも、ありがたく読ませていただいております。感謝です。