師匠と弟子と山籠もりです
エルシュタットに帰還して3日が過ぎた。
「やっと着いたっすね!」
「歩き疲れてはおらんか?」
「平気っす!」
「エファちゃんは元気じゃのぅ」
「えへへ。師匠に鍛えてもらったおかげっすよ!」
この日、俺は師匠とエファとともに山を訪れていた。
エルシュタットから300㎞ほど離れたところにある木々の生い茂った山だ。
昨晩のうちに夜行列車でナトラの町へ向かい、そこから数時間ほど歩いてこの山にやってきたのである。
この近くに集落はなく、街道もないため、魔物除けの結界は張られてない。
つまり、どこかに魔物が潜んでいるかもしれないのだ。
なぜそんなところに来たかというと、エファに修行をつけるためだ。
べつに修行なら学院の広場でもできるんだけど……先日、俺たちは次のような会話をしたのだ。
『モーリスさんは、どんな修行をして強くなったんすか?』
『山籠もりをして強くなったのじゃ』
『なるほど! では、わたしも山籠もりをするっす!』
『じゃが、山にいけば魔物と出くわすかもしれぬぞ? まあ、わしとアッシュが同伴すれば守ってやれるのじゃが……』
『だったら、次の休日にでも山籠もりしてみるか』
『ほんとっすか!? 嬉しいっす!』
そんなわけで、1泊2日の山籠もりが決まったのだった。
「ところで山籠もりって、具体的にはなにをすればいいんすか?」
エファがいまさらな質問をする。
「わしは魔物と戦って強くなったが……エファちゃんにそんな危ないマネをさせるわけにはいかんしのぅ……」
「モーリスさんの修行はマネしちゃだめってことっすね。だったら……師匠はどんな修行をしてたっすか?」
「俺か? 俺は……そうだな。最初の修行は穴掘りだったよ」
「穴掘りっすか?」
予想外だったのか、エファはきょとんとした。
「穴掘りすると、全身の筋肉が鍛えられるんだよ。体力もつくしな」
「良いことずくめっすね! わたしもやってみたいっす……けど、道具がないっすね」
がっかりするエファに、俺は首を振った。
「違う違う。素手で掘るんだよ」
「す、素手っすか?」
驚くエファに、俺はうなずく。
「素手で100メートル掘るんだ」
「100メートルっすか!?」
「師匠から課せられたノルマは100メートルを1日10セットだったよ」
「10セットっすか!? そ、それ、ちゃんと1日で終わるんすか……?」
「ちゃんと終わったよ」
いまなら100メートルなんてワンパンだけど、当時は丸1日かかっていた。
ほとんど寝る暇なんてなかったし、穴を掘り終わった頃には身体はぼろぼろになっていた。
それでも穴掘りを続けられたのは、魔法使いになりたい、という夢があったからだ。
結果、俺は武闘家になった。
「師匠は昔からすごかったんすね……。ところで、その修行はどのくらい続けてたんすか?」
「半年だよ」
エファは感心するようにため息をついた。
「はえ~……半年も穴を掘り続けたんすか……」
「ほんとは1年続けさせるつもりだったのじゃがな。気づいたときには、アッシュは1日100セットしておったのじゃ」
「100セットっすか!?」
事実、俺は自主的に穴を掘りまくっていた。
はじめは10セット達成するので精一杯だったけど、日に日に時間が余るようになったのだ。
そこで、1日にどれだけ穴を掘れるか確かめることにしたのだった。
素速く腕を動かして硬い地面を掘り進めることでスピードとパワーが同時に身につき、《風刀》を放てるようになったのだ。
「で、でも当時の師匠と同じことができないと、いまの師匠に追いつくことなんてできないっすよね。わたし、ちょっとやってみるっす!」
エファは土を引っかいた。
「つ、爪が剥がれそうっす……」
エファは涙目になり穴掘りを止めた。
「10㎝も掘れなかったっす……」
「それが普通じゃよ」
と、師匠がエファを慰める。
「怪我がなくてなによりじゃ。アッシュは毎日ぼろぼろになって帰ってきたからのぅ。爪なんて毎日剥がれてたのじゃ」
「毎日っすか……」
「うむ。まあ、アッシュの自然治癒力はその当時から異常じゃったから、すぐに元通りになっておったがのぅ」
「てっきり師匠が《万象治癒》を使ってくれてるのかと思ってたよ」
あの頃の俺は、師匠のことを大魔法使いだと信じてたからな。
「わたしも早く師匠みたいな武闘家になりたいっす!」
「そのためには、しっかり修行しないとな」
「はいっす! それで、まずはなにをすればいいっすか?」
「日が暮れるまで全力で俺に殴りかかってきてくれ。俺はエファの攻撃をひたすら避け続けるからな」
逃げる標的をひたすら狙い続けることでスピードと体力が身につく。
それに穴掘りほどではないにせよ、動き回ることで全身の筋肉を鍛えることができるのだ。
そうして、俺とエファは修行を開始したのだった。




