騎士団長に誘われました
魔王を倒した翌日。
旅立ちの準備を終えた俺たちは、別れの挨拶をするために塔へ向かった。
塔に土をくっつけていた師匠たちは、俺たちに気づき作業を中断する。
「もう出発するのかい?」
「はい。早く魔法使いになりたいですからね」
遺跡は残すところ一箇所だ。
いつ封印が解けるかわからないし、昨日倒した《西の帝王》みたいに穴を掘って逃げるとは限らない。
師匠たちと別れるのは名残惜しいけど、石碑を壊される前に遺跡に行かないとな。
「そうかい。また寂しくなるね」
「こ、これで美味しいものでも食べてね」
コロンさんがお小遣いをくれた。
旅費は足りてるけど、断るのも申し訳ない。
ありがたく受け取っておこう。
「ありがとうございます。大事に使います」
「美味しいものを食べるわ」
俺たちの言葉に、コロンさんは「なんだか孫ができた気分だわ」とほほ笑む。
若く見えるけど、コロンさんは孫どころかひ孫がいてもおかしくない年齢なのだ。
「では行こうかのぅ」
荷物を担いで師匠が言った。
「師匠もついてくるの?」
「うむっ! アッシュが魔法使いになるところを見たいからのぅ!」
こういうことに順番はつけたくないけど、師匠は俺の一番の恩人だ。
魔法使いは俺の人生を通しての夢である。
師匠には、俺が魔法使いになる瞬間を見てほしいと思っていた。
じゃないと真っ先に俺が魔法を使ってるところを見せられないしな。
そんなわけで、師匠が旅についてきてくれることには大賛成だ。
だけど。
「東の遺跡に行く前に、1週間くらいエルシュタニアに滞在するよ? だから、しばらくここには戻れないけど……」
俺は大陸を横断するくらい体力がありあまってるけど、ノワールさんは違う。
長旅で疲れてるだろうし、エルシュタニアで1週間ほど休養を取ったほうがいいだろう。
なるべく急ぎたいところだけど、ノワールさんに無理はさせたくないしな。
「何日かかっても構わんのじゃ。それにアッシュの弟子とも話してみたいからのぅ」
「エファも師匠に会いたがってたし、めちゃくちゃ喜ぶよ」
「決まりじゃな! ではフィリップよ、そしてコロンよ、魔法杖は頼んだのじゃ!」
「ま、任せて。必ず完成に近づけるわ……!」
「きみが戻ってくる頃には、きっと2倍のサイズになっているよ」
「使いにくそうだわ」
今回ばかりは、俺も思った。
ま、まあでも気持ちがこもってるし、使いこなせるようになるまで修行すれば問題ないけどね!
◆
ムルンの町をあとにして1週間が過ぎた。
飛空艇と列車を乗り継いだ俺たちは、エルシュタット王国西部の町、エナに到着した。
「今日はこの町に泊まるのかしら?」
それなりの賑わいを見せているエナの町を見まわし、ノワールさんが聞いてきた。
「うん。いまから列車に乗っても中途半端な時間に着くからね」
ここからエルシュタット王国の首都、エルシュタニアまでは列車で6時間はかかる。
いまは夕方だし、帰り着く頃には深夜になってしまっている。
今日は1日列車に乗って疲れただろうし、宿屋に行ってノワールさんを休ませてあげたい。
「アッシュよ。あそこの宿はどうじゃ?」
師匠が駅近くの宿屋を指さす。
ちょっと高そうな宿だけど、旅費には余裕がある。
今日はあそこで寝るとしよう。
「アッシュ殿? アッシュ殿でありますか?」
宿屋に向かっていると、銀髪の女性に呼び止められた。
このひと、どこかで見たことが……
「……メルニアさんですか?」
「わあっ! 私のことを覚えててくれたでありますかっ? 感激であります!」
正解だったようだ。メルニアさんは嬉しそうににこにこしている。
メルニアさんとは数ヶ月前、《土の帝王》を倒したときに知り合ったのだ。
北方討伐部隊の団長だったはずだけど……どうして西部の町にいるんだろ?
「今日はご家族と旅行中でありますか?」
メルニアさんはモーリスじいちゃんとノワールさんに軽く会釈したあと、そう聞いてきた。
「まあ、そんなところです」
魔王討伐の最中です、とか言えばパニックになりそうなので誤魔化しておく。
「メルニアさんこそ、今日は旅行ですか?」
「いえいえ、仕事でありますよ。新人研修の監督としてこの町に来たのであります。食事休憩を終えて研修施設に戻っていたところ、アッシュ殿を見かけたので声をかけたのであります」
エルシュタット魔法騎士団討伐部隊所属の新人が、この町に集まっているらしい。
そこで研修を行い、正式な配属先(東西南北いずれか)が決まるのだとか。
「ところでアッシュ殿。今日は忙しかったりするでありますか?」
メルニアさんは探りを入れるように聞いてきた。
「いえ、あとは寝るだけですけど……」
夕食は列車のなかで食べたし、あとは宿屋で寝るだけだ。
「もしよければ、ぜひ新人研修につきあってほしいであります!」
「新人研修って、なにをすればいいんですか?」
「魔物を倒すコツを教えてやってほしいのであります!」
ああ、それなら俺にもできそうだ。
魔物なら修行中にたくさん倒してきたしな。
「行ってきていいかな?」
俺は師匠に確認を取る。
「もちろんじゃ。いつも通り2部屋借りておくのでな。部屋の場所は、宿屋の店主に聞くとよいのじゃ」
ちなみに俺とノワールさんが同室だ。
師匠はちょっとだけいびきがうるさいので、ノワールさんに気を遣っているらしい。
俺もノワールさんも、べつにいびきなんて気にしないんだけどな。
「俺でよければつきあいますよ」
「ほんとうでありますか!? みんな喜んでくれるでありますよっ! なにせアッシュ殿は世界を救った英雄でありますからなぁ!」
期待に応えられるように頑張らないとな。
そんなことを思いつつ、俺はメルニアさんと研修施設へ向かうのだった。