王女様に依頼されました
魔王を倒したあと、俺は自室でどきどきしていた。
テーブルを挟んだ向かいには、ノワールさんが座っている。
ノワールさんはいつも通りの表情で、キュールさんが遺跡から持ち帰ったノートに目を通しているところだった。
あのノートに書かれた文字は、ノワールさんにしか解読できないのだ。
北の石碑には悪口しか書かれてなかったけど……どうやら南の石碑のほうが文字数が多いらしい。
つまり、《氷の帝王》は悪口のほかに魔力に関する手がかりを記して――
「すべて悪口だわ」
――いなかった。
「ほ、ほんとに悪口だけ?」
文字数的に3万字はありそうだったけど……。
「北の遺跡よりひどいことが書かれてたわ」
「そっか……」
まあ、どちらかというとカメより鳥のほうが性格悪そうだったもんな。
残る魔王は性格がいいことを祈るばかりだ。
……まあ、性格のいい魔王なんて想像できないけど。
「手伝ってくれてありがとな」
さておき、収穫はなかったもののノワールさんには感謝している。
キュールさんにもあらためてお礼を言いたいし、結果も報告したいんだけど……キュールさん、修行の旅に出ちゃったしな。
というのも、魔王を倒したあと、俺はキュールさんと次のようなやり取りをしたのだ。
『今回の魔王は強かったでしょ? 怪我はしてないかい?』
『平気です。くしゃみしたら動かなくなりましたから』
『くしゃみで倒しちゃったのかい!?』
『はい』
『そ、そうかい。同じ勇者の弟子なのに、まさかここまで力の差があるとは思わなかったよ……』
そうしてキュールさんは、一から修行をやり直すと言って旅立ってしまったのだ。
才能豊かなキュールさんが死に物狂いで修行したら、どれだけ強くなることか。
間違いなく、めちゃくちゃレベルアップして戻ってくるはずだ。
そのときは、武闘家ではなく魔法使いとしてキュールさんと戦ってみたい。
そのためにも、西と東の遺跡で魔力獲得の手がかりを見つけないとな!
「あのさ、ノワールさん。もしよかったら、西と東の遺跡巡りにもついてきてくれないか?」
キュールさんが旅立ってしまった以上、北の遺跡と同じように自力で石碑のもとまでたどりつかないといけないのだ。
「ついていくわ。だけど寒くないかしら?」
ノワールさんは参加を表明しつつも、ちょっとだけ不安そうにしている。
北の寒さがトラウマになってしまったのかもしれないな。
「だいじょうぶ。西と東は寒くも暑くもないからね」
「安心したわ。出発は次の長期休暇かしら?」
「それなんだけど、実はアイちゃんに『出席扱いにしますから、できれば早めに魔王を倒してください』って頼まれてさ」
俺がこの学院に通っているのは、魔力を手に入れるためである。
遺跡に行けば魔力が手に入るかもしれないのだ。
そして遺跡にある石碑は、魔王が復活したら壊されてしまう恐れがある。
だから俺としては学院を休んででも遺跡に行きたいんだけど……でも、ひとりで遺跡に行っても意味がないのだ。
石碑を解読できるのはノワールさんだけだしな。
「でも、俺の都合でノワールさんに学院を休ませたくないから断ったよ」
「私は休むことに抵抗はないわ。ここにはリングラントの指示で通っていただけだもの」
ノワールさんは近くにいるひとたちから魔力を吸収する体質なのだ。
リングラントさんはノワールさんに万能の魔力を手に入れさせるため、この学院に通わせていたのである。
「私が学院に通い続けているのは、貴方と『外カリッ、中もふっ♪ もっちりもちもちほっぺがとろける夢のめろめろメロンパン』のためよ」
「……じゃあ、週明けに出発するって言ったらついてきてくれる?」
「ついていくわ」
そうして、再び冒険することが決まったのだった。
◆
「魔王を倒してくださいますの!?」
週明けから遺跡巡りを再開することを知らせると、アイちゃんはへなへなと腰から崩れ落ちた。
「だいじょうぶですか?」
「は、はい。ちょっと……安心したら力が抜けてしまいましたの。本当に、アッシュさんに魔王討伐を断られたときは、世界は終わったと思いましたわ」
「さすがに魔王が復活したら、学校を休んででも倒しに行きますよ……」
魔王が復活したかどうかは、キュールさんが残してくれた地図を見ればすぐにわかるしな。
赤点を表示させるには魔力を流す必要があるため、俺にとっては紙切れ同然だけど……魔力を持っているひとなら誰でも使いこなすことができる。
ただ、あの赤点は『地図に魔力を流しこんだひとより強い生物』を意味しているのだ。
一般人が魔力を流しこめば、地図は赤点だらけになる。
そこで俺は、ひとまずノワールさんに地図を託すことにしたのだった。
ノワールさんより強い生物なんて、そんなにいないだろうしな。
「それで、いつ頃旅立つ予定ですの?」
「3日後ですね」
明日明後日は休日だ。
休日中に旅支度を済ませて、週明けにノワールさんと冒険の旅に出るのだ。
「でしたら、すぐに旅費を用意しますわ」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのは私のほうですわ。それで、まずはどちらの遺跡へ向かうんですの?」
「まずは西の遺跡に行ってみようと思います」
俺が言うと、アイちゃんは胸の前で手をあわせた。
「まあっ。でしたらモーリスおじさまとお会いできるかもしれませんわねっ」
「師匠は西にいるんですか?」
師匠とは《光の帝王》と戦った日を最後に顔を合わせていない。
フィリップさんとコロンさんも一緒にいるはずだし、ひさしぶりに話せると嬉しいな。
「モーリスおじさまは最西端の町ムルンに滞在してますわ。詳しくはわからないのですが、いい土があるとか……」
「いい土、ですか……?」
なんだろ。畑でも耕すのかな?
わからないけど、きっとなにか考えがあってのことだ。
俺は俺のやることをまっとうしよう。
そうしてアイちゃんに旅費をもらった俺は、学院長室をあとにしたのであった。
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