散弾銃ではありません
ノワールさんをおんぶして走ったこともあり、1時間ほどでエルシュタニアからだいぶ遠ざかることができた。
これだけ離れればエルシュタニアに被害が出ることはないだろう。
俺は砂埃が舞う荒野にノワールさんを下ろした。
なるべくスピードを落として走ったけど、ノワールさんの髪は風を受けてぼさぼさになっている。
「魔王はいつ頃現れるのかしら?」
「俺のほうから近づいたし、あと1時間もかからないんじゃないかな? 魔王が現れたら、ノワールさんは離れててよ」
言うなれば、ノワールさんは魔王をおびき寄せるおとりなのだ。
俺が作戦を提案した以上、ちゃんと無傷でエルシュタニアに送り届けないといけない。
「見た目で魔王だとわかるのかしら?」
「見ればわかるんじゃないかな」
キュールさんは『炎を纏った大きな鳥』って言ってたしな。
そんな魔物が何体もいるとは思えないし、一目見ればわかるはずだ。
「問題は、どうやって倒すかだね」
カメと同様、鳥も防御力が高いらしいけど、決定的に違うところがある。
前回の魔王は防御力こそ高かったが、触れることはできたのだ。
だけど、今回の魔王はとんでもなく熱いらしい。
どれだけ熱いかは実際に戦ってみないとわからないけど……キュールさんの言葉通りなら、俺の拳は魔王に届く前に燃えてしまうのだ。
つまり、前回の魔王より今回の魔王のほうが遙かに強いのである。
「貴方の肺活量はすごいわ」
確かに、息を吹きかければ炎を消すことができるかもしれない。
正拳突きを放てば、風圧で魔王を貫けるかもしれないのだ。
しかし楽な道を選んだのでは、精神的に成長することはできないのである。
「聞いてくれ、ノワールさん」
「聞くわ」
「今回の魔王は、精神的に成長できる絶好の相手なんだ。だから俺は、この拳ひとつで魔王と戦いたいと思っている」
世界最熱を殴るなんて、自殺行為に等しい。
真っ向から立ち向かえば、俺は燃えてしまうかもしれない。
だからこそ、試す価値があるのだ。
燃えるかもしれないという恐怖心に打ち勝つことで、俺の精神力は飛躍的な成長を遂げる――
そうすることで、魔力斑が浮かぶのである!
「貴方の夢を応援するわ」
「ありがとう、ノワールさん。俺、この戦いで精神的に成長してみせるよ! そして、明日の授業には魔法使いとして参加するんだ!」
俺は闘志を燃やしつつ、魔王が来るのを待つ。
1時間ほど空を見上げていると、炎を纏った大きな鳥が姿を見せた。
鳥は俺たちに迫り、10メートルほど前方に降り立った。
「この魂の波動……もしやとは思いましたが、やはりあの小娘でしたか! ホッホッホ! なんという幸運なのでしょう! 封印が解けたその日にあなたを殺せるとは思いませんでしたよ!」
俺の思った通り、魔王の狙いはノワールさんだったようだ。
魔王がしゃべるたびに熱風が吹いているのか、ノワールさんは汗をダラダラと流し、砂埃を吸いこんだのかくしゃみをしている。
「あとは俺がやる。ノワールさんは離れてて」
「くちゅんっ。……貴方が燃えないように祈るわ」
ノワールさんは俺にエールを送り、駆け足で遠ざかっていく。
「ホーッホッホ! 逃がしませんよ! この2000年、あなたを燃やすことだけを考えて生きてきましたからねぇ!」
翼を広げてノワールさんを追いかけようとする魔王。
俺は両腕を広げて通せんぼする。
「ここを通りたければ、まずは俺を倒すんだな」
「ホホッ! ずいぶんと威勢のいいニンゲンですねぇ。あなたみたいなお馬鹿さんは、今日で2人目ですよ! いやはや、無知とは怖いですねぇ」
「知ってるさ。お前は世界最熱の魔王――《南の帝王》だろ?」
「ホッホッホ。私のことを知りながら立ち向かうとは、愚かなニンゲンですねぇ! はてさて、それではいったいどうやって私を倒すつもりなのでしょうか? 気になりますねぇ。水でしょうか。風でしょうか。なにをやっても無駄ですけどねぇ!」
「俺の武器はこいつだ!」
俺はぐっと拳を握りしめる。
「この私に? 拳で? 挑む? ホーッホッホ! これほど愉快なことはありませんねぇ! これまでに多くのニンゲンを燃やしてきましたが――あなたみたいな命知らずははじめてですよッ!!」
ばさぁっ、と魔王が翼を広げた。
砂埃が吹き荒れ、俺はぞくぞくする。
これだ! 俺が求めていたのはこういう敵なんだ!
――《闇の帝王》のように魔物に戦わせるのではなく、
――《土の帝王》のように武装して己を強く見せるのではなく、
――《光の帝王》のように相手の強さを真似るのではなく、
――《風の帝王》のように地味ではなく、
――《虹の帝王》のようにはったりではなく、
――《北の帝王》のように自滅するとも思えない。
今回の魔王は――《南の帝王》は、正真正銘の強敵だ!
キュールさんの言った通り、《南の帝王》はいままでの魔王とは明らかに格が違うのだ!
だからこそ、俺はぞくぞくしているのである!
「思い上がったニンゲンよ、あなたは死の間際に理解することになるでしょう! この世には、けっして触れてはならぬものがあると! 私とあなたとでは強さの次元が違うのです! それでも立ち向かうというのであれば――跡形もなく燃やし尽くしてあげましょう!!」
「やってみろ! 返り討ちにしてやっくちゅん!!!!」
ドンッ!!!!!!
くしゃみした瞬間、魔王が吹っ飛んだ。
炎は消え、全身に小さな穴が無数にあいている。
そこから血があふれ、あっという間に血だまりができる。
魔王は、完全に死んでいた。
「私の目が正しければ、くしゃみで死んだわ」
ノワールさんが駆け寄ってきて、そんなことを言いだした。
「そ、そんなわけない……。だって、こいつはいままでの魔王とは違うんだ……。俺、こいつが羽ばたいたとき、背中のあたりがぞくぞくしたんだ……。なんか、こう……内側からこみ上げてくるものがあったんだよ」
「それはくしゃみの前触れだわ」
「そっか……あのぞくぞく感は、くしゃみだったのか……」
俺はノワールさんに論破された。
まあ実際、くしゃみ以外に死因が思い浮かばないしな。
認めたくはないけど……くしゃみによる風圧で炎が消滅し、無数に放たれたツバが魔王の身体を貫いたのだろう。
これからも、くしゃみをするときはちゃんと手でガードしないとな。
そんな決意をしつつ、俺はノワールさんとともに学院へ引き返したのだった。
 




