世界最熱の魔王です
キュールは怯えていた。
アッシュに頼まれて最南端の遺跡を訪れ、そろそろ帰ろうと思っていた矢先、いきなり石碑が溶けたのだ。
そして封印の間から、炎を纏った大きな鳥が現れたのである。
「ま、まさか……」
キュールは冒険家だ。
これまでに何度となく危ない目に遭ったし、そのすべてを乗り越えてきた。
そんな経験から、いつしかキュールはどんな状況下でも冷静さを保てるようになったのだ。
だが、いくらキュールでもこの状況で落ち着くことなどできない。
「まさか魔王!?」
キュールは警戒心を剥き出しにして叫んだ。
封印の間から現れたということは、魔王で間違いないだろう。
いままでに数えきれないほどの魔物を倒してきたキュールだが、さすがに魔物の王と対峙して平静を保つことはできない。
この状況で落ち着いていられる人物など、アッシュくらいのものだ。
「ホッホッホ。あの忌々しい小娘に封じられて2000年ほど経ちますが、私の怖ろしさは語り継がれていたようですねぇ。いやはや、私も有名になったものです」
「し、質問に答えろっ!」
「せっかちなニンゲンですねぇ。いかにも、世界最熱の異名を持つ《南の帝王》とは私のことですよ」
「や、やっぱり魔王なのか……」
あらためて事実を突きつけられ、キュールは恐怖に震えてしまった。
アッシュはすでに1体の魔物の王を倒している。
アッシュの話を聞いたときは『魔物の王って弱いのかも』と思ったが、それはアッシュがあまりにも強すぎるからそう聞こえるだけなのだ。
実際に魔王と対峙すれば、嫌でもわかる。
魔王に立ち向かっても、一瞬で返り討ちにされると。
だとしても。
勇者の弟子として、なにもせずに逃げることはできない。
それに圧倒的な力の差があるとはいえ、勝ち目がないわけではない。
「きみは僕の魂を喰らうと言ったね。それって僕を殺すってことかい? だとしたら、それは叶わぬ夢さ!」
「ホッホッホ。面白いことを言うニンゲンですねぇ。まさかこの私に勝てるとでも思っているのでしょうか?」
「思っているさ! なぜなら僕はあらゆる魔法を使いこなせるからね! きみの炎を消す魔法だって、使うことができるのさ!」
魔王は全身に炎を纏っているのだ。
間違いなく、この炎を使って攻撃してくるだろう。
つまり炎を消してしまえば、《南の帝王》はただの口うるさい鳥になるのだ。
「丸裸にしてあげるよ!」
キュールは瞬時に〈水弾大砲〉のルーンを描き上げた。
魔王を丸呑みにできそうなサイズの水の弾が、高速で放たれる。
じゅわあああああああああああ!!!!
一瞬で蒸発したのだろうか。
水弾が魔王に命中した瞬間、大量の湯気が発生した。
身体を冷やす〈冷風結界〉を使っていなければ、いまごろキュールは蒸し焼きになっていただろう。
「どんどんいくよっ!」
キュールは次々と〈水弾大砲〉を放つ。
まっしろな湯気で魔王が見えない以上、魔力が尽きるまで攻撃の手を緩めるつもりはなかった。
だが。
「ホッホッホ! ニンゲンというものは、いつの時代も悪あがきが好きですねぇ!」
魔王の不快な声が響き、キュールはびくっと震えた。
ルーンを描く手が止まってしまう。
「そ、そんな……どうして消えてないのさ!?」
何トンもの水弾を放ったというのに、魔王の炎はまるで弱まってなかったのだ。
「ホッホッホ。これはこれは、おかしなことを言いますねぇ。言ったではありませんか、私は世界最熱だとねぇ! この世に存在するすべてのものは私の炎に消される運命にあるのです! ニンゲン如きの攻撃など、通じるわけがないでしょう!」
「そ、んな……」
敗北を確信し、キュールは恐怖のあまり涙する。
まさに最強の防御力だ。
アッシュが倒した《北の帝王》も最強の防御力を誇っていたらしいが、《南の帝王》は炎を攻撃に転用することができるのだ。
こちらの攻撃は一切通じず、あちらは触れただけでキュールを殺すことができる。
こんな相手に、どうやって勝てと言うのだ!
「もうおわかりでしょう? 世界最強の防御力を誇り、世界最強の攻撃力を誇る私こそが、世界最強だということがね!!」
キュールはがっくりとうなだれる。
「……僕の、負けだ」
だけど、と顔を上げ、涙を拭う。
「世界最強はきみじゃない。アッシュくんさ。きみが井の中の蛙だってことを、すぐに思い知らせてあげるよ!」
キュールは涙声で叫び、瞬間移動で逃げるのだった。
◆
昼休みの学院長室にて。
「――というわけで、アッシュくんには魔王を倒してほしいんだ」
キュールさんの回想話を聞かされた俺は、うなずいた。
「それはいいんですけど、ノートは無事ですか?」
俺の気がかりは魔王ではなく、ノートだった。
キュールさんの話によると、石碑は溶岩みたいになってしまったらしい。
ノートが燃やされてしまっていたら、俺は貴重な魔力獲得の手がかりを失ってしまうのだ。
……まあ、悪口しか書かれてないかもしれないんだけどさ。
「ごめんね、アッシュくん。燃えてはないけど、濡れちゃったんだ。いまは乾かしてるところさ」
原形を留めているなら問題はない。
ノートが乾いたら、さっそくノワールさんに解読してもらわないとな。
「それで、魔王はいまどこにいるんですか?」
まだ遺跡にいるなら、これから走って倒しに行くけど……。
「それが、魔王は一直線にこの学院に向かってるんだ」
「ここに向かってるんですの!?」
アイちゃんが悲鳴を上げた。
キュールさんは『強者の居場所を示す地図』を机に広げる。
確かに、赤い点が学院方面に動いている。
このペースだと、日が沈む頃にはエルシュタニアに到着しそうだな。
魔王レベルになると町の結界を破ることなんて造作もないだろうし、放っておけばエルシュタニアは火の海になるだろう。
「僕の捨て台詞を信じて、アッシュくんを倒しに来てるのかな? 居場所までは教えてないんだけど……」
キュールさんは不思議そうにしてるけど、俺は魔王の狙いを知っている。
前回のカメと同じように、今回の鳥も《氷の帝王》に復讐しようと企んでいるのだ。
きっと居場所は魂の波動とやらで特定できるのだろう。
つまり、ノワールさんと町の外で待ち伏せすれば、よけいな被害を出すことなく魔王を倒すことができるってわけだ。
「それじゃあ俺は魔王を倒してきますね」
キュールさんはうなずいた。
「気をつけるんだよ、アッシュくん。今回の魔王は、いままでの魔王とは格が違うからね」
「だといいんですけどね」
強い敵に立ち向かうことで精神的に成長できるんだけど、いままでの魔王はワンパンで死んでしまったのだ。
「きみは本当に頼もしいね」
「この国の……いえ、この世界の存亡はアッシュさんにかかってますわ。どうか……どうか魔王を倒してください!」
「任せてください」
俺はそう言うと、教室へと戻った。
そして、メロンパンを頬張っているノワールさんに話しかける。
「ノワールさんに頼みがあるんだ」
「……一口でいいかしら?」
ノワールさんが食べかけのメロンパンを差し出してきた。
お腹が空いてるので食べたいけど、俺の頼みは『一口ちょうだい』ではないのだ。
「メロンパンはノワールさんがひとりで食べていいよ」
「そう……。では、頼みとはなにかしら?」
「カメの仲間が現れた、と言えばわかるかな? 詳しいことは移動しながら話すから、俺についてきてほしいんだ」
教室で『魔王が接近している』なんて話せば騒ぎになるに決まっている。
みんなを怖がらせないためにも、魔王のことは秘密にしておいたほうがいいはずだ。
「すべて理解したわ。私は貴方についていくわ」
「ありがとうノワールさんっ」
そうして俺とノワールさんは、魔王を迎え撃ちに行くのだった。
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次話は土曜か日曜に更新できればと思います。