魔王が現れました
「ほんとに最終試験をつけてくれるの!?」
信じられない気持ちで叫ぶと、師匠はうなずいた。
「まあ結果は見えておるがな」
師匠はなにかを悟ったような顔をしている。
俺に勝ち目はないってことか?
たしかに師匠は大魔法使いだ。
だけど、俺だって毎日死に物狂いで鍛錬を積んできた。
直接戦ったことはないので師匠の実力は未知数だけど、俺にだって維持がある。負けるつもりは毛頭ない。
「俺が勝ったら、魔法杖を買ってくれるんだよね?」
俺は最終確認をする。
「そのときは杖を買う前に――アッシュよ。お前に大事な話をするつもりじゃ」
「大事な話……?」
いったいなんだろう?
杖を買う以上に大事な話とか、この世に存在するのかな?
……いや、戦う前によけいなことを考えるのはよそう。
とにかく師匠に勝ちさえすれば、話とやらも聞けるのだから。
俺は師匠から五メートルほど離れたところに立ち、拳を構える。
まずは風刀を放って様子を見るか、それともバックステップで距離を取るか……。
作戦を練っていると、師匠が杖を投げ捨てた。
「手加減はいらないよ」
杖を使わずに魔法を使うことができているとはいえ、魔法使いは杖を使ったほうが遙かに強いはずだ。
俺は本気の師匠と戦いたいんだ!
「いや、あれはただの杖なのじゃが……」
と、師匠が困り顔で言った、そのときだ。
キィィィィィィィィン!!
まるで黒板を引っ掻いたかのような不快な音が響き渡り、空間に亀裂が走ったのだ。
時空の歪み(アビスゲート)が、俺と師匠のあいだに発生したのである。
時空の歪みっていうのは、異次元に繋がっている。
空間に亀裂が走り、そこから異次元の世界に住まう生き物――魔物が現れるのだ。
俺は昔、師匠に前世の話をしたことがある。
そのとき師匠は『アッシュの魂は時空の歪みを通して、地球という世界からヘクマゴスへと流れてきたのかもしれんな。アッシュの力の源は、その体験にあるのかもしれんな。こっちの世界へたどりつく途中、いろいろな力とアッシュの魂が融合したとか』と言っていたが……
まあ、いまはそんなことどうでもいい。
大事なのは、師匠とのバトルだ。
せっかくの最終試験だというのに時空の歪みに邪魔されて、俺は苛立っていた。
俺はイライラしつつ、時空の歪みから魔物が現れるのを待つ。
パキィィィィン!!
空間が割れ、そこから漆黒のマントを羽織った魔物が現れた。
◆
モーリスは心臓が止まりそうになった。
アッシュとの真剣勝負をする直前、ふいに時空の歪みが発生し、そこから魔物が現れたのだ。
それだけなら、さほど珍しいことではないし、ここまでの驚きはない。
このあたりは時空の歪みが発生しやすい地域なので、時空の歪みを目にすることはよくあるし、魔物なんて毎日のように見ている。
モーリスは、かつて魔王を倒して世界を平和に導いた勇者一行のメンバーだ
年老いてしまったが、どんな魔物が現れようと倒すことは造作もない。
――だが、いくらなんでもこれは予想外すぎる!
『くっくっく、久しいな、モーリス――勇者よ』
しわがれた声が、頭のなかに直接響く。
声の主は目の前に立つ魔物――漆黒のマントを羽織ったガイコツだ。
声帯を持たぬガイコツは、モーリスの頭に直接声を響かせる。
『どうした、勇者よ。顔色が優れぬぞ』
「な、なぜだ……貴様は、五〇年前に倒したはず……」
モーリスは恐怖に震えていた。
まさか、再び相まみえることになろうとは夢にも思わなかったのだ。
『この我が――この魔王が、人間如きに倒されるとでも思うたか!』
マントを羽織ったガイコツ――魔王こと《闇の帝王》は、愉快そうにガチガチと歯を鳴らして嗤う。
『たしかに、あのとき我は死にかけた。だが、かろうじて生きていたのだ! くくく、我を倒すのであれば、粉々に粉砕すべきだったな』
「ま、まさか、まだ息の根があったとは……このモーリス、一生の不覚じゃ!」
魔王は見た目ガイコツだ。
生きているかどうか、ぱっと見では区別がつかない。
しっかりと確認したつもりだったが、《闇の帝王》は死んだふりをしていただけなのだ!
三日三晩続いた激闘の末、やっとの思いで倒した魔王が生きていたのだとわかり、モーリスは絶望する。
だが、絶望はまだまだ序の口だった。
『我は五〇年ものあいだ、日々修行を積んできた。すべては貴様に――勇者一行のなかでも最強の力を持っていた貴様に復讐をするためにな!』
力を誇示するように両腕を広げ、《闇の帝王》がゆっくりと歩み寄ってくる。
最強ゆえに修行を怠っていた魔王が、モーリスに復讐するために五〇年間修行を積んできたのだ。
どれほど強くなったのか、想像もつかない……。
一方、モーリスは老いて力を失いつつある。
まだまだ強いつもりだが、全盛期の半分ほどしか力は残っていないのだ。
全盛期ですら倒すのがやっとだった――否、仲間たちと協力して戦ってもついぞ倒すことができなかった魔王に、いまのモーリスが勝てるわけがない。
(終わりじゃ……世界の、終わりじゃ……)
モーリスは世界の終焉を覚悟した。
だが――
『さあ、闇の時代の幕開ぺ――ッ!?』
パァン、と。
小気味のいい音を立てて、《闇の帝王》の頭蓋が粉々に吹き飛んだ。
がしゃん、と音を立てて魔王は地面に崩れ落ちる。
……確認するまでもなかった。
頭部を失った魔王は、今度こそ完全に死んだのだった。
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今日中にあと1、2話は更新できそうです!