色が足りません
突如として校門前に現れた魔王に、俺は言葉を失ってしまった。
『全人類に告ぐ! 目を瞑り、心して見るがよいのじゃ! 魔王を敵にまわした者の哀れな末路を! フィリップ・ヴァルミリオンの悲惨な最期を!』
目を瞑ってみると、校門が見えた。
魔王の魔法によって、この模様は全国生放送されているのだ。
世界中のひとたちに女装を見られるのは恥ずかしいけど、精神的に成長するにはもってこいだ。
「俺、魔王に見てもらってきます!」
「見てもらうだけかね!? できれば倒してほしいのだがね……」
「もちろん倒します。だけどその前に……キュールさん。俺が魔王に近づいたら、俺と魔王の周りに結界を張ってもらえますか?」
今回は2体同時に相手をしなくちゃいけないのだ。
1体だけならワンパンで倒せるし、ダブルラリアットを使えば2体同時に粉砕できる。
だけど、1体を逃がしてしまう可能性もある。
粉々になった魔王を見た魔王は、やけになって世界を滅ぼす魔法を使うかもしれないのだ。
それを避けるため、俺が魔王の気を引いている隙に防御の結界を張ってほしいのである。
「僕の力じゃ魔王の攻撃を防ぎきるのは難しいけど……でも、すべての魔力を使えば被害を抑えることはできるはずさ!」
「はいっ、お願いします!」
そうして作戦が決まったところで、魔王たちの会話が頭のなかに響いた。
『我の声が聞こえるな? フィリップ・ヴァルミリオンよ。貴様がエルシュタット魔法学院の学院長だということはわかっておるのだ。報告があったのでな』
『貴様が出てこないというのであれば、学院を破壊するのじゃ』
『さあ――教え子を殺されたくないのであれば、いますぐ我らの前に現れるがよい!』
「ちょっと待て!」
俺は軽くジャンプをして、魔王の前に着地する。
その際、ふわりとスカートがめくれた。
世界中のひとたちにパンツを見られたのだと思うと、あまりの恥ずかしさに身体が熱くなってくる。
『なんのつもりだ、弱者よ。我らの前に立ちはだかり、英雄にでもなったつもりか?』
『いますぐ死ぬか、あとで死ぬか。特別に好きなほうを選ばせてやるのじゃ』
ガチャガチャと歯を鳴らして嗤う魔王に、俺は笑みを向けてやる。
「いますぐ死ぬか、あとで死ぬか? それは俺の台詞だよ」
被害を最小限に抑えるためとか、魔王を逃がさないためとか、いろいろと理由をつけたけど。
でも、すぐに魔王を倒さない本当の理由はほかにある。
俺は、心のどこかで《炎の帝王》と《水の帝王》に期待してたんだ。
こいつらなら、俺にとっての『強敵』になってくれるかもしれないってな。
『よかろう。いますぐ死にたいというのであれば――その望み、叶えてやろうではないか』
「いままでの魔王も、そう言ってすぐに粉々になったんだよ」
『まるで死に際を見てきたような口ぶりじゃな』
「実際に目の当たりにしたからな。……《土の帝王》は、ピンチになると土武装をするんだ」
俺の言葉に、魔王たちはガチャガチャと歯を鳴らすのを止めた。
『なぜ、それを知っておるのだ?』
「ほかにも知ってるよ。《光の帝王》は追体験っていう魔法を使って、光の速さで強くなるんだ」
魔王たちが、あとずさる。
『な、なぜ《光の帝王》のことまで知っておるのだ!』
『貴様……何者じゃ!?』
俺は、にやっと笑う。
「魔王を倒したのは俺だ。俺こそが、お前たちの求める強者なんだよ」
次の瞬間、魔王たちは愉快そうにガチャガチャと歯を鳴らした。
『フハハハハハ! 愉快だ、これほど愉快なことはない! 《光の帝王》を倒したということは、間違いなく貴様は強者だ!』
『《闇の帝王》を倒したフィリップ・ヴァルミリオンなど、もはやどうでもよいのじゃ! 小僧、このわしが特別に相手をしてやるのじゃ!』
『待たぬか! こやつと戦うのはこの我だ! 貴様は引っこんでおれ!』
『なにを言うのじゃ! 小僧にいますぐ死ぬか、あとで死ぬかを選ばせたのはわしじゃろうが! 引っこむのは貴様のほうじゃ!』
魔王が揉め始めた。
このまま取っ組み合いの喧嘩を始めそうな雰囲気だ。
「……いまなら倒せるのではないかね?」
仲間割れを始めた魔王を見て、シャルムさんが小声で話しかけてくる。
確かに隙だらけだ。
いまならダブルラリアットで2体同時に葬ることができるだろう。
けど、それじゃだめなんだ!
隙を突いて倒しても、精神的には成長できないんだ!
俺の夢は魔法使いになることだ。
そのためには、正々堂々と強敵に立ち向かわなくちゃだめなんだよ!
魔王の狙いは俺ひとりに絞られたし、キュールさんの結界もある。
街のひとたちも魔王を目にして逃げているし、学院内には特別な結界が張られている。
つまり、いま危険に晒されているのは俺だけなのだ。
この場で魔王と戦っても、怪我人は出ないだろう。
『我はこの瞬間を待ち侘びておったのだ! 貴様は引っこんでおれ!』
『引っこむのは貴様のほうじゃ!』
口論を続ける魔王に、俺はため息をつく。
「どっちでもいいから――」
そのときだ。
俺の身体から、蒸気が噴き出したのだ。
「こ、これって、まさか……」
さっきから身体が熱いと思っていた。
てっきり恥ずかしさのせいで身体が火照っているのだと思っていたけど、違った。
退化薬の効果が切れかかっているのだ!
「お、おい! どっちでもいいから早く俺と戦って――」
ぼんっ!!
急激に身体が肥大化し、お姫様みたいな服が弾け飛んだ。
幸か不幸か、かろうじてパンツだけが残っているが、ほぼ全裸だ。
……鏡を見るまでもない。
俺は、16歳に戻ってしまったのだ!
こうなったからには、やるべきことは一つである。
「シャルムさん、ちょっと俺のおしりを見てください!」
魔力斑の確認だ。
「な、なぜおしりを見ないといけないのだね!? というかその身体はなんなのだね!?」
シャルムさんは突然の事態に困惑している。
心の底から3歳児になりきるため、俺はシャルムさんやキュールさん、それにアイちゃんにも退化薬のことは伝えていなかったのだ。
そのため、俺に魔力が宿っていないことも知らないのである。
まあ、アイちゃんはフィリップ学院長から聞かされているかもしれないけど。
「いいから見てください! 俺のおしりに変わったところはありませんか!?」
「吾輩におしりを向けるのは止めたまえ! い、いろいろと見えているのだよ!」
「いろいろってなんですか!? 具体的に教えてください!」
「変態かねきみは!?」
目玉は、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
こうなったら魔王に確かめてもらうしかないけど……でも、全国生放送されてるんだよな、これ。
そう考えると羞恥心が押し寄せてきた。
俺が恥じらっていると、魔王があとずさった。
『バカな!? 変身しただと!?』
『幼い姿で《光の帝王》を倒したのだとしたら、わしらに勝ち目はないかもしれぬぞ? どうするのじゃ、《水の帝王》よ』
『くくくっ、どうやら争っておる場合ではないようだ。あちらが真の姿を見せたというのであれば、我らも真の姿を見せてやるのだ』
『合体……するのじゃな?』
合体だって!?
魔王って、合体すんのか!?
「ま、まずい! アッシュくん、いますぐ魔王を倒すのだよ! でないと取り返しのつかないことになる!」
シャルムさんが慌ただしく告げてくる。
合体するってことは、魔王はいま以上に強くなるってことだろう。
シャルムさんは、魔王が俺の手に負えないほど強くなることを恐れているのだ。
「合体したら……強くなるんだな?」
俺は魔王に問いかけた。
できることならいますぐにでも魔王を倒して全国生放送を切りたいが、強敵と戦えるなら話はべつだ。
魔力斑が浮かんでいるかどうかわからないので、強敵と戦えるなら戦っておきたいのである。
『合体すれば、圧倒的な強さが手に入るのだ!』
『本来はすべての魔王と合体し、唯一無二の強者になるはずじゃったが、貴様のせいで魔王はわしらだけになってしまったのじゃ』
『もっとも、我らだけの合体でも、余裕で貴様を超越できるがな!』
魔王は自信満々に言い放った。
「な、なにをやっているのだね!? 早く魔王を倒すのだよ!」
「……シャルムさん。俺、合体した魔王と戦います」
「正気かね!? この戦いに世界の存亡がかかっているのだよ!?」
確かに、俺の手に世界の存亡がかかっている。
だけど、この戦いには俺の夢もかかっているのだ。
どちらか一方を諦めるつもりはない。
俺は、どちらも手に入れてみせるのだ!
「安心してください。俺、必ず魔王を倒しますから」
「し、しかし万が一ということが――」
「や、やらせてあげてください!」
アイちゃんが息を切らして駆けつけてきた。
そのうしろから、エファやフェルミナさん、ノワールさんやニーナさん、ほかにも多くの生徒たちが駆けつけてくる。
「この世界は、アッシュさんがいなければすでに滅んでいたのです。私は、アッシュさんの意思を尊重しますわ!」
「わたしは誰がなんと言おうと師匠の決断を信じるっす!」
「アッシュくんはあたしのライバルなんだもん! 絶対に負けるわけないよ!」
「貴方が魔王を倒すまで、私は寝ないわ」
「ほ、ほら見てよアッシュくん! あたし、気力薬の材料集めたよ! だから……魔王を倒して一緒に調合しようよ!」
俺の大切なひとたちが、声援を送ってくれる。
俺を応援するために、危険を承知の上で集まってくれたんだ……。
みんなを守るためにも、そして俺の夢を叶えるためにも、必ず合体した魔王を倒してみせる!
「さあ――合体しろ!」
『よかろう! 貴様に真の強さを――真の恐怖を教えてやるのじゃ!』
『見るがよい、魔王の真の強さを! 感じるがよい、魔王の真の力を! そして嘆くがよい、我らを侮った自身の愚かさを!』
ガチャガチャと歯を鳴らし、《炎の帝王》と《水の帝王》が肩を組む。
『『――《合体》!!』』
次の瞬間、魔王の足もとに魔法陣が浮かびあがり、眩い輝きを放ち始めた。
瞬く間に明るさが増していく光のなか、二つのシルエットがくっつき、一つになっていく。
魔王が、真の姿になろうとしているのだ。
はたしてどんなバケモノが降臨するのか……。
煌々と光り輝くシルエットを、俺は目を閉ざすことなく見つめ続ける。
「す、すごい魔力を感じるよ……」
「大気が震えてるっす……」
「私、めまいがしてきましたわ……。アッシュさんは、いままでこんなバケモノと戦ってきたのですわね……」
「眠気が覚めたわ」
「が、頑張れアッシュくん。あ、あたし、怖いけど……もう逃げないって決めたから」
魔法陣から放たれていた輝きが、徐々に失われていく。
そして魔法陣が消えたとき――
そこには、赤と青の縦縞マントを羽織ったガイコツが佇んでいた。
『我が名は――《虹の帝王》!!』
「2色じゃねえか!!」
パァァァァァン!!!!!!!!!!
ビンタすると、魔王の頭蓋骨が粉々に吹き飛んだ。
待って損したよ!
みんながどんだけ怖い思いをしたと思ってんだ!
俺がどんだけ恥ずかしい思いをしたと思ってんだ!
せめて一発は耐えろよ!
がちゃん……。
俺が心のなかで叫んでいる間に、頭部を失った《虹の帝王》は倒れてしまった。
ぴくりとも動かないところを見るに、完全に事切れたようだ。
「や、やりましたわっ! アッシュさんが魔王を倒してくださいましたわ! これで今度こそ世界は救われたのですわ!!」
アイちゃんが歓喜の声を上げた瞬間、わあっと歓声が上がった。
「「「「「アッシュ! アッシュ! アッシュ! アッシュ!」」」」」
アッシュコールが始まり、俺はみんなに胴上げされる。
せめて服を着させてくれ!
そう叫びたくなったが、とても言い出せる雰囲気ではなかった。
評価、感想、ブックマークありがとうございます!
なるべく1話をコンパクトにまとめるよう心がけているのですが、世界の存亡をかけた戦いということで、いつもより長くなってしまいました。
次話で2章完結となります。
次話投稿が終わりましたら活動報告のほうで2章の穴埋めエピソードを募集しますので、なにかありましたら活動報告のほうにコメントを残していただければと思います。




