最初のターゲットです
果物屋でレモンをゲットした俺は、ゲテモノ料理店を訪れていた。
エルシュタニアに来て間もない頃、街の地理を把握するために歩きまわったことがある。
この店は、そのときに見つけたのだ。
「すみませーん」
店に入った途端、干からびた腕、瓶詰めにされた目玉、なにかの幼虫といったグロテスクなものが目についた。
ここなら気力薬に必要な材料も手に入りそうだ。
「どうした坊主……嬢ちゃん? いや、坊主か……?」
きょろきょろと店を見まわしていると、店の奥からおじさんが出てきた。
「坊主です」
「最近はそういう服が流行ってんだな。で、どうした坊主? ここはガキが遊びに来るところじゃねえぜ」
「俺、買い物に来たんです」
「買い物? ……店主の俺が言うのもなんだが、うちはまともな食材は取り扱ってねえぜ?」
「夕飯の買い物じゃなくて、薬の材料を買いに来たんです。『コルドカエルの肝』と『ルチトカゲの卵』が欲しいんですけど……」
「ああ、それならあるぜ。ちょっと待ってな」
「はいっ」
さっそく材料が見つかり、俺は心のなかでガッツポーズを作る。
店の奥に引っこんだおじさんは、二つの瓶を持って戻ってきた。
「こいつが『コルドカエルの肝』で、こっちが『ルチトカゲの卵』だ。あんまり残ってねえけど、これで足りるかい?」
「充分です。それ、全部買います」
俺は支払いを済ませると、二つの瓶を持って店を出た。
あとは第三実験室でニーナさんと気力薬を調合するだけだ。
実技試験の成功を確信した俺は、うきうきしながら学院へと引き返した。
『全人類に告ぐ! 我が名は《水の帝王》――魔王である!!』
校門が目前に迫ったところで、突然頭のなかにしわがれた声が響いた。
「このタイミングか……」
魔王の降臨に、俺はため息をつく。
強敵との戦いは精神的に成長できる貴重なイベントだ。
タイムリミットは今日だし、強敵と戦えるのはありがたい。
だけど『魔王=強敵』という認識は俺のなかで崩れているのだ。
それにいまは実技試験の真っ最中だしな。
制限時間的に余裕はあるけど、できれば無駄なイベントは避けたいところである。
そんなことを考えながらあたりを見まわすが、魔王は見当たらなかった。
いったいどこから話しかけてきてるんだ?
「な、なんだこの声は!?」
「お前にも聞こえるのか!?」
「魔王って、あの魔王なの!?」
「ま、魔王は死んだんじゃなかったのか!?」
街のひとたちが騒ぎ始めた。
さっきの『全人類に告ぐ』って、文字通りの意味だったのか?
『同じく、わしは魔王――《炎の帝王》じゃ!』
新たな声が頭に響く。
今回は2体同時の降臨か……。
てことは、フィリップ学院長の推測通りなら残りは『風』と『氷』の2体ってわけだ。
俺としてはまとめて来てくれたほうが手間がかからずに済むので助かるけど、街のひとたちは連続して魔王が現れたことでパニック状態に陥っていた。
『我らはいまこの瞬間にでも貴様らを絶滅させることができる。だが、ただ殺したのでは我らが愉しめぬのでな。慈悲深い我らは、貴様らにチャンスを与えることにしたのだ』
『これから貴様らの頭に映像を送るのじゃ。さあ――目を瞑り、心して見るがよい!』
おそらく《炎の帝王》が視界を共有する魔法を使ったのだろう、目を瞑ると頭のなかに映像が浮かんだ。
目の前に青いマントを羽織ったガイコツ――《水の帝王》が立っていて、そのうしろに木々が茂っている。
……見覚えのある光景だった。
家の残骸があるし、まず間違いなく『魔の森』だ。
あいつら、俺とモーリスじいちゃんの想い出が詰まった家を壊しやがったのか……!
『我らは強敵を探しておるのだ。こいつらを倒した強敵をな!』
視界が動き、山盛りの粉が映された。
『これは魔王《闇の帝王》と魔王《光の帝王》の亡骸だ! これだけではないぞ!』
視界が動き、頭のないガイコツが映された。
『これは魔王《土の帝王》の亡骸だ! 我らほどではないが、貴様らを一瞬で絶滅させるだけの力はあった! さらにこれを見るがよい!』
視界が動き、手足の生えた頭蓋骨が映された。
これ、俺がエファに頼んで接着してもらったガイコツじゃねえか!
あれって魔王だったのか!?
ほんと、どこにでも現れる連中だな……。
『こいつは魔王《風の帝王》の亡骸だ! 我らは、こいつらを倒した強敵を探しておるのだ!』
『おっと、連続で魔王の亡骸を見たからといって勘違いするでないぞ? わしらは一瞬で世界を滅ぼすだけの力を持っておるのじゃからな! こういうふうにのぅ!』
次の瞬間、見渡す限りの木々が一瞬で灰になった。
炎魔法で、木々を焼き払ったのだろう。
『いまのは極限まで力を抑えたのじゃ。わしがその気になれば、いまこの瞬間にでも貴様らを燃やし尽くすことができるのじゃ』
魔王の力といまの発言によって、街のひとたちは悲鳴を上げる。
街の至る所から「早く逃げないと!」「どこへ逃げたらいいの!?」というやり取りが聞こえてくる。
『じゃが、すぐには殺さぬ。貴様らには世界の存亡をかけた戦い――《魔王ゲーム》に参加してもらうのじゃ!』
『これより我らはどこかの街へ赴く。その街で最も強い者と戦い、我らが勝利した暁には――その街を滅ぼすのだ!』
つまり、一つの街につきチャンスは一度きりってわけか。
これは面倒なことになったな……。
このルールだと魔王の居場所を特定できても、俺がその場にたどりつく前に瞬間移動されてしまうかもしれないのだ。
『だが、我らとて暇ではない。いちいち弱者を殺すのは面倒なのでな、強者の居場所に心当たりがある者は念じるがよい。我らは優先してその場へ赴くのでな』
『じゃが、そやつが弱者だった場合――わしらを騙したものと判断し、問答無用で情報提供者の街を滅ぼすのじゃ』
『いずれにせよ、貴様らは我らの手によって滅ぶのだがな! せいぜい怯えるがよいわ!』
と、《水の帝王》がガチャガチャと愉快そうに歯を鳴らしているところで映像が途切れた。
「さて、どうするのだね?」
ふいにシャルムさんの声が聞こえた。
「シャルムさん? ……どこですか?」
「吾輩はここだよ」
シャルムさんの声は監視役の『目玉』から聞こえてきていた。
見ると、目玉には小さな口がついていた。
監視役って、シャルムさんだったのか。
「やあ、アッシュくん! 大変なことになったね!」
瞬間移動を使ったのだろう、突然目の前にキュールさんが現れた。
これで勇者の弟子が勢揃いってわけだ。
まあ、シャルムさんは本体じゃないけど……。
「キュールさん、あの地図ありますか?」
「もちろんさ!」
キュールさんは懐から『強者の居場所を示す地図』を取りだした。
思った通り、魔王は『魔の森』に降臨したようだ。
どちらも赤点だし、キュールさんより強いことは確定したってわけだ。
「それで、吾輩たちはどうすればいいのだね?」
「アッシュくんがリーダーなんだから、僕たちはきみの指示に従うよ!」
キュールさんと目玉が、じっと俺を見つめてくる。
「そうですね……。この街のひとたちに怖い思いをさせちゃいますけど、エルシュタニアに魔王を呼ぶのがベストだと思います」
魔王は強者の情報を募集していた。
それが嘘の情報だと街は滅ぼされてしまうが、この街には勇者の弟子が揃っているし、嘘にはならない。
なにより魔王を倒せば問題はないのだ。
「吾輩も同じことを思っていたところだよ。……戦闘は、きみに任せていいのだね?」
「はい。問題は、この街のどこで戦うかですけど――」
『全人類に告ぐ! たったいま、最初の街が決まったのだ!』
ふいに《水の帝王》の声が響いた。
まさか、もう情報提供者が現れたのか!?
これはまずいことになったな……。
「もしものときは、僕が足止めをするよ」
キュールさんは覚悟を決めたような顔で言った。
「お願い……できますか?」
魔王はキュールさんより確実に強いのだ。
俺が魔王のもとにたどりつくまでに生きている保証はない。
「なぁに、僕だって勇者の弟子さ。きみほどじゃないけど、魔王を足止めするくらいの力はあるさ」
「ど、どんな大怪我をしても、吾輩が治してやる! だ、だからぜったいに死ぬなよ!」
「ふふっ。まさか、きみにプレッシャーをかけられるなんてね……正直、約束はできないよ」
「そ、そこは嘘でもいいから約束しろ! この馬鹿者がっ!」
不安げな声を発するシャルムさんに、キュールさんは微笑を向ける。
『先ほど情報提供があってな。我らは《闇の帝王》を葬ったフィリップ・ヴァルミリオンを最初の敵に決めたのだ』
『エルシュタニアに住まう者どもは楽しみに待っておるがよいのじゃ!』
次の瞬間だった。
『『さあ――魔王ゲームの幕開けだ!!』』
赤いマントと青いマントを羽織ったガイコツが、校門のそばに――
俺たちの目の前に現れた。
評価、感想、ブックマークありがとうございます。
風邪が治らないので、次話投稿は明後日になるかもしれません。




