魔王ゲームの幕開けです
昼休み。
俺は食堂にてニーナさんと実技試験の打ち合わせをしていた。
「もう何回も言ったけど、ほんっとーにアッシュくんとパートナーになれてよかったよ! 問題があるとすればアッシュくんが活躍しすぎることだけど、真剣勝負に負けるよりは遙かにマシだよ!」
「実技試験の内容的に、俺だけが活躍するってことはなさそうだけどね」
青くじには『120分以内に××薬を調合せよ』と書いてあった。
この『××』の部分は、実技試験が始まる瞬間まで伏せられているのだ。
といっても、薬名が明かされるまでなにもできないわけではない。
「試験が始まってすぐに材料調達できるように、薬辞典を持ってきたんだ」
俺はテーブルに1冊の本を置いた。
この本には薬の材料、調合手順、効能などが記されているのだ。
制限時間は120分しかないし、薬名が明かされたあとに薬辞典を探すのは時間の無駄だ。
そこで事前に薬辞典を持ってきたのである。
「準備がいいねっ! でも、どうして薬辞典なんて持ってるの? そんなの授業で使った覚えがないんだけど……」
「いろいろあってね」
退化薬の代わりになる薬はないか調べるために、以前買っておいたのだ。
けっきょく退化薬の代わりは見つからなかったけど、こんな形で役に立つとは思わなかった。
「とりあえず段取りだけでも決めておかないか? 材料の仕入れ先とかさ。あと薬の調合は第三実験室でしようと思ってるんだけど」
「調合場所はそこでいいけど……まだ薬名もわからないんだよ? 材料の仕入れ先なんて決めようにも決められないと思うんだけど……」
「ここで決めるのは学内で仕入れるか、学外で仕入れるか、だよ」
学院には魔法薬の材料を栽培している温室がいくつかある。
温室で手に入る材料は温室で手に入れ、そうでない材料は学外で仕入れるのだ。
「これなら俺とニーナさんの両方が活躍できるだろ?」
「うんっ! それじゃあ……あたしは学内を担当してもいいかな?」
「それじゃ、俺は学外だな。材料を手に入れたら第三実験室に集合だ!」
「わかった! あたし頑張る!」
段取りを決めたところで、俺たちは食事を始める。
そして昼休み終了のチャイムが鳴った瞬間、俺たちの頭上にゴルフボールサイズの目玉が現れた。
先生が魔法で生み出したこの目玉が、俺とニーナさんの試験監督というわけだ。
「あっ! アッシュくん、薬名が出たよっ! 気力薬だって!」
気力薬は肉体疲労と眠気除去に効果がある、栄養ドリンクみたいなものだ。
購買でも手に入るし、何度か飲んだことがあるけど、材料までは見てなかった。
もちろん目玉に監視されている以上、購買で気力薬を買って『調合しました!』は通用しない。
「ええと、気力薬……気力薬……あった、これだねっ!」
ニーナさんはページをめくり、気力薬の項目を開いた。
材料は『満月草』『紅紫花の種』『コルドカエルの肝』『ルチトカゲの卵』『レモン汁』か。
「えぇ……気力薬ってこんな材料使ってたんだ……。甘酸っぱくて好きだったのに、もう飲めないよ……」
気力薬の材料がゲテモノ揃いだとわかり、ニーナさんはショックを受けていた。
「とにかく、学外で手に入りそうなのは『コルドカエルの肝』と『ルチトカゲの卵』と『レモン汁』だな」
「てことは、あたしが調達するのは『満月草』と『紅紫花の種』だね。さっそく図書館に行って植物図鑑を借りてくるよ!」
「俺はレモン汁の調達から始めるよ。これなら果物屋に行けば手に入るしな」
そうして俺とニーナさんの実技試験が幕を開けたのだった。
◆
深い森のなかにある拓けた場所に、2体のガイコツが佇んでいた。
赤いマントを羽織ったガイコツと、青いマントを羽織ったガイコツ――《炎の帝王》と《水の帝王》である。
この地に降り立ったばかりの《水の帝王》は、あたりを見まわしていた。
『魔力の残滓を辿ってきたというのに、誰もおらぬではないか!』
1軒の木造住宅がぽつんと建っているだけだ。
魔法で家を壊してみたが、目当ての人物はいなかった。
『おかしいのぅ。確かに《闇の帝王》と《光の帝王》の魔力の残滓が残っておるのじゃが……』
魔力の残滓が残っているということは、この地を訪れたということだ。
再会の時は来ているし、ほかの魔王もこの世界に降臨しているはずである。
『正確な現在地がわからぬ以上、召喚魔法を使うしかあるまい』
顔見知りの人物を呼び出す召喚魔法を使えば、どこにいようと関係ないのだ。
『誰から召喚するのじゃ?』
『序列が低い順に召喚するのだ』
そう言って、《水の帝王》は大空に手をかざした。
『2000年の時を経て、いまこそ再会の時である! さあ、我の召喚に応じよ――《闇の帝王》よ!!』
召喚魔法を発動させた瞬間、地面に眩い光を放つ魔法陣が展開された。
そして、魔法陣から《闇の帝王》が現れる――
……はず、だったのだが。
現れたのは、山盛りの粉だった。
『……これはなんだ?』
『なにって……粉じゃろ』
『そんなことはわかっておる! なぜ粉が我の召喚に応じるのだ!? 我が呼び出したのは《闇の帝王》なのだぞ!』
などと叫んだところで、《水の帝王》はハッとした。
『ま、まさかこの粉が《闇の帝王》だというのか!?』
『そのまさかじゃろうな。まったく、木っ端微塵にされるなど、不様にもほどがあるじゃろ』
『まったくだ。粉々になるなど、魔王の面汚しもいいところだ』
『わしらが素体になるとはいえ、こんなザコは願い下げじゃな』
まったくだ、と同意するようにうなずき、《水の帝王》は次なる魔王を召喚する。
『2000年の時を経て、いまこそ再会の時である! さあ、我の召喚に応じよ――《土の帝王》よ!!』
魔法陣から現れたのは、首から下だけだった。
『頭はどうしたのだ!?』
『ま、まさか……いや、そうとしか考えられん! 《土の帝王》も何者かにやられてしまったのじゃ!』
『《闇の帝王》だけならまだしも、《土の帝王》までやられるとは……』
予想外の事態に戸惑ってしまったが、しょせんは序列7位と6位だ。
予想はしていなかったが、納得はできる。
ザコに用はない《水の帝王》は、気を取りなおして召喚魔法を発動させる。
『2000年の時を経て、いまこそ再会の時である! さあ、我の召喚に応じよ――《風の帝王》よ!!』
手足の生えた頭蓋骨が現れた。
『なんなのだこれは!?』
『なにがどうなったらそうなるのじゃ!?』
一〇〇歩譲って粉と胴体はわかるが、これは意味がわからない。
なにをどうしたら頭蓋骨に手足がくっついた状態で死んでしまうのか……経緯がわからないにもほどがある。
現状わかるのは、《風の帝王》が何者かに倒されたということだけだ。
『まったく、死に恥を晒しおって。この魔王の面汚しがッ!』
『落ち着くのじゃ。わしらに必要なのは強い魔王なのじゃからな。ザコなどどうなっても構わぬじゃろ』
確かに《炎の帝王》の言う通りだ。
あの計画には、強者だけがいればいい。
ザコなどいても邪魔なだけである。
落ち着きを取り戻した《水の帝王》は、召喚魔法を発動させた。
『2000年の時を経て、いまこそ再会の時である! さあ、我の召喚に応じよ――《光の帝王》よ!!』
また粉の山だった。
『なぜ《光の帝王》までもが粉になっておるのだ!』
『い、いったい、この世界でなにが起きておるのじゃ……?』
ほかの魔王が死ぬのはわかる。
だが、序列2位の《光の帝王》までもが死んでいるとは思わなかった。
予想外の事態に魔王たちは困惑する。
とにかく、いまわかっているのは一つだけだ。
『この世界には、圧倒的な強者がいる。いまは亡き序列1位――《氷の帝王》と同等か、それ以上の強さの持ち主がな』
『……では、あの計画はどうするのじゃ?』
『我ら以外の魔王が全滅した以上、同列1位ではなく、真の1位を決めねばならぬ。我と貴様、どちらが素体になるか決めるのだ』
『じゃが、わしと貴様とでは決着がつかぬぞ』
わかっておる、と《水の帝王》はうなずく。
『そこで、こういうのはどうだ。強者を倒したほうが、真の1位になるというのは』
『いいじゃろう。じゃが、素直に現れるじゃろうか?』
『我に考えがある。我らの前に姿を見せぬと言うのであれば、全人類を人質にすればよいのだ!』
『ふむ。それはよい考えじゃ!』
パニック状態に陥った人々を想像し、魔王たちはガチャガチャと歯を鳴らす。
『さあ、全人類に報せるのだ! 世界の存亡をかけた魔王ゲームの幕開けを!!』
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