人知れず風の時代の幕開けです
文化祭まで残り1週間になった。
この日、広報係になった俺はノワールさんと静かな教室でチラシを作っていた。
「お化け屋敷、どんな感じになってるんだろうな?」
「考えたくないわ」
本当はこの教室を使うはずだったけど、キュールさんの提案でエルシュタニア郊外の建物をお化け屋敷に改装することになったのだ。
部屋を血まみれにするとか、わっと驚かせる仕掛けを作るとか、そういった話は聞いているけど、具体的にどうなっているかは制作係にしかわからない。
「チラシできたわ」
「こっちも完成だ。あとは複製魔法でコピーするだけだな」
俺はクラスメイトに複製魔法を使えるかたずねるが、みんな首を横に振った。
ほかの広報係は、エファに頼んでコピーしてもらっているらしい。
エファは制作係なので、お化け屋敷のほうにいる。
そろそろ日暮れだ。じきに戻るだろうし、チラシに誤字脱字がないかチェックしとくか。
そうして俺がチラシとにらめっこしていると、ノワールさんがカバンから問題集を取りだした。
表紙には『ルーン練習帳(風魔法編)』と書いてある。
「あれ? こないだ買った問題集は終わったのか?」
「終わったわ」
「おおっ、早いなっ」
「……早いのよ」
ノワールさんはどことなく得意気だ。
嬉しそうにしながら問題集を解き始めた。
いままで使っていた問題集はノワールさんにはレベルが高く、毎日いたずらに時間が過ぎるのを待つだけだった。
なかなか問題が解けず、ノワールさんは日に日に落ちこんでいったのだ。
そこで俺は『ルーン練習帳(光魔法編)』を薦めてみた。
あらかじめ薄くルーンが描かれていて、その上をなぞることでルーンを覚える、という問題集だ。
これなら間違えようがないし、俺の思った通り、ノワールさんは上手にルーンをなぞれたことで日に日に自信を取り戻していった。
「いまなら15点……いえ、18点は取れるわ」
ノワールさんは良い感じに自信を身につけている。
今週いっぱいはルーン練習をさせて、ちょっとずつ問題集のレベルを上げていこうかな。
「ただいま戻ったっす!」
「いやぁ~、楽しいと時間が経つのはあっという間だねっ!」
チラシをチェックしつつノワールさんの様子をうかがっていると、教室に賑々しさが復活した。
制作係の面々が転移魔法で戻ってきたのだ。
「あっはっは! ちょっとやり過ぎちゃったかもしれないね!」
「まったく、どういう脳の構造をしていたらあんな怖ろしい仕掛けを思いつくのだね?」
「お化け屋敷は怖ければ怖いほどいいのさ!」
「まあ、それに関しては異論はないがね」
制作係と一緒に、スペシャルアドバイザーのキュールさんとシャルムさんが戻ってきた。
ふたりが手伝ったということは、とんでもなく怖いお化け屋敷になってるんだろうな。
「あとは感想をもとに微調整するだけっすね! 問題は誰に聞くかっすけど……」
「あたしは普段おとなしいひとの感想を聞きたいなっ! そういうひとを驚かせることができれば、もう成功したようなものだよっ!」
「なるほどっ! それなら小さい子の意見も取り入れたいっすね! あまりに怖すぎるとトラウマになっちゃうっすから、年齢制限をつけたほうがいいっす!」
「うんうんっ。となると適任はふたりしかいないねっ!」
「そっすね!」
制作係のみんなが、こっちを見てくる。
「さあ――アッシュくん、ノワちゃん、出番だよっ!」
その瞬間のノワールさんの顔を、俺は一生忘れないだろう。
◆
とある屋敷に、ガイコツが佇んでいた。
この世界に降臨して間もないガイコツは、強い女の気配を感知して屋敷に瞬間移動したのだ。
『強イ気配ヲ感ジタ。シカモ女ダ。ドコニイル……』
ガイコツは室内を見まわす。
血まみれの室内に、ひとの気配はなかった。
だが、室内には女の匂いが充満している。
標的と定めた女がここにいたのは間違いない。
『逃ガサヌ』
ガイコツは窓を開けた。
女の匂いが、風に乗って運ばれてくる。
ガイコツゆえに鼻はないが、全身の骨で匂いを感じることができるのだ。
『近イ……近イゾ……』
ガイコツは全身に風を浴び、ほんの数秒で匂いの出所を特定した。
『サテ、ドウヤッテ殺ソウカ』
この世界に帰還して初となる標的だ、簡単には殺さない。
じわじわと痛めつけ、たっぷりと悲鳴を聞いてから殺すのだ。
『皮膚ヲ削ギ落トシテ殺スカ、臓物ヲ引キ裂イテ殺スカ、気圧ヲ操リ眼球ヲ破裂サセルカ……』
いずれにせよ、素晴らしい悲鳴を聞かせてくれそうだ。
恐怖に引きつる顔と命乞いをする姿を想像し、ガイコツは愉快そうに歯を鳴らす。
そうして、ガイコツは瞬間移動を発動させる――
『コレハ……!』
――直前、突如として屋敷に強烈な匂いが出現した。
この匂いは――『女』と『子ども』だ!
女のほうもそれなりに強い匂いを放っているが、子どもの放つ強烈な匂いの前には無臭に等しい。
『素晴ラシイ! 素晴ラシイ匂イダ!』
下の階から漂ってくる匂いに、ガイコツは狂喜乱舞する。
『ココマデ心ガ踊ルノハ、イツ以来ダロウカッ!』
いままでの標的は弱者ばかりだった。
そのため軽く魔法を使っただけで、すぐに壊れてしまうのだ。
だが、この屋敷に現れた子どもは違う。
こんなに強烈な匂いを放っているのだ、身体も頑丈に違いない。
いままでにないくらい長く愉しめるはずだ。
『サア――風ノ時代ノ幕開ケダ!』
ガイコツは――最凶の魔王《風の帝王》は胸を躍らせ、下の階へと向かうのだった。
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