催眠魔法にかかりません
キュールさんとシャルムさんが臨時講師になって1週間が過ぎた。
「みんな、待たせたね! この時間は僕とシャルムくんが最高の授業をお届けするよ!」
「吾輩にプレッシャーをかけるのはやめたまえ!」
キュールさんとシャルムさんが2年A組で授業をすることになり、教室が拍手に包まれる。
キュールさんは学院きっての天才だ。みんなが授業に期待を寄せるのも無理はない。
シャルムさんは素性こそ知られてないが、その授業はほかのクラスでも大評判だと聞いている。
いったいどんな授業をしてくれるのか……。
俺は机にノートを広げ、ふたりの話に耳を傾ける。
「じゃあ、まずはキュールさん。お願いするわね」
元々この時間に授業する予定だったエリーナ先生が、教室の隅っこから指示を出す。
「僕に任せるといいさ! エリーナ先輩より面白い授業をしてみせるからね!」
「私の授業だって『わかりやすくて面白い』って生徒たちに評判なのよ」
「安心していいさ! エリーナ先輩の職を奪うつもりはないからね!」
「ひとの話を聞かないくせは昔のままね……」
エリーナ先生はため息をついた。
キュールさんとエリーナ先生は、この学院で先輩後輩の間柄だったのだ。
「さあ、授業開始だよ! といっても、僕はひとになにかを教えるのが苦手でね。質問形式の授業にするよ!」
キュールさんが質問を募集した瞬間、エファが挙手した。
「わたしはキュールさんと同じように、フィリップ学院長から推薦されてこの学院に入学したっす」
「てことは、きみがエファくんだね! きみのことはフィリップ学院長から聞いているよ! 将来有望だってね!」
「ありがとうございますっす。だけど、わたしは周りの期待を裏切っちゃいそうなんすよ」
エファは学院を卒業後、家族のいるネムネシアに就職するつもりだ。
だけどネムネシアは田舎だし、エファの才能を活かせる仕事はなさそうだった。
そのため、都会で仕事を探すように家族から反対されているのだろう。
「キュールさんは冒険家になるって言ったとき、家族に反対されなかったっすか?」
「されたけど気にしなかったのさ! それに親の願いは子どもの幸せだからね。どんな仕事だろうと最終的には応援してくれるのさ!」
「なるほど、参考になるっす!」
キュールさんはにこにこ笑う。
「いいってことさ。さて、質問をしてくれたエファくんには10点あげるよ! 10点集めた生徒は冒険家の仲間入りさ! さあ、ほかにも質問があれば遠慮なく言ってね!」
その後も、キュールさんは質問に答えていく。
そうしてキュールさんの授業が終わる頃には、クラスメイトの大半が冒険家になっていた。
「ではシャルムさん。残り時間は少ないですが、お願いしますね」
エリーナ先生の言葉に、シャルムさんは教壇に立った。
「吾輩の授業は睡眠学習だよ。吾輩はこれからきみたちに催眠魔法をかけるのでね。きみたちは『夢を叶えた自分』をイメージしたまえ」
シャルムさんは催眠魔法のルーンを描きながら、
「夢のなかで、きみたちは『夢を叶えた自分』になっている。夢から覚めたとき、きみたちは夢の楽しさを現実でも味わうために、もっともっと頑張ろうと決意するのだよ」
つまり夢の実現に向けてやる気を出させる授業ってわけか。
「さあ――夢の世界へ行きたまえ」
ルーンが完成した瞬間、クラスメイトはもちろん、エリーナ先生やキュールさんまでもが眠りについた。
「……なぜ起きているのだね?」
俺が聞きたかった。
「あの、ちょっと寝つけそうにないので、もう一回かけてもらってもいいですか?」
「構わないがね」
あらためて催眠魔法をかけてもらったが、俺の意識ははっきりしている。
シャルムさんは原因を考えるようにあごに手を当て……はっとした。
「そ、そうか! 吾輩の催眠魔法は、きみの意志の強さに打ち消されたのだ!」
シャルムさんは衝撃を受けたように叫んだ。
「俺の意志……ですか?」
「うむ。普通、人間は大小様々な夢を持っているものなのだよ。夢を一つに絞ろうと思っても、いろいろと欲が出てしまうのだ」
だが、とシャルムさんは俺を指さす。
「きみには夢が一つしかない――あまりにも意志が強すぎるのだよ。吾輩の催眠魔法は、きみのように意志が強い人間には通じないのだ」
たとえばフェルミナさんには『魔法騎士団に所属する』『最高級の焼き肉をお腹いっぱい食べる』という夢がある。
たとえばエファには『地元に就職する』『武闘家になる』という夢がある。
だけど俺には『魔法使いになる』という夢しかない。
「そこまで意志が強ければ、あえて催眠魔法でやる気を出させる必要はないだろうね。きみの夢は知らないが、いつか必ず実現できる日が来るよ。それは吾輩が保証する」
シャルムさんにそう言われ、俺は力強くうなずいた。
「はいっ。必ず夢を叶えてみせます!」
「うむ。まあ、吾輩の言葉がプレッシャーにならない程度に頑張りたまえ」
そう言って、シャルムさんは魔法杖を構える。
解除魔法のルーンを完成させると、みんなが一斉に目を覚ました。
「師匠は夢のなかでも強かったっす!」
「世界にはあんなに美味しい焼き肉があるんだね!」
「30歳までには結婚できるように頑張りたいわね」
エファ、フェルミナさん、エリーナ先生は夢の世界を満喫したようだ。
ほかのみんなも、楽しげに夢の感想を口にしている。
そうして特別講師による授業が終わったところで、キュールさんが教室のうしろを指さした。
「そういえばずっと気になってたんだけど、あの看板はなにかな!?」
キュールさんが言っているのは、お化け屋敷の看板のことだろう。
文化祭の小道具は教室後方のスペースに置いてあるのだ。
「文化祭の出し物よ。うちのクラスはお化け屋敷をすることになったの」
エリーナ先生の言葉に、キュールさんは興味を引かれた様子だ。
「へえ、それは楽しそうだね!」
「しかしここでは狭くないかね?」
「だったらいいところがあるよ! 僕の秘密基地を使えばいいさ!」
キュールさんの秘密基地はエルシュタニアの郊外にあるらしい。
推薦入学を受け入れる際にフィリップ学院長からプレゼントされたらしいけど、長いこと手入れをしていなかったため荒れ放題なのだとか。
住むには適さないけど、まさにお化け屋敷には打ってつけというわけだ。
「そこそこ距離があるけど、僕の転移魔法で一瞬さ! 面白いと思わないかい!?」
反対意見は特になく(うしろから「私は驚かせる側だわ」と声がしたけど)、キュールさんの秘密基地を使わせてもらうことになったのだった。
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