記憶力(物理的な意味で)です
俺は師匠への誕生日プレゼントを持って『魔の森』へと向かっていた。
綺麗に包装された箱のなかには服が入っている。
俺は気温の変化に疎いけど、最近厚着しているひとを見かけるようになった。
季節的には秋と冬の境目ってところだろう。
そこで師匠が風邪を引かないように、暖かい服を贈ることにしたのだった。
「喜んでくれるといいなぁ」
師匠の喜ぶ顔を思い浮かべつつ走ること数時間――。
師匠の家にたどりついた俺は、驚きのあまり箱を落としてしまった。
「師匠!?」
家のそばで、師匠とフィリップ学院長、それにコロンさんが倒れていたのだ。
さらにその近くには、黄色いマントを羽織ったガイコツが佇んでいた。
「アッシュ!? アッシュなのじゃな!?」
「うん、俺だよ! あいつ魔王だよね? いますぐ倒すから待ってて――」
「だ、だめじゃ! いますぐ逃げるのじゃ! そいつは――《光の帝王》は、いままでの魔王とは違うのじゃ!」
「いままでの魔王と違う……?」
俺はまじまじと魔王を眺める。
マントの色くらいしか違いがわからないんだけど……。
「そいつは相手の記憶を追体験し、光の速さで強くなるのじゃ! だ、だからいますぐ逃げ――」
『無駄だ。オレ様はいつでも《追体験》を発動できるのだからな!』
頭のなかに魔王の声が響いた。
「俺は最初から逃げるつもりはないよ」
俺の言葉に、師匠がぎょっとする。
「わ、わしの話を聞いておらんかったのか!?」
師匠の言葉は一言一句もらさず聞いていた。
記憶を追体験することで、魔王は俺が死に物狂いの修行の果てに身につけた『世界最強の武闘家』としての力を一瞬にして手に入れるのだ。
だとすると、いままで戦ってきたなかで最も苦戦するだろう。
だからこそ、俺は逃げたくないのである。
「俺は、強い相手と戦いたいんだ」
強敵に立ち向かうことで、精神的に成長できる。
この戦いを通して、俺にも魔力斑が浮かぶかもしれないのだ。
こんなチャンスを逃すわけにはいかない。
「アッシュが負ければ世界が滅ぶのじゃぞ!?」
「だとしても、俺は戦いたいんだ」
師匠に逆らうのははじめてだ。
だけど、これだけは譲れない。
だって、俺は魔法使いになりたいんだから。
「や、やらせてあげるといいさ……」
フィリップ学院長が、地面に倒れ伏したまま言った。
そのとなりで、コロンさんがうなずく。
「こ、この世界は、アッシュくんがいなければ滅んでいたわ……」
「魔王に敗れた我々に……口出しする権利はないのさ……」
フィリップ学院長とコロンさんの説得を受け――
師匠は、俺に真剣な眼差しを向けてきた。
「わしとしたことが、肝心なときに弟子を信じてやれぬとはな。……まったく、師匠として情けない限りじゃ」
「師匠……。戦いを、許可してくれるんだね?」
師匠は、力強くうなずいた。
「魔王がいかに強くなろうと、世界最強はお前じゃ! さあ――存分に戦うがよい!!」
師匠のエールを受け止め、俺は魔王と対峙する。
『死ぬ覚悟はできたか?』
自信に満ちた声が、頭のなかに響いた。
「俺は死なない。いままでの魔王と同じように、お前もワンパンで倒してみせる!」
『くくくっ。まだわかってないようだな。貴様がオレ様を一撃で倒せるということは、オレ様も貴様を一撃で倒せるということだ!』
「だとしても、俺は負けない! さあ――俺の記憶を追体験しろ!」
『よかろう! その自信、粉々に打ち砕いてくれるわ!!』
世界の命運をかけた死闘の幕開けに、俺は緊張してしまう。
だけど、俺は負けない。
――俺をここまで育ててくれたモーリスじいちゃん。
――俺を学院に招いてくれたフィリップ学院長。
――俺を3歳児にしてくれたコロンさん。
――俺のライバルになってくれたフェルミナさん。
――俺を頼りにしてくれるノワールさん。
――俺を師匠と慕ってくれるエファ。
――俺に女装セットをくれたアイちゃん。
いままで出会ってきた大切なひとたちを守るためにも、けっして負けるわけにはいかないのだ!!
『さあ、貴様の記憶を見せてみろ! ――《追体験》!!』
パァァァァン!!!!
魔王が木っ端微塵に砕け散った。
突如として粉々になった魔王に、俺は拳を握りしめたまま立ち尽くす。
「な、なんで粉々になってんの!?」
俺の自信を打ち砕くんじゃなかったのかよ!
お前が粉々になってどうすんだ!
せめて戦え!
そう言いたくなったが、魔王はすでに粉々だ。
いったいどうして、こんなことになってしまったんだ?
「ま、まさか……いや、そうとしか考えられん!」
「まあ、それしかないだろうね」
「し、信じられないけど、きっとそうね」
師匠たちが口々に言った。
なにかを察している様子だ。
魔王が粉々になった理由について、心当たりがあるのだろうか。
「どうして魔王は砕け散ったの? 俺、なにもしてないのに……」
俺の質問に、師匠が答えた。
「アッシュの壮絶な修行の記憶に、魔王の身体は耐えられなかったのじゃ」
俺はぽかんとしてしまう。
「つ、つまり、俺の記憶が魔王に物理ダメージを与えたってこと?」
「うむっ。アッシュはついに記憶だけで魔王を倒せるようになったのじゃ!」
「そ、そんな……。戦うことすらさせてくれないのかよ……」
魔力斑が浮かぶチャンスが消滅し、俺はがっかりする。
「そ、そんなに落ちこむことはないわ。あなたは努力家だもの。いつかきっと報われるわ」
「私たちでよければ、いつでも力になってあげるからね」
「アッシュよ。わしはお前のような弟子を持てて幸せじゃ」
師匠が誇らしげに言った。
強敵と戦えなかったのは残念だけど、師匠が喜んでくれている。
……これから先、もっともっと強い相手が現れるかもしれないんだ。
それに強敵と戦う以外にも、精神力を鍛える方法はある。
がっかりするのは、まだ早いのだ!
「そうだっ。俺、師匠にプレゼントを持ってきたんだよ!」
ひらひらと風に乗って飛んでいく黄色いマントを横目に、俺は箱を拾い上げる。
「誕生日おめでとう、師匠っ」
俺がプレゼントを渡すと、師匠はぼろぼろと涙を流し始めた。
「わ、わしは世界一の幸せ者じゃぁ……」
泣いて喜ぶ師匠を見て、俺は幸せな気持ちになるのだった。
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