光の時代の幕開けです
「お前――魔王じゃな!?」
モーリスは警戒心を剥き出しにして叫んだ。
『ほぅ、オレ様を知っているか。いかにも、《光の帝王》とはオレ様のことだ』
自信に満ちた声がモーリスたちの頭のなかに響く。
『貴様らが《闇の帝王》の言っていた勇者一行か』
「な、なぜわしらのことを知っておるのじゃ!?」
『50年以上前、《闇の帝王》は貴様らに復讐をするため、オレ様に修行をつけてほしいと懇願してきたのだ。もっとも、貴様らが生きているということは、《闇の帝王》はしくじったようだがな』
以前『魔の森』に降臨したとき、《闇の帝王》は勇者一行に復讐するため50年間死に物狂いで修行したと語っていた。
つまり《光の帝王》は《闇の帝王》の師匠なのだ。
「ど、どうするの?」
コロンが不安げに聞いてきた。
新たな魔王――《光の帝王》は、勇者一行が束になっても倒せなかった《闇の帝王》より圧倒的に格上なのだ。
一方、モーリスたちは全盛期に比べると力が衰えている。
勝敗は、戦う前から明らかだった。
だとしても。
勇者一行として、取るべき行動はただひとつだ。
「決まっているさ。我々がこいつを倒すんだ!」
「気が合うのぅ。わしもそう思っておったところじゃよ!」
「こ、ここまで付き合ったんだもの。最期まであなたたちのそばにいるわ!」
奇跡でも起きない限り、モーリスたちは殺されるだろう。
だからといって、逃げるわけにはいかない。
モーリスたちは、未来を弟子に託している。
今日という日を守ることができれば、明日は弟子が守ってくれるのだ。
「モーリス、これを飲むのよ!」
コロンが懐から瓶を取りだし、モーリスに投げ渡す。
「これはなんじゃ!?」
「身体能力を100倍にする強化薬よ! 副作用は――」
「副作用など知ったこっちゃないわい!」
負ければ世界が滅ぶのだ。
魔王を倒すことができるのなら、身体などどうなろうと構わない。
強化薬を飲み干すと、身体の底から力が湧いてきた。
「これがわしの全力じゃ! くらえ魔王! そして死ね!!」
モーリスは全身全霊の力をこめ、魔王の顔面に正拳突きを放つ。
「うぐあぁああ!?」
魔王に拳が命中した瞬間、モーリスは激痛に襲われた。
モーリスの腕は変な方向に曲がり、血まみれになっていたのだ。
「モーリス!? いま治すよ!」
フィリップの《万象治癒》により、モーリスの傷は完治した。
「わ、わしに構うな! 回復させる暇があるなら攻撃するのじゃ!」
「冷静になれ! おそらく《光の帝王》に攻撃は通じないよ」
『ご明察。オレ様はあらゆる攻撃を跳ね返す《反射》を発動させたのだ。圧倒的な威力であれば話はべつだが、貴様らの攻撃などオレ様には通用せん』
「だ、だったらこれを使うまでよ!」
コロンがルーンを完成させた瞬間、黒い半透明の球体が魔王を包みこんだ。
闇系統を極めたコロンが10年前に発見した新たなルーン。
対象の魔力を奪い取る《マジックドレイン》だ。
いかに魔王が強かろうと、魔法を使うには魔力が必要不可欠だ。
魔力さえなくなれば、魔王などただのガイコツに過ぎないのである。
『ほぅ、魔力を強奪する魔法か! 面白いではないか。――だが、このペースではオレ様の魔力を吸い尽くすまでに100年はかかるぞ』
「そ、そんな……」
魔王の圧倒的なまでの魔力量に、コロンは言葉を失ってしまった。
『その魔法は貴様のような弱者には相応しくない。どれ、オレ様が手本を見せてやろう』
「あ、あなたに《マジックドレイン》は使いこなせないわ!」
この魔法はコロンが独自に開発したものだ。
仮にルーンを見破られたのだとしても、《光の帝王》は光系統の使い手である。
最上級闇魔法である《マジックドレイン》を使うことなどできないはずだ。
『貴様にできて、オレ様にできぬことはない!』
次の瞬間、モーリスたちは黒い半透明の球体に包まれた。
魔力は精神力と密接な関わりを持つが、酷使すると肉体にも負担がかかる。
一瞬で魔力を根こそぎ奪われたコロンとフィリップは、意識を失ってしまったのだった。
地べたに倒れた仲間たちを見て、モーリスは怒りに震える。
「き、貴様は……戦うことすらさせてくれんのか!」
モーリスたちは、人生の大半を魔王討伐のために費やしてきた。
だというのに、努力の成果を見せることすら許されなかったのだ。
『戦いというものは、同等の力を持った相手とするものだ。貴様らは弱者に過ぎぬ。ゆえにこれは戦いではなく、戯れだ』
だが、と魔王は続ける。
『貴様は、このふたりとは違う。魔力を奪い尽くされて倒れなかったことだけは評価に値する』
モーリスは武闘家だ。
極々わずかな魔力を根こそぎ奪われたところで、肉体への負担は微々たるものだ。
だが、モーリスに《反射》を破る術はない。
フィリップとコロンが魔力を失った時点で、勇者一行の敗北は確定したのである。
『もっとも、貴様とて弱者であることに変わりはないがな。まったく、《闇の帝王》はこんな連中になぜ負けたのだ?』
「……違う。《闇の帝王》と《土の帝王》を倒したのはわしらではない。わしの弟子じゃ!」
『ほぅ、《闇の帝王》はともかく《土の帝王》まで倒すとはな。これは面白いことを聞いた。ならばこのオレ様が、貴様の弟子を葬ってやる』
「ふん。強がっていられるのもいまのうちじゃ。アッシュの強さは、お前を遙かに超越しておるのじゃからな!」
『そいつは好都合だ! オレ様は、強者と対峙しただけで強くなれるのだからな!』
「ど、どういう意味じゃ……?」
『オレ様は対象の記憶を追体験し、光の速さで成長できるのだ!』
モーリスたちが死に物狂いの修行の果てに手に入れた力を、《光の帝王》は『修行』という過程をすっ飛ばしてマスターできるのだ。
そんな魔法があるなんて信じたくないが、実際に魔王は《マジックドレイン》を使いこなしてみせた。
『この意味がわかるな? そう、オレ様は相手が強ければ強いほど強くなれるのだ!』
だとすると、《光の帝王》とアッシュを対峙させるわけにはいかない。
そんなことになれば、《光の帝王》は世界最強の武闘家としての力を手に入れることになるのだから。
「お、お前だけは、わしがこの手で葬って……っ」
全身に激痛が走り、モーリスは膝をついた。
意識を保つのがやっとの痛みだ。
おそらくは強化薬の副作用だろう。
そんなモーリスを見下ろし、魔王は愉快そうにガチャガチャと歯を鳴らした。
『身体に刻め、オレ様の強さを。記憶に刻め、オレ様の怖さを。そして目に焼きつけるがいい、オレ様が創る素晴らしき世界の始まりを!!』
魔王は、強さを誇るように両腕を広げた。
『さあ、光の時代の幕開け――』
「師匠!?」
突然幼い声が響き渡り、モーリスはそちらを振り向いた。
そこには――
お姫様みたいな格好をした男の子が立っていた。
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