迷子ではありません
魔王との軽いいざこざはあったものの、日が昇る頃にはエルシュタニアに戻ることができた。
学院に向かって歩いていると、校門前にノワールさんを発見する。
「おはよ、ノワールさん。こんな朝早くになにしてるんだ?」
挨拶すると、ノワールさんが無表情で見下ろしてきた。
「……迷子なの?」
まあ、初見で正体を見抜けってのが無理な話か。
「俺はアッシュだよ」
「アッシュは、もっと背が高いわ。だけど、貴方は私より小さいわ」
ノワールさんはそう言うと、制服のマントを脱ぎ、俺の身体にそっと羽織らせてきた。
そういえば、俺の上着は魔王に土にされたんだった。
「ありがとう、ノワールさん」
「……感謝されると照れるわ」
ノワールさんは大切そうに手にしていた『外カリッ、中もふっ♪ もっちりもちもちほっぺがとろける夢のめろめろメロンパン(食べかけ)』をちぎり、俺の手に握らせてきた。
「全部はだめよ。残りは友達にあげるのよ」
ノワールさんは『友達』の部分を強調する。
その友達って、俺のことかな?
大好きなメロンパン(食べかけ)を分けてくれるなんて……
「なにやってるんすか?」
ノワールさんの好意に感動していると、エファが駆け寄ってきた。
俺の訓練メニュー通り、早朝ランニングをしていたようだ。
「子どもに絡まれたわ」
エファは首をかしげ、ぽんと手を打った。
「ああ、迷子っすか」
エファはしゃがんで俺に目線をあわせると、にこにこしながら頭を撫でてきた。
妹がたくさんいるだけあって、子どもの扱いに慣れてるな。
「ぼく~、お名前はなんていうっすかぁ?」
「アッシュだよ!」
「かっこいい名前っすねぇ。お姉さんはエファっていうっすよぉ」
「違うんだ。俺はアッシュ・アークヴァルドなんだ」
「あはっ。さすがわたしの師匠っすね! こんな小さな子どもが、師匠に憧れるあまり『アッシュ・アークヴァルド』を名乗ってるっすよ!」
エファはめちゃくちゃ嬉しそうだ。
喜んでいるところ悪いけど、このまま勘違いさせておくわけにはいかない。
「俺は正真正銘のアッシュだよっ。ほら、いつも広場で武術の稽古をつけてやってるだろ?」
「稽古に参加したくて、こっそり覗き見してたんすね?」
「当事者だよっ!」
「うんうん。大きくなったら、師匠に弟子入りするといいっす!」
……だめだ。
エファは俺のことを完全に子どもだと信じこんでいる。
「やあやあ、みんなそろってアッシュくんのお出迎えかなっ? かく言うあたしもそうなんだけどねっ!」
校門にフェルミナさんの元気な声が響いた。
またこの流れか……。
フェルミナさんも、俺に気づいてくれないんだろうな。
「って、アッシュくんが小さくなってる!?」
初見で見抜かれた。
「どうして俺だとわかったんだ?」
「どうしてもこうしてもアッシュくんの面影残りまくりだよっ! ……アッシュくんだよね?」
俺はこくこくうなずき、フェルミナさんたちを見上げる。
「いろいろあって、3歳児になったんだ。まあ3ヶ月で元の姿に戻るけどね」
「私は、はじめからわかっていたわ。ちょっとからかってみただけよ」
ノワールさんが言うと本当かどうかわからないな。
その一方で、エファは泣きそうな顔をしていた。
「師匠の正体に気づけなかったわたしは破門っすか……?」
「破門なんてしないって。ちゃんと卒業まで面倒見るよ。また今日から一緒に稽古しような」
「は、はいっす! わたし、もっともっと頑張るっす!」
エファはぐしぐしと涙を拭い、めらめらとやる気の炎を燃やす。
「とにかくおかえりだね、アッシュくんっ!」
「うん。ただいま」
とまあ、そうして三人に出迎えられた俺は、今回の出来事を報告するため学院長室へと向かうのだった。
◆
「あら、あなたたち早いのね……その子は誰なの?」
エファたちと廊下を歩いていると、エリーナ先生に呼び止められた。
「この子はアッシュくんですよっ! ほらっ、目元とかそっくりじゃないですかっ! どこからどう見てもアッシュくんですよっ!」
「どこからどう見てもアッシュくんには見えないわよ……?」
エリーナ先生は困惑している。
「俺はアッシュです。拡声魔法……といえばわかりますよね?」
俺は編入試験を『ただの大声』で突破したが、エリーナ先生は『拡声魔法』だと信じこんでいるのだ。
そして編入試験の内容は、ごく一部の人間しか知らない。
俺の言葉に、エリーナ先生はぎょっとする。
「な、なぜあなたがそれを知って……まさか、本当にアッシュくんなの?」
「はい。いろいろあって3歳児になったので、フィリップ学院長に報告することにしたんです」
エリーナ先生は唖然とした顔でため息をついた。
「まったく、あなたには驚かされてばかりね。フィリップ学院長なら、急用ができたとかで、しばらく学院を留守にするわよ」
急用って、やっぱり《土の帝王》のことだよな。
俺にも関係のあることだし、そのうち呼び出されるかもしれないな。
フィリップ学院長と話すのは、そのときでいいか。
「用事ってなんだろうねっ?」
「フィリップ学院長は国王様でもあるっすからねぇ。きっと大事な会議っす!」
エファとフェルミナさんは楽しそうにおしゃべりしている。
……魔王が降臨したことが広まれば騒ぎになるだろうし、言いふらさないほうがよさそうだ。
◆
ノワールさんたちと別れた俺は、学生寮の自室で全裸になっていた。
鏡に背を向け、ぷりっとしたおしりを見つめる。
「……浮かんでない」
ショックだった。
泥遊びを卒業したとき精神的に成長したと思ったんだけど、魔力斑は浮かんでなかったのだ。
タイムリミットは残り3ヶ月。
精神的に成長できそうなイベントには積極的に参加して、魔力斑を手に入れないとな!
……まあ、それはそれとして。
「半裸で授業に出るわけにはいかないよな……」
ズボンは無事だったけど、上着は土になってしまった。
部屋にあったシャツを着てみたけど、ぶかぶかだ。
「授業まで余裕あるし、子ども服を買いに行こうかな」
たしか近所に朝早くから営業している服屋があったはずだ。
俺はお金を握りしめ、学生寮をあとにしたのであった。
評価、感想、ブックマークありがとうございます!
次話もなるべく早くお届けできるよう頑張ります!




