王女様は興味津々です
エルシュタニア城の一室にて。
「ほ、本当に魔王が――《土の帝王》が降臨したんですの!?」
魔法騎士団総長のアイナ・ヴァルミリオンは、メルニアの電話報告に度肝を抜かれていた。
魔王降臨の予言については、昨晩メルニアに聞かされていた。
そのときは軽い気持ちで『夜明けまで町の近くに滞在して町長を安心させてやりなさい』と命じていたが……。
まさか、本当に魔王が現れるとは思わなかった。
「電話してきたってことは、無事なんですのね!?」
『はいっ。奇跡的に負傷者はいないのであります!』
「それはなによりですわ……」
アイナはごくりと生唾を飲みこみ、
「そ、それで……魔王はどうなったんですの?」
緊張に声を震わせながらたずねた。
『3歳児のパンチで粉々になったであります』
「……は?」
『3歳児のパンチで粉々になったであります』
「い、言いなおさなくても聞こえてますわっ。あなた、私をからかってるんですの!?」
3歳児のパンチで粉々になるなんて、クッキーくらいのものだろう。
まさか魔王の防御力がクッキー並なんてことはあるまい。
『ほ、本当でありますよぉ! 魔王が粉々になるところを、この目で見たのであります!』
メルニアは『まじめ』を絵に描いたような女性だ。
アイナ相手に嘘をつくような人物ではない。
つまり、本当に《土の帝王》は3歳児のパンチで粉々になったということだ。
だとすると、異常なのはその『3歳児』ということになる。
「と、とにかく、脅威は去ったということですわね?」
『はいっ! それは間違いないのであります!』
アイナは、ほっと安堵の息をつく。
「今回の件については、私のほうからお父様に伝えます。よけいな騒ぎを起こさぬよう、この件についてはけっして口外してはなりません」
『はっ! 部下にも言い聞かせておくであります!』
「……それで、その3歳児の素性はわかりますの?」
『3歳児――アッシュ殿は、エルシュタニア魔法学院の生徒であります』
「エルシュタニア魔法学院の……?」
アイナはエルシュタニア魔法学院の卒業生で、同時に関係者でもある。
学院に3歳児が入学するなんて前例のないことだし、それが事実ならアイナの耳に届いているはずである。
なにかの間違いかもしれないが……実際に学院へ行けばわかることだ。
「報告ご苦労様ですわ」
アイナは通話を終えると、父の寝室へと向かった。
「お父様、アイナです。大事なお話がありますの。……入りますわよ?」
アイナはドアを開ける。
ベキベキッ!!
室内では筋骨隆々の老人――フィリップが、魔法杖をへし折っていた。
「どうしたんだい、アイナ?」
「お父様こそどうしたんですの!?」
深夜に自室で魔法杖をへし折っている父に、アイナは驚きを隠せない。
「ぜったいに壊れない魔法杖を作りたくてね。もっとも、完成にはほど遠いけどね」
なぜそんなものを作ろうとしているのか疑問に思いつつも、アイナは《土の帝王》についてフィリップに伝える。
「そうか、アッシュくんは3歳児になったか……。それにしても、アッシュくんにはますます頭が上がらないな……。これは終わりの始まりに過ぎない……いよいよ《終末の日》が近づいているというわけか。これは一度、3人で話しあう必要がありそうだ……」
アイナの報告に、フィリップはいろいろなことを知ってそうな発言をした。
「アッシュさんのこと、ご存じですの?」
フィリップの発言はほとんど理解できなかったが、アッシュのことをよく知っているということはわかった。
「アッシュくんはモーリスの弟子なのさ」
「まあっ。モーリスおじさまの!?」
父の旧友であるモーリスの弟子だとわかり、アイナはますますアッシュに興味を持った。
「私、アッシュさんにお会いしたいですわっ!」
「ちょうどよかった。私はしばらく旅に出るからね。私が戻るまでのあいだ、学院長代理を任せてもいいかな?」
「もちろんですわっ! あぁ、早くアッシュさんにお会いしたいですわっ!」
アイナは王女だが、アッシュは世界を救った英雄だ。
3歳児とはいえ、ぜったいに失礼のないようにしなければならない。
こちらから会いに行くのだから、手土産くらい持っていったほうがいいだろう。
(3歳児ってことは、お菓子とか大好きですわよね? あと、おもちゃとか絵本を買ってあげたら喜んでくださるかしら? あるいは子ども服を――)
アイナはアッシュへの手土産を考えつつ、明日を楽しみにするのであった。
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