土の時代の幕開けです
エルシュタット魔法騎士団・北方討伐部隊の団長であるメルニアは、10人の従士とともにナザレフの町からほど近いところにある山の麓を訪れていた。
「予言通りなら、そろそろでありますね……」
メルニアはそわそわしていた。
町長の話によると、じきに魔王こと《土の帝王》がこの地に降臨するらしいのだ。
「本当に魔王は現れるのでしょうか?」
「きっと現れないであります」
副団長のハーミッシュに、メルニアは安心を促すような口調で告げる。
(そう。予言は町長の勘違いに決まっているでありますよ)
メルニア自身は不安を払拭しきれていないが、それも日が昇るまでの辛抱だ。
無事に夜明けを迎えることができれば、町長の予言は間違いだと証明されるのだから。
「ほら、見るでありますよ。綺麗な満月であります」
メルニアは煌々と輝く満月を指さし、部下たちの気を紛らわせようとする。
美しい夜空を眺めていると、自然と心が落ち着いて――
キィィィィィィィィィィィィン!!
突如として甲高い音が響き渡り、50メートルほど前方の空間に亀裂が走る。
時空の歪み(アビスゲート)だ!
「そ、総員、ただちに戦闘態勢に入るであります!」
メルニアたちは時空の歪みを取り囲み、魔法杖を構える。
パキィィィィン!!
空間が割れ、そこから赤茶けたマントを羽織ったガイコツが現れた。
全身にみなぎる禍々しいオーラ。
身体から放出される殺意の波動。
圧倒的なまでの圧迫感と圧倒感。
……間違いない。
「き、貴様は――貴様が《土の帝王》でありますね!?」
メルニアは勇気を振り絞って問いかけた。
『ほぅ。我が二つ名を知っているか』
しわがれた声が、メルニアの頭に響く。
この場にいる全員にテレパスを送っているのだろう、部下たちは顔を恐怖に引きつらせていた。
「私こそが貴様の求める強者であります!」
メルニアは《土の帝王》の敵意を一身に引き受けようとする。
『否。汝は強者にあらず。汝は――汝らは弱者にほかならぬ』
だが、と魔王はメルニアたちの顔を見まわす。
『弱者とて容赦はせぬ。強者が現れるまでの退屈しのぎだ。この時代の戦士の力、我に見せてみよ』
「言われなくてもそのつもりであります!」
メルニアはポイズンスモッグのルーンを完成させる。
瞬間、魔王が紫の霧に包まれた。
あの霧に触れたものは立ち所に溶けてしまうのだ。
「ハーミッシュ殿!」
「心得ております!」
ハーミッシュは魔法を使って土を操る。
魔王の足もとから土が盛り上がり、魔王は毒の霧ごと土に覆われた。
さらに従士が氷魔法で土をカチカチにコーティングする。
あの狭さではルーンを描くどころか、身じろぎすらできないはずだ。
「魔法さえ使えなければ魔王など怖くないであり――」
「――っ!? 団長、うしろです!」
仲間の声にメルニアはうしろを振り向く。
目の前にガイコツが佇んでいた。
「な、なぜ……」
メルニアは恐怖のあまりしりもちをつく。
「なぜそこにいるのでありますか!?」
土と氷でできた檻は破壊されずに残っている。
だというのに、なぜここに魔王がいるのだ!
『瞬間移動に決まっておろう』
「で、でも土に覆われた状態でルーンを描くなんて……ま、まさか脳内ルーンでありますか!?」
『なにを驚くことがある。脳内ルーンなど初歩中の初歩であろう』
「そ、そんな……」
フィリップにも真似できない脳内ルーンを、魔王は初歩中の初歩と言い切った。
圧倒的な力の差を突きつけられ、メルニアは絶望してしまう。
「「「「「「「「「「うぁあっ!?」」」」」」」」」」
仲間たちの悲鳴が響き、いつの間にかうつむいていたメルニアはハッとして顔を上げた。
まるでさらし首だ。
仲間たちの首から下は、地中に埋まってしまっていた。
「ど、どうしたでありますか!?」
「わ、わかりません!」
「気づいたときにはこの状態でした!」
「な、なにかが足を引っ張っているんです!」
仲間たちはしゃべりながらも地中に埋まっていく。
「き、貴様のしわざでありますか!?」
メルニアが睨みつけると、魔王は愉快そうにがちゃがちゃと歯を鳴らして嗤う。
『5分以内に我を倒さねば、汝の仲間は生き埋めとなる。仲間を失いたくなければ――死ぬ気で我を愉しませるのだ』
「こ、後悔させてやるであります!」
メルニアはバックステップで魔王との距離を取り、魔法杖を構える。
「い、いけません! 逃げてください!」
仲間が逃走を促してきた。
「部下を見捨てて逃げるわけにはいかないであります!」
「しかしこのままでは全滅です! 団長だけでも生き延びてください! そ、そしてフィリップ様に魔王の降臨を報せるのです!」
「くっ……!」
メルニアは自身の無力さを恥じるように唇を噛みしめた。
このまま魔王と戦っても殺されるのは目に見えている。
メルニアたちが全滅すれば、人類は魔王の奇襲を受けることになるのだ。
だが魔王の降臨をフィリップに報告できれば、なにかしらの対策をとることができるかもしれない。
『無駄だ。この我からは逃げられぬ』
冷ややかな声が脳裏に響く。
『我の魔力はあらゆる物質を崩壊させる力を持っている。我の魔力を大地に流せば、家も、町も、人類も――大地に根付くすべてのものが一瞬にして土に還るのだ!』
「そ、そんなの……そんなの勝てっこないでありますよぉ……」
メルニアはあまりの恐ろしさに涙を流してしまった。
魔王の意思ひとつでメルニアたちは――この大陸に暮らす人類は土にされてしまうのだ。
逃げる、逃げないの二択に頭を悩ませていたメルニアだったが、選択肢など存在しなかった。
魔王からは、逃げられないのだ。
『あらゆる生命は土から生まれ、土に還る運命にある』
ひっくひっくと嗚咽をもらすメルニアの頭に、魔王の冷たい声が響く。
『我が帰還した以上、全人類は土に還ることになる』
魔王は、力を誇示するように両腕を天にかざした。
『さあ、土の時代の幕開け――』
ごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろごろ。
メルニアと魔王のあいだを、なにかが転がり去っていった。
「……」
『……』
メルニアと魔王は、なにかを目で追いかける。
25メートルほど転がったところで止まったなにかは、すっくと立ち上がった。
「あーあ。服が汚れちゃったよ……」
それは3歳くらいの男の子だった。
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