タイムリミットは3ヶ月です
「その薬を飲めば――いろいろと若返るのよ」
「なるほど。さっそく飲んでみますねっ」
「ちょっ、ま、待って……!」
俺が酒瓶に手を伸ばすと、コロンさんが慌てて止めてきた。
「ふ、普通、そんな怪しい薬を迷わず飲むかしら? あ、あなたはもうちょっと他人を疑うことを知ったほうがいいわ。悪いひとに騙されないか、心配よ……」
「違いますよ。俺はコロンさんが作った薬だから迷わず飲むんです」
知らないひとに悪臭のする液体を飲めと言われても、ぜったいに飲まない自信がある。
一方、コロンさんは一流の薬師として有名だし、なによりモーリスじいちゃんの旧友だ。
そんなコロンさんが用意した薬を疑うなんて、できっこない。
「し、信用されるのは嬉しいけど、説明はさせて……。そ、その薬――退化薬には、副作用があるわ」
副作用か……。
「『死ぬ』以外ならなんでも受け入れますけど」
「さ、さすがにそこまでひどい副作用ではないわ……」
まあ、考えてみればそうだよな。
コロンさんは自作の薬を試飲するのが趣味だし、てことは退化薬も試したことがあるってことだ。
コロンさんが元気にしてるってことは、命に関わる副作用はないってことになる。
「ま、まず、退化薬を飲むことで、あなたの精神年齢は3歳くらいになるわ」
「なるほど」
「そして、肉体年齢も3歳くらいになるわ」
「なるほど」
「……い、いまのが副作用よ」
「そんなにひどい副作用ってわけじゃないんですね。安心しましたっ」
「あなたすごいわね」
コロンさんに褒められる日が来るなんて思わなかった……。
俺が内心で喜んでいると、コロンさんは説明を再開した。
「ま、まあ薬の効果は3ヶ月で切れるから、ずっと子どものままってわけではないのだけれど」
つまり3ヶ月以内に魔力が宿らなければ、ほかの方法を探すしかないってことか。
「そのあいだ俺にできることはありますか?」
魔力が宿るかどうかは、この3ヶ月にかかっている。
俺にできることがあれば、なんでもするつもりだ。
「精神力を鍛えれば、魔力斑が浮かぶ可能性は高まる……と思うわ」
つまり精神的に成長できそうなイベントをクリアすればいいってことか。
ぱっと思いつくのが『俺より圧倒的に強い相手に立ち向かう』だけど……いままで戦ってきたなかで一番強いのってワンパンで死んだ《闇の帝王》なんだよな。
魔王以上の強敵が都合良く現れるとは思えないし、ほかの方法で精神力を鍛えたほうがいいかもな。
まあ、その方法は追々考えるとして。
「いただきます」
コロンさんの説明が終わったので、俺はさっそく退化薬を口に含んだ。
うぉあっ!?
思ってた以上に不味い!
まるで1年放置した生ゴミの汁を飲んでいる気分だ。
でも、これで俺にも魔力が宿るかもしれないんだ!
そう考えれば、どんなに不味くても我慢できる。
俺は1リットルあった退化薬を一気に飲み干した。
「うぷっ」
吐き気を抑えていると、胃が熱くなってきた。
熱はあっという間に全身に広がっていき、ついに身体から蒸気が噴き出す。
「これって、身体が小さくなる前触れですか?」
「あ、あぅぁ……」
コロンさんはあわあわしていた。
その手には、おちょこみたいな小さなコップが握られている。
「俺、飲み過ぎちゃいました?」
コロンさんは、うなずいた。
「て、適量は10ミリリットルなのよ……」
俺は100倍の量を飲んでしまったようだ。
「だ、だけど変ね。身体が縮むときは激痛に襲われて気を失うはずなのに……なのになぜ、あなたは平静を保っていられるの?」
「死に物狂いで修行しましたからね。こんなの痛みのうちに入りませんよ」
「死ぬレベルの激痛を『こんなの』って……痛覚が麻痺しちゃってるのね。あと修行のしすぎで免疫力が強くなりすぎて、薬の成分が瞬く間に駆逐されちゃってるんだわ……」
コロンさんの分析に、俺は不安になる。
俺の免疫力が退化薬の成分を駆逐してしまったら、3歳児になれないのだ。
「俺は無事に幼くなることができるんですかね?」
生きていてこんな質問をする日が来るとは思わなかった。
「か、身体から蒸気が出てるってことは、薬が効いてる証拠よ。あ、あなたには適量の100倍がちょうどよかったのかもしれないわ」
コロンさんの言葉に、俺は胸を撫で下ろした。
「薬の効果って、いつごろ現れますかね?」
「こ、このペースだと半日はかかりそうね。逆に、戻るときは一瞬だわ」
半日か。
それなら明日の授業に間に合いそうだな。
「時間がかかるし、寝るといいわ」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます」
そうして寝室に案内された俺は、身体から蒸気を放ちつつ仮眠を取るのだった。
◆
目が覚めたとき、俺は3歳児になっていた。
「おおっ。ほんとに子どもになってる! あと声も幼くなってる!」
鏡の前ではしゃいでいると、コロンさんがやってきた。
「お、起きたのね。身体の調子はどうかしら?」
「特に異常はなさそうです。本当にありがとうございます」
俺がぺこりとお辞儀すると、コロンさんはぽかんとした。
「せ、精神年齢3歳にしては、しっかりしてるわね……」
道場の跡取りだった俺は物心つく前から厳しく躾けられてきたからな。
精神年齢が退行したところで、俺の性格は変わらないのだ。
しいて変化を挙げるなら、お菓子を食べたいくらいかな?
「そ、その服だとぶかぶかでしょう? ちょっと待ってて……」
コロンさんはそう言うと、タンスから子ども服を取りだした。
あれ? コロンさんって独り身じゃなかったっけ……。
「コロンさんの子ども時代の服ですか?」
「こ、これはわたしの弟子の服よ。もう独り立ちしちゃったけど、なかなか捨てられないのよ」
へえ、コロンさんにも弟子がいたのか。
だったら、いまごろは一流の薬師として活躍してるのかもしれないな。
「いろいろとお世話になりました。この御恩は一生忘れません」
子ども服に着替えた俺は、コロンさんに頭を下げた。
「い、いいのよ。あなたは魔王を倒してくれたから……。これは、そのお礼」
コロンさんは、にっこり笑ってそう言うのだった。
「じゃあ、気をつけて帰るのよ。ま、またいつでも遊びに来ていいからね」
「はいっ」
コロンさんに見送られ、俺は酒場をあとにする。
外に出ると、日は完全に沈んでいた。
だけど今日は満月なので、あまり暗さは感じなかった。
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