すごい悪臭です
店内に案内された俺は、カウンター席に座るように促された。
「こ、こうしていると、楽しかったあの頃を思い出すわ……」
コロンさんがカウンター越しに俺を見つめ、昔を懐かしむように独り言をつぶやいている。
それからコロンさんはハッとして、
「た、単刀直入に訊くけど……アッシュくんは、魔力を手に入れるためならなんでもする?」
「もちろんです。魔法使いになれるなら、なんでもしますよ」
コロンさんを驚かせないように、俺は控えめな声で宣言した。
「わ、わかったわ……」
コロンさんは棚にあった酒瓶をカウンターに置いた。
どくろのラベルが貼られた酒瓶には、青汁みたいな液体が1リットルほど入っている。
コロンさんが酒瓶のふたを開けると、生ゴミみたいな悪臭が部屋に充満した。
「こ、これを飲んでもらうわ」
コロンさんが鼻をつまんで言う。
「わかりました」
「ま、まったくためらわないのね……! こんな悪臭を嗅がされたら、普通は嫌がるわ……」
なにをためらうことがあるんだ?
魔力が宿るかもしれないなら、俺はマグマだろうと飲んでみせる。
臭い液体を飲むくらい、どうってことはないのだ。
「これを飲めば魔力が宿るんですよね?」
俺は念のため確認を取る。
「か、確実に宿る保証はないわ。可能性を高めるだけよ。そ、それでも飲むというのかしら?」
「飲みます」
「またもや即答……! せめて説明させてちょうだい」
コロンさんはそう言って、真剣な眼差しを向けてくる。
「まず、あなたに魔力斑が浮かばなかったことには、ちゃんとした理由があるわ」
「えっ、理由があるんですか?」
運が悪かったとしか思ってなかったけど、俺に魔力がないことには理由があったのか。
どの本にも書いてなかったことを知ってるなんて、さすがはコロンさんだ。
「り、理由があるというか、持論なんだけど……あ、あまり期待しないでちょうだいね。プレッシャーで死んでしまいそうだわ……」
「コロンさんの持論なら、俺は信じますよ」
「せ、責任重大……! 頑張って話すわ」
コロンさんはふくよかな胸に手を当てて深呼吸したあと、話を再開した。
「わ、わたしは魔力斑を持たないひとと2回会ったことがあるわ。あなたで3回目よ」
魔力斑が浮かばないのは100年にひとりだと言われてるけど、探せば意外と見つかるものだ。
俺だって、ノワールさんと出会ったしな。
「そのふたりには、ある共通点があったのよ」
共通点ってなんだろ。
そのふたりに共通してるってことは、俺とノワールさんにも共通してるってことだよな。
そんなものあったっけ?
「そのふたりには――前世の記憶があったのよ」
「それって、たとえば『物心つく前から毎日武術の鍛錬を積んでいた男の唯一の楽しみはアニメだった。だが男は鍛錬中に事故に遭い、アニメを視聴中に死んでしまう。目が覚めたとき、男は見知らぬ世界で赤子に転生していた』みたいな記憶ですか?」
俺がぺらぺらとしゃべると、コロンさんはぽかんと口を開けた。
「そ、そこまで完璧に記憶しているひとは見たことがないわ。……い、いまのは、アッシュくんの前世なのかしら?」
「はい。俺の前世です」
俺は素直に認めた。
前世について話すと変人扱いされそうなのでモーリスじいちゃんにしか話してないけど、コロンさんはいろいろと事情を知っているらしい。
コロンさんなら、俺を変人扱いしたりしないだろう。
「普通、前世の記憶は成長するにつれて薄れていく……と思うわ。わたしが出会ったふたりも、ほとんど記憶してなかったもの」
たとえるなら、俺は前世の記憶をすべて録画保存しているが、そのふたりは印象的なシーンの写真しか持ってない、ってことか。
しかもその写真は、日が経つにつれて色あせていくのだ。
前世の記憶なんて、ほとんど残ってないに等しいだろう。
俺は『アニメのキャラクターみたいに魔法を使ってみたい!』という夢を持ち続けているから記憶を維持できたけど、ふたりにはそういう夢はなかったんだろうな。
……ノワールさんはどうなのかな?
コロンさんの持論通りなら、ノワールさんも転生経験者ってことになるけど……当時の記憶とかあるのかな?
そんな素振りは一切見せなかったけど……タイミングを見計らって聞いてみるか。
「それで、転生したひとはどうして魔法を使えないんですか?」
「魔力斑は早くて1歳、遅くても4歳を迎える頃には身体に浮かぶわ。こ、この1歳から4歳という年齢は――肉体年齢ではなく、精神年齢なのよ」
わたしの持論だけど、とコロンさんはつけ加える。
「要するに、俺の精神年齢は赤ちゃん並ってことですか?」
だとしたら普通にショックだ。
「そ、そうではないわ。生まれながらに精神年齢が4歳を超えていると、魔力斑は浮かばないのよ」
……なるほどね。
精神年齢が4歳を超えたら魔力斑が浮かぶんじゃなくて、
精神年齢が1歳から4歳の時期に浮かぶってことか。
そして俺の精神年齢は、転生時点ですでに4歳を超えていた。
だからこそ、俺に魔力斑は浮かばなかったというわけだ。
「いまの話と、この薬と……どういう関係があるんですか?」
俺はなんとなく薬の効能を察しつつも、コロンさんにたずねた。
「その薬を飲めば――いろいろと若返るのよ」
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